第三話 REAL 閃光

 

「――気おつけ、一同、礼ッ!!」


 時は本馬悠一校長による驚愕の挨拶が終わり、もう式の幕が下りる頃。


 きっと場内の誰もが待ち受ける高校生活に胸躍らせ、式の終わりを新たな始まり、そう考えていた時だった。


 突如、式典会場の上空遥か彼方から何やら人が話す声がしたのは。


 ✣


 高度千メートル、男の悪魔のような気味悪い笑声があがる。


「ケケケッ……みィんなお揃いの服着て、みィんな同じ行動を、みィんな同じ瞬間にするたァ、オレァ一体何見せられてんだァ? これが、世にいう多数マジョリティってヤツなのかァ?」


 それに加えて、「集団」に対する罵倒を少なめの語彙で浴びせる。


「しーっ! アルク、アンタさっきからうっさいわよ。アンタのせいでバレちゃうじゃない。そうなったらどうしてくれんのよ! きっと私たちただじゃ済まないわよ!」


 アルク、と呼ばれる彼の言葉に、相方と思われる女が厳しく返す。


 その声を認識するなり、礼を終えた場内の人々はみな顔を上げ、青々と晴れ渡った空を仰ぐ。

 するとそこには、蒼空に似合わぬドス黒くぼわっとしたローブに身を包んだ若い一組の男女がいた。


 二人はその視線に気づくと、また何やら話を始める。


「ほら、私の言った通りになっちゃったじゃないっ! ねぇ、ア・ル・クー? アンタ、この状況どうしてくれるのかしら? 原因は、責任は全てアンタにあるのよ、さっさと考えてよね!」


 声をわずかに荒らげ、顔をピクつかせながら彼女は言う。


「おォい、アンナァ! そんな言い方ァなくねぇかァ? てか、オレが最初に声出しちまったのは認めるが、オマエの指摘の声が大きかったからアイツらにバレちまったんじゃねぇかァ? アァ、そこんとこどうなんじゃゴラァッ!!」


 焉至を含め、場中の人々は皆こう思った。


 こいつらは本物のバカなんだなぁ。絶対に関わらんどこう、と。

 みなが呆けたツラでぼーっと観察している間も、二人の口論は続く。


「私の声が大きかった? そ、そんなわけないじゃないっ! 根も葉もない適当な理由をつけて罪から逃れようとしないでっ! 今回の原因は、全てア・ン・タ!! とっととどうにかしてきなさいっ!!!」


 割と図星なアンナ、と呼ばれる彼女は挙動不審になりながらも懸命に罪から逃れようとする。

 しかし、


「だからなァ、なんだァ、その、原因の一部はオレの声かもしれねェ。が、言い逃れは許さねェぞ、アンナァ!! 今回の最大の原因は、オマエのその大声だッ!!!」


 彼も逃がすまいと彼女の尻尾を掴んで話さない。ビシッと彼女を指さしながら彼は自分の主張をはっきり述べる。


 バチバチに火花を散らしながら喧嘩している、しかも大勢の前で。

 そんな様子に、場内からは


「あいつらバカップルか? 人前で何してんだよ」


「こんな大勢の前ね痴話喧嘩とは、なかなかだな」


「でも、カレシとあそこまでのペアルックとか案外してみたいかも〜」


 といった声が小さく聞こえはじめるようになり、みな次第にざわつき出した。


 そんな中、焉至は


 あの二人、恥ずかしくないのかな。

 羞恥心とか存在しないのかな。

 こっちが恥ずかしくなってくる、共感性羞恥ってやつだ。

 もうやめて欲しい、誰か止めに行ってくんないかな。


 といった風に思案していた。

 そんな彼のすぐ横では教師陣が本馬校長の指揮の下、慌ただしく動き出していた。


「これから、不測の事態に備えて行動を開始します。樫原さん、ここで生徒たちの避難誘導お願いできますか」


「ああ、それくらいお安い御用だよ、本馬君」


「では、美奈川さんは防御用機器プロテクターをこれらのポイント付近に展開、生徒たちとこの建物を守ってください」


「わ、わかりました! 頑張りますっ!」


「経路確保も考慮しながら展開、意識してください」


「は、はいっ!」


「では、その他の先生方は情報伝達、誘導補佐などご自身にできる最善を臨機応変に分担して執り行ってください。では、僕は彼らのところに行ってすこーし話を聞いてきます」


 うぅー、やっぱ悠一さん格好良いなー!

 これを全て鮮明に見聞きできる状況、僕にとって最高。

 もう思考停止で落ち込んでたけど、しといて正解だったかも。

 なんか、涙出てきそう、というか、もう滝のように出てたわ。

 それより鼻すごいわ。


 焉至は感涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら思った。


 ✣


 ――ギュイン!!


 焉至が涙で濡れる中、悠一は怪訝な二人のいる空へと飛び立ってしまっていた。

 焉至には、それが音だけで解った。


 どうにかして宙へ立った彼を見ようにも、涙のせいで全くだった。

 彼はハンカチで目元を押え、鼻はありったけのティッシュで押えた。


 あの二人はきっと今頃、彼の登場にひどく怯えてることだろう、と彼は耳を澄ませて声を探る。


「アルク、誰か来るわ。ここの教師どもの一人のはず、きっと神格者よ。気をつけて、そしてアンタが先陣切って戦ってっ!」


「言ったなァ、アンナッ! じゃ、この原因論争は止めってことで、俺の行動はチャラになるんだよなァ! それなら、初めから言ってくれりゃァいいのによォ! それくれェ余裕じゃねェかァ!! テメェは援護ちゃんとしろよォッ!! ケケケッ……楽しくなるぜェ!!!」


 全然そんなことなかった。

 むしろ、男の言動は大勢の神格者がいるにも関わらず、怯えるどころか余裕すぎてつまらない、そんな風にとれる。

 それに、



 と明確に言っていた。


 アイツら、一体何者なんだ?


 彼は二人への大きな恐怖を抱き、全身に鳥肌が立つのを感じた。

 遠くから聞こえていたはずの二人の声は、いつの間にかさらに大きくなり彼らに近づいていた。


 ――いや、これはひとりだ


 よく視ると、男は足場にしていた旧小型無人機ドローンを力強く蹴飛ばし、尋常ではない速度で会場目掛けて真っ直ぐに落下してきている。


「ケヒャヒャヒャヒャッ……!! コレァ、大層お高くとまった次世代の金の卵たちだなァ! 誰も俺たちに向かって来やしねェ。それでいて、ぼーっとその場でアホヅラさげて直立たァこりゃァ傑作だなァア!!」


 アルクはそんな時でも焉至たちを罵倒するようなことを口に出す。

 この男は何にそんなに不満があるんだろう、全く見当がつかない焉至だった。


 彼がそうしている間も、男は姿勢をぶらすことなくずっと落下し続けている。


 このままじゃ僕たちは……でも、俺たちには強い味方がいるんだ。


 一級行使者エクササイザー・神格者の中の神格者、真の神格者。


 最も貴い三柱の神々“三貴神さんきしん”の頂点、【天照アマテラス】本馬悠一が。


【三貴神】


 妻である伊邪那美命イザナミノミコトに逢いに行き、黄泉国から帰還した伊邪那岐命イザナギノミコトが黄泉の穢れを落としたときに最後に生まれ落ちた三柱の神々。

 イザナギ自身が生んだ諸神の中で最も貴いとしたことからこの名が生まれた。

 その概要はイザナギの左目から生まれたとされる神、天照大御神アマテラスオオミカミ、太陽神。右目から生まれたとされる神、月読命ツクヨミノミコト、夜を統べる月神。鼻から生まれたとされる神、須佐之男命スサノオノミコト、海原の神の三柱である。


 そんな風に称される彼がここにはいるのだ、何も心配する事はない。

 焉至の考えは予想通りだった。


 悠一は会場から飛び立つやいなや、落ちゆくアルクに向かって閃光のように、まさに神速で突き進む。

 アルクもそれに気づき、どこからか飛行用機器フライングデバイスの一つ、“空中飛行型遊具板フライングスケートボード”を素早く展開して対応する。


「さすが、そう易々と通しちゃくれねェよなァ! やっぱ闘うってなァこうじゃなきゃァなァ!! ケヒャヒャヒャヒャヒャ……アァー、こう退屈しないっていいなァ!!」


 アルクは瞬時に軌道を変えながら、悠一の隙を与えぬほど凄まじい攻撃を華麗に避けてみせる。


 今までの彼の行動を見る限り、中々の行使者であることは間違いない。

 神格者の頂点を相手取りながらも揚々と話す余裕を持っている。

 そう考えると、中々と言ったが、やはり只者ではないようである。

 焉至はその観察眼で正確に戦況を把握していた。


「こいつは厄介な相手だなぁ……まあ、相手が僕じゃなかったら、だけどねっ!!」


 悠一は溜息をつきながら冗談っぽく言うと、器用に機器を使って回避し続けるアルクに対して、両肩の大双翼ダブルウィング風魔フウマで空を俊敏に翔けて的確な蹴撃を食らわせた。

 確実に彼に食らわせたはずだった。


「ガハァッ……とでも言うと思ったかァ? 残念だったなァ、神格者様よォ!! 俺にゃちっとも当たってねェんだよォ!!」


 が、しかし食らわせたかに見えた蹴りは、彼の顔の前でに遮られた。

 厳密には、機器に遮られた。


 彼が使っていたのは従来型の機器ではなかった。

 瞬時にサイズ変更可能という、常軌を逸した型破りなものであった。


 わざと隙をみせて悠一の攻撃を誘うと、気づかれずに縮小させた機器を死角から最速で前方へ出す。

 あとは、飛んでくる攻撃を拡大させたそれで遮ってしまえばいいという算段だ。

 その後は自身でカウンターをするか、後衛の味方に援護させればいい。


「――今だッ!! 行けェッ、アンナァ!!!」


 彼がそう叫んだので、どうやら後者らしい。

 焉至はアンナへと目線を移し、すぐさま観察する。


 彼女は……視たところ銃使いガンナーと思われる。

 腰元のホルダーには旧世代型競技用拳銃ピストルに、背には……旧世代型高性能全自動射撃付小銃アサルトライフル!?


 彼女がとんでもない代物を装備ていることに焉至は驚いた。

 やはり、二人はやはり超凄腕の行使者で戦闘経験も豊富らしい。

 でも、悠一にはそれを凌駕するほどの実力がある。


「ま、まって、アルク!? 私、今それどころじゃないの! なぜか空中飛行型遊具板がいうこときかなく、になってるのよ! はあ……本当はしたくないけど、この状況じゃ仕方ないわ。 アルクさーん、助けてくださいーっ!!」


「は、はァ!? 何言ってやがんだァ、アンナァ。俺が言ったの聞こえてたよな、ァ……」


 アルクは悠一の方を向いていた顔を彼女の方へ向ける。

 そこには、嘘と信じて疑わなかった驚くべき光景が目の前に広がり、アルクは思わず言葉を失った。


 悠一は畳み掛けるように彼に言う。


「じゃあ、僕の方からも言わせてもらうよ、不審者くん。なんなんだこいつら……と言うとでも思ったのかい。君には僕がただ蹴りをしただけ、そう見えたのかい?」


「そう見えただけ、というかそうだったからなァ……」


 彼は呆れながらアルクに向かって話を続ける。


「あの蹴りは、何があってもいいようにわざと選んで行ったなんだよ。そこに相手の意識を集中させれば上半身は好き勝手し放題、無法地帯と化す。だから、僕は君が上手くガードしてくれると読んで、彼女の方にすこーし細工をさせてもらったよ」


 ははっ、と爽やかな朝陽のように笑みを浮かべる。

 彼は自らの策の成功を噛みしめながら、おちゃらけ調子で言葉を継ぐ。


「テメェ、アンナに何しやがったァッ!!!」


 アルクは怒りをあらわにしながら、彼に言う。


「なーに、心配は要らないさ。弾丸を撃ち込んだだけだよ。機器に触れると電子回路内を妨害し、効果を発揮するとすぐ分解される妨害弾丸ジャミングバレット。君たちみたいな人たちなら誰でも知ってるはずだよね」


「!」


 そう言われてさすがに状況を理解し驚いたのか、アルクの身体はガクガク震えている。


「君、はやくしないと彼女落ちちゃうかもよ。大事なお仲間なんでしょう。助けてやりなさい」


「チッ、クソッタレッ! 次は絶てェ倒してやっからなァ!!」


 彼に言われたアルクは、よろめきながら彼女の元へ向ったのち回収した。

 そして、その後すぐ大人しく撤収していくのだった。


 生徒と教師、その他学校関係者、そして建物に全く被害が出ずにことが済んだ。

 神格者の実力というのは到底計り知れない、焉至にとってそれを強く痛感させられた入学式だった。


 ――入学式は真に終わり、ついに高校生活が始まる

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ENd isn't TERminus―終わりが始まり、始まりが終わる― ΛAO @nannan77

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