HALLOWEEN!!
桜人
HALLOWEEN!!
ヒタリ――ヒタリ――
太陽の光が届かない、暗く暗い闇の中から、ゆっくりと三つの人影が現れる。冷たい足音が大きくなるにつれて、その姿が鮮明になってゆく。
背格好からしてヒト型の女性、それも若い。ある者は牙を生やし、ある者は顔に蝙蝠の紋章を刻みつけ、ある者は大きなハットを目深にかぶっている。牙を生やした女性の赤く塗られた唇がヌラリと艶めき、蝙蝠の紋章を顔に宿した女性の瞳が、わずかな光を反射して鋭く煌めく。巨大なハットをかぶる女性の首にかけられた宝石が妖しげな光を放ち――いよいよ彼女ら三人の姿が闇の中から完全にあらw
「あっつ! え、ちょっと待ってあっつい! なにコレ意味わかんないんですけど!!」
「真夏なのに調子乗ってマントなんて羽織るから……」
「いやいやおかしいじゃん! 魔女コスじゃん! マント羽織るじゃん!」
ハットを目深にかぶる少女、『田中若菜』はその格好に似合わない幼い表情でがなり立てる。感情の行き場を求めて、田中は右隣にいる、私服で顔に蝙蝠のシールを貼った少女、『壱円ガール』を指さして
「大体なんで壱円ガールは私服なの! コウモリのシールだけじゃ全然コスプレじゃないじゃん!」
「いやあ、だって暑いし」
「違うじゃん! 全然違うじゃん壱円ガール! 女の子はオシャレのためなら何でも我慢できる生き物のはずじゃん! ねえひつじ!?」
田中の左隣にいたもう一人の少女、『ひつじ』は唐突に水を向けられて一瞬その体をこわばらせるも、高く澄んだ声を発して田中の援護を始める。
「そ、そうだよいっちゃん……いくら暑いからって、せっかくこうして、初めてハロウィンパーティに参加したんだから。コウモリのシールと三日月の髪留めだけっていうのは……」
「ああ、別にこの髪留めはいつもつけてるヤツなだけだから。実質コスプレ要素はこのシールだけだね」
「このナマケモノがあああ!」
あくまで平静に、のんびりしていて悪びれない壱円ガールに田中は鼻息を荒くして壱円ガールの肩をゆする。ゆっさゆっさ。その様をひつじはただオロオロと見守ることしかできなかった。
魔女っ子コスの『田中若菜』と、吸血鬼コスの『ひつじ』、そして特に分類されるようなコスもしていない『壱円ガール』。彼女ら三人はSNS上で知り合った友人である。今までお互いに会ったことはなく、今日が初めての、いわゆるオフ会だった。
しかし、
「……」
「……」
「……」
目的のハロウィンパーティが開かれるという会場へ向かって歩を進める三人に会話はなかった。三人ともそれぞれ初対面であるだけでなく、初っ端からコスについて少々意見の相違があったために、場の雰囲気はあまり良いとは言えない。
ジリジリと太陽の光が照りつける道中にあって、三人の仲は早くも冷え切ろうとしていた。
――何とかしなきゃ
そんな中で、一番この状況を打破しようという思いを抱いていたのは、先ほどのひと悶着において一番関わりの薄いひつじだった。
一番ひと悶着の当事者から遠い立場にいたためという負い目や、だからこそ第三者として解決に乗り出さなければという義務感に近いものもある。
しかし、それが一番大きな理由ではない。
今回のハロウィンパーティ、それを一番楽しみにしていたのはひつじだった。
元来気の弱いひつじにとって、SNS上とはいえ田中や壱円ガールは数少ない、そして最も大切な友人だった。二人ともっと仲良くなりたい、ずっと友達でいたい――だからこそひつじは自ら率先してハロウィンパーティでのオフ会を企画し、クオリティの高いコスプレ衣装を用意して臨んでいた。事実、最も凝ったコスプレをしていたのはひつじだった。
「――あっ、あの!」
震える手をぎゅっと握りしめ、勇気を振り絞ってひつじは声を上げる。大丈夫、怖くない。ちょっとのケンカくらいで、私たちの友情は、きっと――
「キャ、キャンディー……舐めませんか?」
いつの間にか震えの治まっていた手をポケットに入れ、そこからカラフルな装丁に包まれた飴をいくつか取り出す。
「……」
「……」
田中と壱円ガールは二人ともきょとんとした様子で固まる。しばらく経ってから、二人は茹でだこのように顔を真っ赤にしているひつじを見て、吹き出すようにして笑い出した。
「え、えっ、え……もう、笑わないでよ!」
笑われたひつじは心外とばかりにさらに顔を赤くする。その様が面白いやら可愛らしいやらで、田中と壱円ガールは先ほどまでの剣呑な雰囲気はどこへやら、すっかり笑顔を取り戻していた。
「ごめんごめん、笑ったのは謝るから……キャンディー一つ頂くね」
田中が両手を胸の前で合わせて謝罪するポーズを取りながら言う。流れるような動作でひつじの手のひらの上から素早くキャンディーを一つ摘まむと、紙の包みを剥がして口に含む。
「……」
「……んふふふふ」
そうして、残るもう一人の壱円ガールに、ひつじの期待のこもった眼差しと、田中の意地の悪そうな半眼が向けられる。
「はあ……舐めればいいんでしょ、舐めれば」
壱円ガールは面倒くさそうにそう言いながら、田中と同じようにひつじからキャンディーを受け取り、包装を外し、口に含む。
「――ぐっ」
異変はその時だった。
壱円ガールは突如として口元を押さえてうずくまったかと思うと、その場で口から鮮やかな赤色の液体を吐き出した。
「きゃあ!」
「壱円ガール! 大丈夫!?」
ひつじの悲鳴と田中の心配する声が上がる。
壱円ガールは――
「……うっそーん」
と、普段よりも数倍おちゃらけた声音でそう言うと、口元を押さえていた手を離して軽快に立ち上がった。
「血のり。水性だから乾けば色も落ちるんだ」
両手をヒラヒラと遊ばせながら得意げに言う壱円ガール。
「――何も外見に凝るだけが、コスプレじゃないんじゃない?」
その実、誰よりも凝った仕掛けを用意していた壱円ガールに、田中は照れ隠しの意味も込めて飛びかかった。
「ほらほら、並んで並んで! 記念写真撮るぞおー!」
「えーめんどくさい。ていうかもう血のり乾いちゃったから今撮っても意味ないし」
「そ、そんなこと言わないで一緒に撮ろうよいっちゃん……」
「そうだそうだ! はい行くよー! 私たちの初のオフ会記念に! せーの、ハッピー?」
「「「ハロウィーン!!」」」
「……それで、何でこんな真夏にハロウィンパーティなんてやるの? ひつじ」
「ええと、よく分からないんだけど、近所の小学校のチラシがこの前ポストに入ってて……小学生の手書きのポスターで『ぜひ参加してください!』って」
「へー」
「……ゴメン。ちょっとそのポスター見せてもらっていい? ひつじ」
「あ、うん。いっちゃん」
「ああ、やっぱり……」
二つ折りにされたポスターをひつじから受け取った壱円ガールはそれを見て、ゆっくりとため息をついた。
「ん? どうしたの?」
「まあ、行けば分かるって」
怪訝そうな表情をする田中に壱円ガールはそう応じると、あとの二人を先導するようにして一番前を進む。
「おーはーよーうーごーざーいーます!」
「こーんーにーちーは!」
ちょうど昼休みなのか、校庭に出て遊んでいる小学生たちがコスプレ姿の三人を見て口々に挨拶をする。彼らの服装は何の奇もてらっていない私服だ。
「まあ、小学生なら間違えても仕方ないか」
壱円ガールがポスターを見ながらそう嘆息する。
「ひつじ、このポスター、『HALLOWEEN』でもなんでもないよ」
「え、じゃあ……」
「『HELLO WEEK』……あいさつ週間のポスターだよ、コレ」
HALLOWEEN!! 桜人 @sakurairakusa
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