四
「ねえ、こっち!」彼女の声が突然した。
その声はとても遠くから聞こえた気がした。
ぼうっとしていた二人は、少し反応が遅れて立ち上がり彼女を追いかける。足元の落ち葉の下には何か硬いものがあった。時々それにつまずき転びそうになった。
彼女は錆びついた車止めの上に立つ。その後ろには稜線に沈んでいく太陽。とても赤かった。
彼はその風景を見て、数年前によく見ていた夢を思い出した。どこかの駅で彼と少女が話をしていて、彼の質問に答えないまま少女はやってきた列車に乗ってしまう。そんな夢。
その夢での会話の一部を思い浮かべていた。
——今でも待っている?
何を?
——何でもいい。
そりゃあ、誰だって何かを待っているんじゃないか?
——じゃあ、あそこまで来てくれる?
あそこって何処だよ。
——星の似合う場所。
この夢は全く見なくなった。前、ここに来てからの事だったと思う。
ここが、星の似合う場所だったのだろう。
「本当にありがとう、来てくれて」
「美知代がこれを?」彼はポケットから持ってきていた手紙を取り出した。
彼女は静かに涙を流した。そして頷いた。
「これで、おしまい」そう言って大きく手を広げた。「もう、きっと……」
「きっと?」
彼女は答えなかった。彼女は空を仰いだ。
太陽は既に沈んでいる。空に残った赤い色が綺麗だったけれど、その色もすぐに夜の空に飲み込まれてしまった。
まさに今、夜になった。
星空がフェードインしてきたみたいに浮かび上がる。そのなかでもひときわ綺麗だったのは、尾を引いている蒼い星だった。前にここを訪れた時も、その星を見た。
「彗星か」政重が言った。
何処からか汽笛の音が聞こえた。
ずっとずっと前のこと。汽車が廃止される日、二人は一緒にそれに乗った。その後、お墓参りに行った。自分たちの友達の……。
政重だけが振り返った。すぐ後ろまで汽車が迫っていた。
ブレーキ音が響いて停まる。ドアが開いて一人の少年が降りてきた。
「なあ毅、こいつ——」政重は彼に言う。
「ああ、間違いない。小さい時の自分だ」
胸ポケットに入れていたボールペンで手紙に一言、彼は書き込んだ。そして少年に渡す。
少年はそれを空に放り投げた。綺麗な放物線を描いて彼女の方向へ飛んでいく。少年は汽車に戻った。
彼女を見る。青白い光に包まれていた。
手紙は彗星をバックに空中で静止した後、白い光の粒となって四方八方に散り、あたりに降り注ぐ。
雪みたいだった。
「さよなら」美知代の声。
命が煌く、というフレーズが思い浮かんだ。
ヘッドライトが急に明るくなって、汽笛が鳴り響く。エンジン音も轟き始めた。
「幻か、本物か?」政重は汽車に触れようとして彼に訊いた。
彼は答えない。突然走って、汽車の横へ。そこから車内を見た。政重も彼を追いかけた。
「あ、ああ……」彼はそこに立っていた。
そこには懐かしい顔ぶれがいた。政重も言葉が出なかった。
「良かったね……」美知代の声。
彼は涙を流していた。
汽車は動き出し、まっすぐ美知代の方へ。
「美知代!」二人は叫んだ。
彼女の姿は、汽車の影に隠れたが青白い光でそこにいることが分かった。でも、光は汽車とぶつかって、光の粒となりさっきの手紙のように、飛び散り、地面へ落ちる。
汽車は何事もなかったかのように、星夜の空へと消えていく。
銀河鉄道のような光景だった。
「雪だ」政重が言った。
本物の雪だった。星明かりに照らされて光っているのだ。
二人は手を広げて、一粒、雪を乗せた。その雪はすぐに溶けてしまう。儚いものだ。
彼はもう一度空を見た。流れ星が幾つか流れた。
「綺麗だな」
「ああ」
その日は例の待合室で泊まった。それだけの準備はしてきていた。
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