二人は何時間も歩いてここへ辿り着いた。朝出発したのに着いた時には既に夕方だった。トンネルの内壁を彩っていた赤いものはかなり薄くなっていたが、まだ残っていた。こんなにも長いこと残るものだなと彼は思った。それと同時に、前来た時にここで見たのは幻ではなかったと確信した。

 「ここが本当にあの駅なのか?」

 「ああ。もうだいぶ原型を失ってるけど」

 二人は廃駅へと入った。おぼろげな記憶を頼りに構内を歩く。

 「あ、待合室」

 「待合室?」

 「ああ。待合室がある。これだけ経っても意外と何処に何があるって覚えているものだな」そう言って政重は錆びついたドアに触れた。「お前が前来たときはどんな感じだった?」

 「駅舎には入っていない。車庫には入ったが」

 「汽車はあったのか?」

 「あった」

 「どうだった?」

 「その中で一晩暮らせた」

 「いいな。今じゃ車庫も潰れてるもんな」

 完全に崩壊してしまっている車庫の方を見た。彼が前、訪れたときに夜を明かした汽車は車庫の瓦礫に埋まっていた。

 「ところで、そのドア開く? 錆びているから開かないんじゃ?」

 「いや、普通に開く」政重はドアを開けた。「思ったよりずっと軽い」

 政重の後ろに彼も続く。

 一人の少女がベンチに座っていた。

 二人は凍りついた。

 少女は二人に気づき、顔を上げた。

 「久しぶり」微笑んで少女が言った。

 彼はその声を聴いて少し安心したようだった。

 「来たよ。政重も一緒」彼は答えた。「久しぶり」

 涙が、少女の頬を伝った。

 「誰?」政重は目だけを彼に向けて言った。

 「美知代」

 政重は少女を見た。

 「あまり変わってないな。ある意味、羨ま……」政重はそう呟いたが、途中で言葉を切った。「おっと、すまない」

 「いいよ」彼女は立ち上がった。

 見た目は幼い。でも、会話をしていると年齢の差は感じない。

 沈黙。二人は空いているベンチに座った。

 「他の奴らは?」彼は訊く。

 彼女は首を横に振った。

 「残念だ」

 政重は大きな欠伸をした。まどろみ始めた。

 「ああ、なんか不思議な感じがする。すっきりしたような空っぽのような」

 「おい起きろ、政重」

 「少し寝さしてくれ」

 「あ、そう」

 毅は美知代を見つめた。少女は彼に手を伸ばした。彼が何処かでなくしてしまったキーホルダを持っていた。昔、この場所で手に入れたものだった。それを彼は受け取ってじっと見つめる。

 彼の思考ははまっすぐ二十年前のところを目指した。色々な声が脳裏に響いた。

 ——今度はいつ来る?

 これは友達の声。それが、きっと最後の言葉になった。

 ——しっかりしろ! 声が聞こえるか! 聞こえるなら、どこでもいいから動かせ!

 知らないおじさんの声。事故に遭った時に呼びかけてもらった言葉。

 ——グッド・ラック。

 これを言ってくれたのも、確かあのおじさんだった気がする。

 (おじさん、今も元気ですか?)彼は思った。

 キーホルダが急に動いた気がした。おじさんが答えてくれた気がした。そうだ、このキーホルダ。あの人から貰ったんだ——。

 綺麗に思い出した。もう、十分かもしれない。美知代にももう一度会えたし。

 彼は大切そうに鞄のポケットにキーホルダを入れた。

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