第3話 キャンサー・ゲーム
グリニッジ標準時、西暦20XX年12月31日、20時。世界が新年を迎える準備で、佳境を迎えたころ。テレビではどの放送局でもカウントダウン番組が流れ、人気アイドルたちのカウントダウンライブも盛り上がっていた。
夜にもかかわらず、商店街は人でごった返し、ショッピングモールも年末セールにせわしない。新年とは、それだけで慶事であり、さらにその年にオリンピックが開かれるとあっては、人々のテンションも最高潮にまで高まるのも、むべなることだった。
人々がそれぞれのやり方で新年を迎えようとしていた矢先に、突如、世界的な電波ジャックが起こった。街頭の大型モニターから、各民間テレビ、国営放送、インターネットの動画サイトにまで、突然、謎の仮面をつけた人物が映りだした。当然、僕だ。それだけじゃない。ラジオに至るまで、僕の声は再生された。僕はインターネットの匿名ハッカーが使うような、ダサい仮面ではなく、アニメに出てくるような、格好のつく仮面で、顔面を覆っていた。
「ハッピー・ニュー・イヤー。世界中の皆さん。僕は『キャンサー』。突然失礼するよ。
さて、来年はハッピー・オリンピック・イヤーだね。今から燃えてるかい?」
突然のことに、見ていた人々はみなキツネにつままれたような顔をする。
「僕もこの年を迎えられること、喜ばしく思うよ。みんなと一緒に、新しい年を祝福をもって迎えたいと思うよ。」
この僕の発言に、若者を中心に「イヤー!」といった叫び声が響く。
「そこでだ。僕から、最高の花火を用意させてもらうよ。とは言っても、多くの人はそれを見られないけどね。」
また、「ワー!」といった歓声が上がる。だがその後、
「これからちょうど、朝鮮の時間で午前0時ジャスト、つまり、朝鮮半島で新年を迎えると同時に、北朝鮮で実験中の新型核兵器が自爆する。これが『ゲーム』の幕開けの花火だ。それから、『ゲーム』が始まるよ。最高にホットなゲームだ。どんなゲームか気になるかい?それは花火が終わったら、説明するよ。それじゃ、しばらく。よい新年を。」
僕の発言に、どよめきが起こった。そしてそれと同時に、画面は元の番組に戻った。それらの番組でも、出演者たちは何が起こったかわからない様子で、明らかに戸惑っていた。
そのころ、各国の軍隊もあわただしく動き始めた。アメリカの情報局では、
「電波ジャック、終了したようです。」
「どこのバカだ。こんな物騒な発言をするとは。発信源は?」
「は、特定できていますが…。あり得ません。島一つない海の真ん中だと出ています。」
「では電子戦艦か。」
「し、しかし。世界中の電子ネットワークをすべて同時にジャックするなど、よほどの装備を積まなければ…。しかも、全世界の言語に対応して、同時になど。そのような高性能艦の情報は、どこもつかんではいません。」
「むぅ…。そのような戦艦を秘密裏に開発している国、か。北朝鮮の自作自演ではないのか。」
「発信源は南緯47度9分、西経126度43分。ポイント・ネモ付近です。北朝鮮の船がこんな海域まで、秘密裏に到達できるとは思えません。」
基地隊の全員が首をかしげる。
「その座標、確かか…?」
1人の隊員が問いかける。
「は、ほぼ間違いないかと。これが何か?」
「いや…。関係あるとは思えないが…。」
「今は少しでも情報がほしい。言ってみろ。」
上官に促され、その隊員は言葉を続ける。
「この座標は、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトが1940年代に執筆した恐怖小説、『クトゥルフ神話』において、もっとも有名な座標と呼ばれています。
そこには古の神殿『ルルイエ』が沈んでおり、その中で邪神『クトゥルフ』が眠りについているといいます。」
「バカな。旧世紀のおとぎ話が真実だとでも言うつもりか。」
「ですが、偶然の一致にしては、できすぎてはいないかと…。」
「つまり、どこぞの軍隊が、その『クトゥルフ神話』とやらを意識して、こんな大規模な電波テロをやったとでも言うのか。」
「否定はしきれないかと…。」
「まあいい。北朝鮮とて、無能の集まりではない。不審な侵入者がいれば、捕えていても不思議ではなかろう。あの『キャンサー』とかいう男の言った『花火』など、起こるはずもあるまい。たまにはあの国に華を持たせてもよかろう。」
「よろしいので…?」
「他に対処しようがない。わかるだろう。それに、我々は奴らの親玉をつぶせばいい。」
「は…。」
「ポイント・ネモから北朝鮮まで、船では数時間で到達できん。つまり、この電波ジャックをした連中と、北朝鮮への工作部隊の大掛かりな組織が必要だ。それを指揮する、親玉がどこかに隠れている。」
「工作部隊はあえて無視し、黒幕を探し出し、我々が確保すれば、手柄は我々のもの、というわけですね。」
「そういうことだ。」
一方で、一連の放送ジャックに、北朝鮮は敏感に反応した。即座に研究施設に軍を差し向け、警戒態勢を厳しくした。研究中の核兵器があることを認めたうえで、報道官は、
「我が国に大それたことを計画する、無謀な『カニ野郎』がいるようだが、その計画は失敗に終わる。近いうち『カニ野郎』は無様な姿をさらすだろう。」
と堂々たる態度で原稿を読み上げた。
確かに、警備は非常に厳重だった。蟻一匹入れないとは、まさにこのことだった。でも、それはすべて無駄に終わることになった。だって、僕はそこに行く必要がなかったから。
朝鮮時間、新年0時ちょうど。異変は起こった。
北朝鮮政府は念のため、新型核兵器の信管を抜いていた。それにも関わらず、突如弾頭の核分裂反応が加速した。あらゆる機械がアラートを発し、異常事態に施設全体がパニックに陥った。研究員たちがあらゆる方法で核分裂を制御しようとするも、その努力はかなうことなく。ついに核兵器は核爆発を起こし、研究施設はこの世から消滅した。
その核爆発は複数の国の偵察衛星がキャッチし、即座にそれぞれの国に情報が伝わった。しばらくして、緊急速報が各メディアに伝達され、北朝鮮の核兵器が、僕の予告通りに爆発したことが大衆に伝わった。一部メディアが、「北朝鮮の自作自演ではないか」などと論争する中、再び僕は全ネットワークをジャックした。
「ハッピー・ニュー・イヤー。しばらくぶりだね。みんな。僕の『花火』は気に入ってもらえたかな?」
「ブー!」という声が響き渡る。
「なるほど。楽しんでもらえたようだね。いやはや、僕を『カニ』呼ばわりとは。北朝鮮も粋なはからいをしてくれるね。
さて、さっきこれは、『ゲーム』の始まりだと言ったね。では、僕の『ゲーム』、『キャンサー・ゲーム』について説明しよう。
ルール1。これから4年に1度、つまりオリンピック・イヤーになるたびに、また1発、世界中のどこかの核兵器が爆発する。どこになるかはランダムだ。単純に確率で言って、一番持っているアメリカが有力かな?それともロシア?イギリス?フランスに…、中国かも。大穴でインドやパキスタンだったりして。もちろん、続けて北朝鮮の確立も大いにあるよ。もう一度言うけど、どこの核兵器かは完全にランダムだ。事前通告もしないから、そのつもりで。
ルール2。爆発するのはあくまで『核兵器』だ。『核動力』は対象外だよ。つまり、原子力発電所や、原子力空母、潜水艦などは爆発しない。もっとも、搭載されている『核兵器』は対象内だけどね。
ルール3。これから先、核兵器を使おうとすると、ルール1とは無関係に、即座に自爆する。むやみに使用しないことを薦めるね。
ルール4。これは4年の場をつなぐための小イベントだ。来月から毎月、それぞれの現地時間15日の深夜に、僕は誰かを殺す。殺してしまう相手は、主に要人だと思うけど、下手に僕のふりをした愉快犯なんて出てきたら、その人も殺してしまおう。
ルール5。殺す相手には、1週間前に予告状を送ろう。もちろん、殺すときにはご挨拶に伺うよ。
キミたちには僕は止められない。それを身を持って体験してほしい。キミたちには『勝利』という言葉は訪れないのさ。それじゃあ、この辺で。アデュー。」
「…通信、切れました。発信源はやはり南緯47度9分、西経126度43分です。ほとんど動いていません。」
「偵察衛星からの映像は解析できたか。」
「は…。しかし、島や艦などの影は、確認できません…。」
「バカな。まさか潜水艦…。いや、そうであれば、1隻でこんな大それたことはできん…。」
「潜水艦隊ということでしょうか。」
「うむ…。だとすれば、個人でこんな大部隊を展開するなど、到底不可能。つまりは、国レベル、それもかなりの先進国家が絡んでいるはずだ。」
「ですが…。それなら諜報部が何かしらの情報を得ているはずでしょう。機密にするにしても、情報の機密性にも限度があります。」
「我々のあずかり知らぬところで、『何か』が起きているということか…。」
「ですが、ヤツは『ゲーム』とやらのルールの中で、『殺すときに訪れる』と明言しています。それを忠実に守るとすれば…。」
「近いうちにすべてが明らかになる、か。しかし、一週間前に予告状まで送るとは。ただのバカか、それともよほどの自信家か。狙われそうな要人のリストアップを急げ。」
「は。一週間もあれば、警備態勢を敷くのにも問題ありません。」
「ヤツが本当にルールを守るなら、な。自分で決めたルールを破ることは、そうそうしないだろうとは思うが。」
「は。」
「それと一応、例の海域に調査隊を派遣しよう。何か発見があるかもしれん。」
「『ルルイエ』とやらですか。」
「まさかとは思うがな…。」
とにもかくにも、こうして僕の『キャンサー・ゲーム』は幕を上げた。要人暗殺に核爆発。個人では到底できないことを、僕は個人でやり遂げる。誰にもまねできない方法で。心して聞いてくれ。「この世界」でも、僕はこの『ゲーム』を始めるんだから。
たった一つの願いの最適解ーキャンサー・ゲームー 時化滝 鞘 @TEA-WHY
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