彼が過去に訪れたという廃村はほとんどの建物が朽ち果て、原型をとどめていない。当時、このあたりで最もハイカラで頑丈と言われた駅も数えきれないほどの風雨に曝される中で自然と同化を目指していた。その駅に隣接している車庫も、彼が前に訪れたときにはまだ原型をとどめ、中には車輌があったが今では崩れてしまっている。中にあった車輌はどうなっているのだろうか?

 直ぐ隣の町も、数年前までは人がいたが、最近は全員が村を出ていってしまった。彼が前、訪れたときに使った使ったバスも無くなっている。

 その廃駅の待合室。廃虚らしい異様な雰囲気に包まれていた。そこに一人の少女がうつむいて座っていた。錆びつき固くなったドアを開けたためだろうか、手は少し赤くなり錆がついている。

 彼女は列車が来ないことを知っているのだろうか。でも、彼女一人しかいないからそんな心配をする人もいない。

 (どうか。

  わたしの名前を。

  どうか。

  呼んで、ください……)そう思いながら彼女はまどろみ始めた。

 まるで緩やかな坂を自転車で降りていくように眠りに落ちる。

 彼女の顔には、一筋、涙の跡が残っていた。

 ふと、目が覚めた時に待合室の外の僅かな異変に気づいた。

 (外が仄かに明るい気がする)

 蛍かと思った。でも、季節が違いすぎる。今は冬。また何かの動物ということも考えたが、他に光る動物というものが何も思い浮かばなかった。

 顔を上げて、錆びついたドアの方を見る。

 声が聞こえた。男の声のようだ。誰の声かは分からないが、二人はいる。

 ひとつの可能性が彼女の頭の中をよぎり、期待した。自分から出ていくことも考えたが、彼らが気づいてくれるのを信じる事にした。

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