まだ太陽は昇っていない。でも彼はもう目が覚めた。妙に冴えていたが、少々気持ちが悪かった。

 寒かったからか? あるいは、ともうひとつの理由が思い浮かぶ。それを確かめる為に、左手をポケットに突っ込む。

 紙の感触。便箋が入っていた。軽い絶望が彼を襲う。

 「夢だったか……」

 幻であっても、夢であってほしくなかったのに。

 もう、どこまでが現実か自信が持てない。

 すぐ横で政重が寝ている。時刻はまだ朝の四時だった。

 一連の出来事、もしくは夢のことを考えていた。

 自分があの手紙に書いた内容。

 もしかして、自分は。

 そして、彼女も。

 お互いに——。


  ああ。

  一体、あれからどれだけの季節が巡ったのだろう?


 気づくのが遅かった。

 でも、どうしようもない。

 だけど。

 これで。

 終わり。

 だから。

 きっと。

 夢は。

 もう見ない。

 忘れないようにするだけ。

 大切なものだから鍵を掛けてしまおう。

 すぐ横で政重が少し動いた。

 「何だ毅、起きていたのか」横になったままで政重が言う。

 「おはよう」

 「今何時だ?」

 「四時過ぎ」

 「早いな。——六時ぐらいにここを出ないか?」

 「そうしよう」

 黙って政重は身体を起こした。

 「なあ毅、ここに前来た時に、美知代に逢ったか?」

 「わからない」

 「そうか、やっぱり夢か……。そうだ。お前、何か手紙みたいなものを持っているか?」

 何も言わずにポケットから手紙を取り出した。

 「これはここに置いていくよ」

 鞄のポケットからボールペンを取り出してその手紙の空白に言葉を記した。

 「これで、OK」

 彼はボールペンを仕舞う。その時に、美知代からもらったキーホルダを入れていた事に気がついた。

 「なあ、これ」キーホルダを鞄から取り出す。「鞄に入っていた」

 「宝物だな」

 「ああ」

 そして目を合わせて微笑む。

 これで、もうここに用事はない。これは確信を持って言える。

 思い残すことは、もう無いだろう。


 ——さよなら、ありがとう、美知代。

   もしかしたら、僕は——。

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さよなら思い出 - Where did come the letter from? 雪夜彗星 @sncomet

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