三
二人は何時間も歩いてここへ辿り着いた。朝出発したのに着いた時には既に夕方だった。トンネルの内壁を彩っていた赤いものはかなり薄くなっていたが、まだ残っていた。こんなにも長いこと残るものだなと彼は思った。それと同時に、前来た時にここで見たのは幻ではなかったと確信した。
「ここが本当にあの駅なのか?」
「ああ。もうだいぶ原型を失ってるけど」
二人は廃駅へと入った。おぼろげな記憶を頼りに構内を歩く。
「あ、待合室」
「待合室?」
「ああ。待合室がある。これだけ経っても意外と何処に何があるって覚えているものだな」そう言って政重は錆びついたドアに触れた。「お前が前来たときはどんな感じだった?」
「駅舎には入っていない。車庫には入ったが」
「汽車はあったのか?」
「あった」
「どうだった?」
「その中で一晩暮らせた」
「いいな。今じゃ車庫も潰れてるもんな」
完全に崩壊してしまっている車庫の方を見た。彼が前、訪れたときに夜を明かした汽車は車庫の瓦礫に埋まっていた。
「ところで、そのドア開く? 錆びているから開かないんじゃ?」
「いや、普通に開く」政重はドアを開けた。「思ったよりずっと軽い」
政重の後ろに彼も続く。
一人の少女がベンチに座っていた。
二人は凍りついた。
少女は二人に気づき、顔を上げた。
「久しぶり」微笑んで少女が言った。
彼はその声を聴いて少し安心したようだった。
「来たよ。政重も一緒」彼は答えた。「久しぶり」
涙が、少女の頬を伝った。
「誰?」政重は目だけを彼に向けて言った。
「美知代」
政重は少女を見た。
「あまり変わってないな。ある意味、羨ま……」政重はそう呟いたが、途中で言葉を切った。「おっと、すまない」
「いいよ」彼女は立ち上がった。
見た目は幼い。でも、会話をしていると年齢の差は感じない。
沈黙。二人は空いているベンチに座った。
「他の奴らは?」彼は訊く。
彼女は首を横に振った。
「残念だ」
政重は大きな欠伸をした。まどろみ始めた。
「ああ、なんか不思議な感じがする。すっきりしたような空っぽのような」
「おい起きろ、政重」
「少し寝さしてくれ」
「あ、そう」
毅は美知代を見つめた。少女は彼に手を伸ばした。彼が何処かでなくしてしまったキーホルダを持っていた。昔、この場所で手に入れたものだった。それを彼は受け取ってじっと見つめる。
彼の思考ははまっすぐ二十年前のところを目指した。色々な声が脳裏に響いた。
——今度はいつ来る?
これは友達の声。それが、きっと最後の言葉になった。
——しっかりしろ! 声が聞こえるか! 聞こえるなら、どこでもいいから動かせ!
知らないおじさんの声。事故に遭った時に呼びかけてもらった言葉。
——グッド・ラック。
これを言ってくれたのも、確かあのおじさんだった気がする。
(おじさん、今も元気ですか?)彼は思った。
キーホルダが急に動いた気がした。おじさんが答えてくれた気がした。そうだ、このキーホルダ。あの人から貰ったんだ——。
綺麗に思い出した。もう、十分かもしれない。美知代にももう一度会えたし。
彼は大切そうに鞄のポケットにキーホルダを入れた。
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