第3話 報復なら自分で

「わああ、条架先生〜!」


 困ったように叫ぶ階段の上に、ぐったりとした条架じょうかを置いて、元・体育館の霊は笑いながら言った。


「さあ落として殺しなさいな、自由になれるわよ」

「やだよぉ〜」

「何よ、腰抜けね」


「アタシらはね、アンタみたいに性根が腐ってないのよ!」


 花子さんが声を飛ばしてきた。

 恋人の次郎さんも頷き、音楽室の肖像画は目をビカビカ光らせ、ピアノは蓋を開け閉めして同意を示した。


「命を奪うのは、本気で七不思議になる決意をした者だけ。騙し討ちとか卑怯にも程がある」

「あら、何のことかしら?」

「アンタはいじめられていた彼女を口説き、誓いの儀式をしようと誘い、夜中に体育館に来させた。そして命を奪った。自分が自由になる為に!」


 元・体育館の霊は鼻で笑うと、条架を背に担ぐ。


「死にたいって言うから、協力してやっただけよ。渡りに船ってヤツでしょ」

「死にたいは、“生きたい”だよ〜」

「知った事じゃないわ!もういいわよ、腰抜けども。ずっと仲良くやってれば?」


 体育館まで引きずってきて、一息をつく。


「まったく、この学校に陰陽師が居るとはね」


 自由の身になった彼女は驚いた。

 条架が毎晩ランニングをしている関係で、学校周りに結界が張られていて、出られなかったからだ。

 死体を体育館内に残せば自分が疑われる。

 だから学校霊の目を欺きながら移動させる事にした。

 まず、渡り廊下と理科準備室の扉を開け、人体模型を外に出す。

 七不思議は三階に集まっているので一階を通り、花子さんが出かけるのを待って、二階のトイレへ。

 花子さんに罪を着せる為だ。

 そして一階で姿を隠し、人体模型が戻ってきたら中から鍵を掛けた。

 巨大な密室の完成。これで体育館は関係ないとされるだろう。当番の先生には見えないから問題ない。


 元・体育館の霊は、現・体育館の霊に向けて条架の体を放り投げた。


「騙して悪かったわ。代わりにコイツ殺していいわよ、そしたら自由になれるから。二人でお供え菓子でも食べましょ」

「…は」

「ん?何か言った?」

「…や」

「何よ、ハッキリ言いなさいよ。アンタのそういうウジウジしてるところが嫌われるのよ」


 一歩踏み入れた途端に、扉が閉まり、鍵がかかる。どんなに叩いても開かない。


「ムダ。ここは私のテリトリーよ」

「は、はは。復讐かしら、そんな事しても無駄よ」


 体育館の霊アヤは、バスケットボールとバレーボール、ソフトボールにテニスボールと、あらゆる球を宙に浮かべた。


「無駄とかどうでもいい。やりたいからやるだけ」

「ぎゃあああ!!!」


 霊力を込めた物理攻撃は、霊体にも効く。

 元・体育館の霊はズタボロ瀕死の状態で、死神に引き渡された。地獄行きは確定である。

 目を覚ました条架に、アヤは語りかける。


「先生、アイツを連れてきてくれてありがとう」

「すまない、君を助けてあげられなかった。トイレに行く犯人の姿を見たのに!」

「ううん。私、体育館で死んだから、どちらにしても間に合わなかった。気にしないで」

「なんだか、落ち着いてるね」

「人体模型さんが教えてくれたの。先生が私の為に頑張ってくれた事。それに、犯人いたぶったらスッキリしちゃった」


 楽しそうに笑う彼女から、気が弱かったという生前の面影は無い。


「すまない。自分はまだ見習いで、君を成仏させてあげられない」

「それも気にしないで」


 彼女はニヤリと口の端を釣り上げて笑った。


「まだやりたい事があるから」



 後日、バスケットボール部のメンバーと顧問が重傷を負い、入院する事になった。

 皆一様に語る。

 誰もいないところからボールが飛んできたのだと。



「あれはお前だったに違いない」完。

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あれはお前だったに違いない 秋雨千尋 @akisamechihiro

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