第二話 START 終了

 彼――本馬悠一校長のその発言は、その場の空気を波のようにかっさらっていった。皆人の生み出した、水を杯の縁すれすれまで入れたとき、手元を寸分狂えば終わりを告げるように少しでも緊張の糸を断ったら何かがとび出てしまいそうな、静寂をも鬱屈に感じる程に粛々とした雰囲気をうち崩した。

 つい先程まで息をすることすら躊躇ためらっていたというのに、みな猿のように途端にきゃっきゃと騒ぎ出した。


「あれが最年少で一級行使者、“神格者ディヴィニティスト”の位を授かった人物とは思えないよな」


「“天照アマテラス”なんて言われているのは嘘なのかしら」


「ま、男が天照なんて、はなから信じてなかったけどな」


 などと批判的な意見ばかりが飛び交う。


 そんな中、焉至はひとり驚嘆とともに感動もしていた。

 きっとこの人はこの型破りなところや自由なところ、他人からは変に思われるようなところがあるからこそ、ここまで上り詰めることが出来たのだろうと。

 そして、今目の前にいる彼は自分にとって、小さい頃からずっと憧れの人。そんな人に、やっと憧憬の的でしかなかった人に会えたんだと。


 本馬悠一


 皇暦二五〇〇年生まれ。二十五歳。一般民である両親の元に生まれ、旧東京の下町で幼少期を過ごす。

 十歳の頃、血の十年戦争デビルズレインを経験、両親を失くす。こんな戦争は無くそう、と十一歳になると皇軍本部に単身乗り込み、入軍させて欲しいと懇願。持ち前の適性や感性、戦争終結に対する思いを燃やす姿をみた一軍隊長・勇順一郎いさみじゅんいちろうに認められ、史上初少年の皇軍入軍。しかも花の一軍に入軍を果たす。その後、期待の大型新人として大活躍。

 十五歳の頃、代々木の惨劇を鎮圧したことで隊長に昇格。それと共に現皇帝より神格者の位を授かり、最年少一級行使者となる。新暦になっても活躍はとどまることを知らず、新東京開発を推し進めたり、地方都市にも力を注ぐなど、内政役を担った。


 そして今、ダイヤモンドの原石を発掘して磨きあげるため、設立十年ながら名門と名高い、国立新東京開発特区第一高等学校の校長としてここにいる。


 天照というのは彼の異名である。眉目秀麗な顔立ちとその圧倒的な力で世の未来を明るく照らす、まさに太陽のような人物であることに由来する。

 みな天照と聞くと女神だとか巫女だとか想像するが、男神説もあるので別に変わったことではない。よくものを知ってから喋る方が良いのではないかと焉至は思った。

 そんなことを思案しながら、焉至がふと彼の方を見ると、まだ壇上にいる。先程から会場内がざわついているのを見て、流石の彼も戸惑い、慌てふためいている。顔からは柄にもなく冷汗がつうっと流れ出、顔を伝っている。

 そんな様子を見て、樫原教頭が音量を上げて話し出す。


「――キィーン……ンンっ、皆さん静粛にッ!! 以上、本校校長からの挨拶でした。本馬悠一校長、有難う御座いました」


 上げすぎなのか、どこか諸設備の機器と影響しあったのか、ハウリングを起こしながらではあったが彼はどうにかその場を抑え込んだ。自身も混乱している中で、場内を統制するその姿は流石としか言いようがない。

 それは当然、ここの教員は皆“神格者”なのだから。

 焉至が最初に会ったこの人だってそうだ。


 美奈川才恵みながわさえ


 皇暦二四九七年生まれ。二十八歳。現在、国立新東京開発特区第一高等学校の養護教諭、つまり保健室のセンセイをしている。教師六年目。

 幼少期から人にやさしく、真心をもった女の子で、その人格を変えることなく突き進み、高校卒業後は大学入学と共に紛争地や戦地へ赴き、奉仕活動を開始。そこで怪我人や病人と関わる中で、世の人々を癒すことにやりがいや夢を見出す。明るく周りを和ませる性格から、精神面の支援もでき、“唯一無二のお医者さん”と評される。

 その功績をたたえられ、二十二歳の時に神格者となる。その後は、「未来に繋がる仕事を」と現在の仕事に就く。異名は“冥界女王ペルセポネー”。

 ちなみに、スリーサイズは八十九・六十四・九十二(校内非公式ファンクラブサイト参考)だ。


 今話しているこの人だって例外ではない。


 樫原秀治郎かしはらしゅうじろう


 皇暦二四七〇年生まれ。五十五歳。現在、国立新東京開発特区第一高等学校の教頭を務めている。

 幼時より人を率いたり、先頭に立って行動したりと統率力や統制力に秀でていた。やがてその形は周囲の人から地域の人、最終的には国の人となり、上り詰めた末に彼は三十九歳で第三五〇代内閣総理大臣となる。任期は六年、新暦になると同時に退任。

 その後すぐに教頭へと転職。それにあわせて神格者にもなる。学校という環境でも、持ち前の統率力や統率力をいかんなく発揮し、設立されてすぐに名門校へと押し上げた。異名は“英雄王ギルガメッシュ”。


 と焉至が視認し把握できるだけでも、皇帝および国家に認められた者しかなることを許されない“一級”が既に三人もいる。そして、話は伺っているもののまだ確認できていない先生方も二十人ほどいるはず、と彼は計算し始める。

 行使科エクササイザー製作科メイカー普通科ジェネラルとあり、三学年ずつなのだから、やはり数は二十人近くになる。

 ああ、本当にここに来てよかったなぁ。こんな先生方にご教授いただけるなんて、普通じゃありえないもんな。夢心地だよ、ゆめごこち…… 彼はその嬉々とした気持ちに浸っていた。


「――以上をもちまして、国立新東京開発特区第一高等学校入学式を閉式します。一同起立ッ!」


 突然、耳に教頭の声が入ってくる。


「ふわぁぁー。何事だ。って、うっわやっべぇぇぇ……」


 ほわっとしていた焉至は声を漏らし、少し遅れながら起立し、ようとした。が、落下の影響か身体が思うように動かない。少し経って彼以外ほぼ全員が起立し終えた。

 くそ、ひとりでは何も出来ない。


「こらこら! 焉至君、まだ無理に動こうとしないの! 私に言ってくれればいいのに……」


「すみません。女性に手間をかけさせるのが申し訳なくって……」


「もう! そういうのはいいの! ほら、今支えるからね」


 辛そうにしているのを隣で見た才恵先生が手伝ってくれて、何とか全体に間に合わせられた。

 何やら視線を感じると思い、彼がその方向を向くと照美がいた。

 俺のことを気にかけてくれているらしい。あ、こっち見てくれた。大勢の中でもやっぱり輝いて見えるなぁ。そんなことを思うだけで焉至は幸せな気持ちになった。

 でも、なんか険しい顔? おっと、そんな場合じゃなかった、と緩んだ気を引き締め直して教頭の言葉を待つ。


「気をつけ、礼ッ!!」


「「「「「ありがとうございました!!」」」」」


 そんなこんなで波乱の入学式、彼ら新入生にとっての始まりは、終わりを告げた。そして、高校生活という新たな物語が始まる。

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