握る手

城崎

「……また同じ終わりかたの夢だ」

それは知らない土地で、そこで出会った人と連絡先を交換する夢だ。

知らない土地は、見るたびに変わる。前回は、広い草原があるところ。今回のは、人通りの多い観光地のような場所。前には、明らかに日本ではない雰囲気を感じる場所の時もあった。大体そこで現実的ではない、まさしく夢のような出来事に翻弄される。その内に共にピンチを乗り越えた相手のことが気になり始め、別れ際に連絡先を聞こうとしたところで相手から連絡先の書かれた紙をもらう、というのが夢の大筋だ。

我ながら、随分とロマンチストである。

その夢の中で印象的なのは、渡された連絡先に書かれているメールアドレスだ。名前と誕生日らしき文字で構築されているのにも驚くが、その名前が全て全角で書かれており、思わず「これは本当に全角入力ですか? それとも半角?」といつも聞いてしまうほど。それに彼は、高尾紀之は、いつも不思議そうに「全角ですが」と答えるのだ。

「わ、分かりました。それじゃあ、帰ったらまた連絡しますね」

私がそう言って紙を握りしめると、そこで夢は終わる。連絡をすることも、帰ることもなく現実へと引き戻されるのだ。


今日のを数えれば、8回は同じ夢を見ていることになる。しかもその光景は見ればみるほど鮮明になっていき、今回の夢では電話番号のみならずメールアドレスまではっきりと見ることが出来た。

高尾さんの連絡先が、頭の中を回る。誕生日は9月24日、携帯番号は不規則な数字の羅列。

起き抜けに開いたスマートフォンのロック画面をじっと見つめる。

所詮夢で見た連絡先だ。実はなんらかの形で見た知らない人の連絡先かもしれないし、相手からしてみれば迷惑な連絡に過ぎない。それに、夢の中で出会った見知らぬ相手が実在しているだなんてことがあるだろうか? 顔も体型も喋りかたも、すべてが私の脳内が作り上げた儚いもの。そんなものに、どうして私は今少し胸を高鳴らせているのだろう。

そう、私の胸は高鳴っている。危険かもしれないし迷惑かもしれないけれど、連絡をしてみようという気になっている。それは夢の中で困難を共にしてきた相手だからだろう。すでに友情以上の感情が滲んでいた。

メールと電話で悩んだ挙句、曜日と時間的にも電話が良いだろうという結論に達し番号入力の画面を開く。夢で見た文字を間違えないように、そーっと入力していく。やがて打ち終わり、一度生唾を飲み込んでから発信ボタンをタップした。プルルルル、プルルルル。7回ほどリズムを刻んだのち、「はい、高尾ですが」という声が聞こえてきた。

高尾ですがという言葉と、夢の中で自分が想像していたものと同じ声に、心が弾け飛びそうなほどの衝撃を受けた。

「あ、あの……」

「すみません。こちらが登録していないようで名前が表示されないのですが、どちら様でしょうか?」

そのはっきりとした口調はまさに夢の中で出会った高尾さんそのまま。あわあわと困惑で開きっぱなしの口をなんとか動かして、名前を名乗る。

「雪村沙耶です」

その瞬間、彼が息を呑む音が電話口から聞こえた。

「それは、雪の村にさんずいに少ないの沙、耳におおざとの耶の雪村沙耶さんですか?」

「そうです」

そう言うと電話越しの彼は、小さく感嘆を口にした。

「まさか現実で電話がかかってくるとは思いませんでした。こういう場合、はじめましてが正しいんでしょうか?」

「た、高尾さんにも夢の記憶があるんですね…?」

「はい。たとえ夢の中であれ、同じ窮地を生き抜いた仲ですから」

穏やかな相手の声に、ホッと胸を撫で下ろす。てっきり夢のことなんて分からないで電話を切られると予想していたから、彼もまた同じ景色を覚えているという事実にひどく嬉しくなった。

「しかし不思議ですね。共有する夢を見るなんて」

「本当ですよね。私たち、きっと現実では出会ったことなんてないのに」

「……覚えて、ないんですね」

「えっ」

突如として落ちたトーンの言葉に、思わず驚いてしまう。それではまるで、会ったことがあるみたいじゃないか。

「会ったこと、あるんですよ」

「……全然、覚えてません」

「覚えていないのも無理もないかもしれません。会ったのは1度きりですし、なにより沙耶さんはまだ幼かったですから」

実は親戚とかそういうのなのかもしれない。しかし私は、1度しか出会ったことのない親戚の名前どころか顔なんて覚えたことはない。だからこそ、疑問に思う。

「そんな幼い時に出会ったっきりの私を、覚えてくれていたんですか?」

「えぇ。だって、差し出した僕の手を強く握って離してくれなかったんですから」

写真で見る幼い頃の自分が、高尾さんの手を握ったまま離さない光景を想像し、恥ずかしさに赤面する。

「そ、そうなんですか」

「そうなんですよ。ぜひ、いつかまた握っていただきたいものですね」

笑いながら言う高尾さんに、今度現実でも会えませんかと言った私の声は、ひどく震えていた。穴があったら入りたい。

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握る手 城崎 @kaito8

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