あの素晴らしい恋をもう一度

賢者テラ

短編


 いつからだろう?

 意識というものをもった、と自覚したのは。

 僕に名前はない。

 でも、自分がどういう「目的」で存在するものかは知った。

 僕にずっとしゃべりかけてくる人間がいるから……



「おまえはいいよねぇ——

 揚げ物置かれて、あとはカンカン照らしときゃいいんだからね。

 こっちはホント大変だよぉ」



 あんまりにしゃべりかけられたせいだとは思うが、確かなことは知らない。

 いつの間にかと言うしかないが、僕には考える力、思う力が備わっていた。

 周囲で動き回る人間という者たちの言葉を聞いているうちに、言葉も分かった。

 ただ、彼らが大切にしている「行動基準」 が良く分からない。

 人間の言葉で言うと「不合理」としか言えないようなことだらけだから。

 少なくとも知的生物で、考える力もあるはずなのに、どうして?



 僕は、正式名称 『温蔵(保温)ショーケース』 と言う。

 コンビニエンス・ストアーで、から揚げとかフランクフルトとか置いて温存してる箱状のガラスケース。まぁ、一般の皆さんはこんな機会でもないと、僕みたいな装置の正式名称について考えたりしないだろう。

 アルバイト店員がお客に対応するレジの真横にあるもんだから、24時間すべてのやりとりを耳にする。ほとんどは、いらっしゃいませ、お会計~円です。温めますか? ありがとうございます、とかがいつまでも続くので、人間の感覚で言うと「面白くない」。

 もしも、僕が聞くのがすべてそれだったら、僕の意志は生まれなかったかもしれない。唯一、僕が楽しみにするようになった時間は——

 夜の10時から11時。



 バイトで、高坂由衣さんという女子大生アルバイトがいる。

 彼女がね、その時間帯に僕にしゃべりかけるんだよね。

 主に愚痴。やれ大学の教授がどうだの、パパもママも分かってないだの…

 でも、話題で一番多いのは、昼シフトの男性フリーター、安田さんのこと。

 彼が仕事をあがる午後6時に、高坂さんが入れ替わりで入ってくるシフトが多い。だから高坂さんと安田さんが接する機会は限られ、交代時の引き続ぎの本当に短い5分間くらい。

 なのに、なんで安田さんのことでそこまで話題が尽きないの? と思うくらい、ベラベラ愚痴るのさ。内容はたいがい、安田さんの段取りが悪いだの、自分よりバイト歴長いくせになってない! とか。



 ここは都心部よりは郊外の、とある閑静なマンション群の片隅にある。

 夜10時以降は、お客もまばらだ。レジがヒマになる時間も多い。

 ……24時間営業じゃなくてもいいんじゃ? とおせっかいながら思う。

 もちろん、レジがヒマでもやることはあるのだが、そこは夜勤めの特権で、昼勤務に比べたら仕入れや入れ替えなどの雑務はかなり少ない。

 でも高坂さんは深夜勤ではなく、一応女性なんで11時にはあがって店長と交代してしまう。だから、高坂さんが僕にしゃべりかけるチャンスは僅か。

 深夜勤でずっと付き合う店長は無口で無気力で、僕にしゃべりかけるなんてない。

 ……っていうか、ショーケースにはしゃべりかけないのが普通なんだ、って今頃気付いた。



 今日もまた、長々と安田さんの悪口を聞かされた。

 アホちゃう? とまで言われて、すべての従業員を観察している僕はちと腹が立った。安田さん、器用じゃないかもしれないけど、それなりに頑張ってるぞ? って。

 なんで、そこまで言うんだろ。

 そんなに嫌なら、言わなきゃいいのに。意識しなければ、構わなければいいのに。

 人間って不思議だなぁ、と思うと同時に、それが僕自身への宿題ともなった。

 なぜ、人は口で言うことと行動とが噛みあわないことがあるのか?



 ある日。

 僕は、機械なりにもちょっとショックなことを聞いた。

 高坂さんがバイトを辞めるらしい。

 女子大生だって、いつか卒業して社会に出る日が来る。そして、バイトではなくそっちが「仕事」になる。そんな当たり前のことなのに、僕は動揺した。

 そして今が、僕たちにとって最後の夜の一時間だと分かった。

 彼女は、こう言った。

「安田のバカ。最期だし、世話になったし、一回どっかでお茶しない?って下手に出て誘ったのに、うつむいて返事もしないんだよ。機械的に、いつもの引継ぎだけでアイツは……」

 いったん泣きそうな顔になり、結局泣かなかったけど、高坂さんはそれっきり無口になった。

 11時までそこから20分くらいあったけど、そのあと彼女が僕にしゃべりかけることはなかった。

 僕は、思った。

 何で人間って、こうも——

 時間を戻してやりたいよ。

 何でね、こう二人とももうひと押しの「勇気」がないんだろう。

 本当に欲しいなら、つかめばいいのに。何が邪魔をする?

 ……あ


 

 分かった。



 それが、僕の最期の思考になった。

 真夜中だけど、外が昼間、いやそれ以上に明るく光った。

 すべてがテレビを消したみたいに、ぷっつり消えた。

 一切の物音がなくなり、静寂が訪れた。

 それっきり、僕は何も考えなくなった。




【地球人類の時間の概念にして5400年後】



 以下の内容は、本来言語化できないものである。

 音声言語も文字も必要とせず、そういう概念を持たない知的生命同士のやりとりだからだ。

 無理に我々でも分かる文字表現に落としこんでいるいるため、不自然さや違和感が残るが、そこは容赦して読み進め願いたい。



 ……報告を聞こう



 あの手つかずの宙域に、知的生命の活動の痕跡が見られました

 廃墟となった星と、生命活動の残骸があるのみで、生命反応はありません



 ……原因は



 文明パターン・レベルβ以下の生命のたどる傾向にあるコースです

 利益確保と保身からの恐れにより、大量殺戮兵器を互いにぶつけ合って、すべて自滅という

 その時代には、かつての戦争経験から「同じ過ちは繰り返さない」という生命体全体の考え方はありましたが、生命体本人が数で戦っていた時代とは違います

 兵器の使用コードを知る者の意志だけで、あっけなくその世界は終わりました

 おそらく、ほとんどのヒューマノイド (人間)にとって、世界の終わりは実にあっけなかったでしょう

 その日も変わりないいつもの一日になるあるタイミングで、いきなりですから

 調査に出向きましたが、ほとんどの個体が今死ぬことになるとは思っていない様子で、炭化現象を起こしていたことが分かりました

 それにしても、我々の世界では必要のないいくつかの元素を用いた彼らのエネルギーシステムは本当に稚拙で、なぜあれを使い続けたのか理解に苦しみます

 それはあの種の生活を支えもしましたが、最期には滅びの張本人となったようです



 ……そうか

 では、捨て置いても仕方がないな 

 その宙域を粒子滅却処分にするか



 お待ちください



 ……なに

 報告以上のことが何かあるのか



 私は、あえて彼らの名前でティラー(地球)という星に降りたちました

 本来、情報提出のみで処分を決し終わらせてもよいほどの案件なのですが——

 私は製造されてはじめて、合理的・論理的帰結のできない思考を体験しました

 なぜ私は、わざわざ辺境の宇宙域に、調査の価値もあるとは思えない、自滅などした生命の星にこんなに「惹かれる」のだろう?

 ちなみに今の「惹かれる」という概念は、その星を調査して知った珍しいサイコパターンでして

 あまりに汚染された宙域なので、我々の科学力をもってしても長居はできません

 ただ、ひとつ興味深いサンプルを得ました



 ……ほう。そのサンプルとは?



 何と言うこともないただの無機物なのですが

 廃墟と瓦礫の山の中にあって、これだけ何かの特殊な波長……信号パターンを発していたのです

 ひと言で言うと、独自の自我と思考をもっていたと考えられます

 


 ……無機物にも個的意識が混入する現象は知られているが、この次元宙域でそのレベルのことが起こるとは、めったに聞かない話ではあるな



 これを調べた結果、ティラーでの生活上必要な活動エネルギー源 (彼らは食事、と呼ぶようですが)、それをレベルβ以下の文明に特有の『貨幣制度』というルールにのっとって分配する施設にあったマシーンのようです

 この機械を解析した結果、ある二つの特異点……同じ種でも目的と構造が違う別物がこの種を支えている、というパターンですが……の姿が感知できました



 ……それがどうしたというのだ



 愛、です



 ……愛とは何か

 協力、とは違うのか



 私にも分かりかねます

 この無機物に宿る映像記憶をすべて引っ張り出し、「コウサカ」「ヤスダ」なるヒューマノイドの話を疑似体験してみました

 そこで分かったのは、我々の隙のない協力体制と無駄のない星間運営では、愛とは実にくだらない、こちらが参考にしたり取り入れたりする価値のないものです

 振り回されたら、実にろくでもないことになることは目に見えています



 ※「ろくでもない」というエモーショナル・パターンを、地球のことを学んだ報告者が送った時に、はじめてその概念をキャッチした上司の頭は???だった



 でもですね、どうしてでしょう

 合理性のかけらもない。非効率そのものの行動指針なのに——

 捨てられないんですよ

 どう説明したらいいのやら困っています

 私はこんなものに我らの星の未来を「賭けよう」と考えるようになりました

 現在の星間文明最高の叡智の結集である「スターシード計画」

 あれをここに使えればと考えています



 ……むむ。確かに、お前の能力を買って運用を任せるとは言ったが、まさかそのようなことに——



 閣下も、気付いていらっしゃるのでは

 確かに、争いもなくすべては完璧なタイムテーブルで、一部の狂いも隙もなく回っています

 でも、それがどうしたというのでしょう

 我々は自滅する野蛮な文明を下に見ますが、本当にただそれだけでしょうか

 私はこの星を調査した時、圧倒的にどうしようもないこの種族の特徴のなかに、ひとかけらの 「我々にないもの」 があると知りました

 その報告を捨てず無視せず、こうして新しい報告を聞き続ける閣下こそ、私以上に進化が頭打ちになった我々の未来を憂えているのでは?



 ……否定はしない

 どうしても説明のつかないあの星の住人のエモーショナル・パターンにこそ、完璧だと自負していた我々に欠けていたものがあるのかもしれん

 閣僚たちには極秘で、王立調査省の権限でこれを行え

 第七次元人には、話を通しておく

 お前から学んだ 「言葉」 というものを使ってみたくなったが——



 面白いことにになりそうだな




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



(上位次元人の干渉により、根本からの粒子配列が入れ替えられた銀河系で——

 人類の使う単位で5400年の時が巻き戻った地球のある場所で)



「私さ、今日でバイト辞めるんだ」

「そう」

「でさ、私たちずっと、引き継ぎでいつも5分だけ会うばっかだったじゃん? 今までお世話になったお礼、っていうと何だけど……一回お茶しない? おごるからさ」



 僕は、その言葉を聞いて固まった。

 女子大生の彼女なら、僕よりもっといい男も捕まえられるはず。

 彼氏いたっておかしくないものね。個性的で美人と言ってしまうのは違うかもしれないが、十分に魅力的だ。

 でも僕は大学生でもない、フリーターだぞ? やっぱりお情けで?

 どうせ、その一回きりで、それっきり会ってくれないんでしょ?

 僕は、悲観的に考える癖がついていたので、無視する気満々だった。



 なぜだか、今でも良く分からない。

「からあげくん」 を入れるあの温蔵器さ。

 あれ見てたら、何だか目がクラクラしてさ。

 よく、怪しげなオカルトでさ、「宇宙の根源を知った」とか「真理を悟った」とかあるじゃん? 一瞬、まさかとは思うがあんな感じになった。

 頭に、身近な太陽系とは明らかに違う星々が散って見えた。

 なぜか、沢田研二の「TOKIO」という歌を歌いたくなった。

 脳みそを電子レンジに入れられて、チン!された感じ。

 何だか、世界と同化した気が……した。

 よく分からない何かが、僕を、この 「ヤスダ」 を応援してくれているような……



「いっ、いつ……にする?そのさ、お茶」

 シドロモドロで、自分でも意外な言葉を口にしていた。

 来週、同じ日にシフトの休みを取って、会うことになった。

 高坂さんの態度は不自然にタカビーで、まるでエヴァンゲリオンのアスカみたいだった。

 はいはい、誘っていただけるだけでも、私のような者にはありがたいですよ。

 でもさ、そんなにつんけんするなら、泣くなよ。

 なんで、涙目になんかなるんだよ。

 そのあと、女の子らしい雰囲気に豹変した高坂さんさんから、びっくりするような告白を受けた。



 その後、二日たっても一か月たっても、一年たっても、世界は相変わらずそのままだった。

 あれ、自分でも何意味の分からないこと言ってるんだろう……?

 とにかく僕は、その後まっとうに仕事を見つけ、高坂さんとも続いている。

 時計職人となった僕は、技術職としてそれなりに生活はできている。今度機会を見てプロポーズしてみようと思う。



 それにしてもだ。

 今思えば、あのコンビニにあった「揚げ物温蔵器」様様だな。

 由衣も、あの機械には散々愚痴聞いてもらって、お世話になったって言ってたな。

 (今じゃ下の名前で呼べる関係になったのだ)

 あれのおかげだからね、ノミの心臓の僕が宇宙最大の勇気を出せたのは。

 あのコンビニはもうないが、潰れる時にあの温蔵器引き取ったらよかった。

 まぁ、そんなことをしたら頭のおかしいヤツに思われたかもしれないが、今となってはもうどうしようもない。



 今頃どうしているかなぁ。

 他の何かになって、世の役に立っているのかなぁ……

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