(2)

 にぎにぎ、グリップを確かめる。何かの動物の革だろうか、まだ新品の滑らかさがある。手になじまないが、世界の危機というのを倒す頃には馴染んでいるだろうか。

「そういえば、世界の危機って言うのはどういうやつなんだ」

 なにか魔王的な、圧倒的な力を持った存在なんだろうか。そういうのが魔族? とかを束ねて世界滅ぼし軍を率いてる、とか。

「私の片割れ、もうひとりの創造神だよ」

「へぇ、そいつは生命と刹那を司る、とか?」

「いや、そういうことはない」

 なんだ。夫婦で反対の権能を持ってるってけっこう鉄板ネタじゃないか?

「なんていうか……説明が難しいんだ。私と彼でこの世界を運営していたのだけどね」

「あぁわかった。そいつが放り出したんだな」

「そう。えーっと、いうなれば天岩戸隠れというか」

「どっかに隠れていなくなったと。そいつを説得すればいいんだな」

「ん、まぁそれができればね。できなかったら」

 一瞬、彼女の顔から感情が一切排除される。

「殺してしまってもいい」

 殺してしまってもいいと来た。創造神を殺すなんてスケールがでかい。

「場所は?」

「わからない。一緒に探していくことになるね」

「武器は?」

「それでも問題なくやれるよ」

 腰のロングソードを指す。なんというか、随分テキトーな話だ。それともあれだろうか、某サ・ガみたいなやつ。

「まぁそこらへんはおいておくとしよう」

「いま、全部説明した方が良くないか?」

「そんなことしたらあとの楽しみがなくなるでしょ? この世界を読み解く楽しみが」

 そうだろうか。いろんな物語であそこで全部説明しておいたほうがこんな状況にはならなかったってことが多いんだが。

「それに、いま説明しても覚えられないだろう」

「それは確かに」

 つど説明していこう、と彼女は歩き出す。

「どこに行くんだ?」

「あの山の麓。村というか……宿場町」

 彼女は眼前にそびえる山脈を指差した。

「なんで村に?」

「夜は物騒だからね」

 夜は物騒らしい。一応剣も持ってるし、こっちには女神さまもいるから問題ない気もするが。

「その剣も使い方はわかんないでしょ」

「実戦のほうが経験値溜まりやすいだろ」

「なにそれ。ゲームみたいなやつ?」

女神さまが以外な言葉を口にしたことに、すこし驚く。

「ゲームって知ってるんだな」

「まぁね。神様だし」

 不思議なこともあるものだ。まぁ神様だし、普通の剣で神様が殺せるガバっぷりだし、そういうこともあるのかも知れない。

 大きくもないが小さくもない胸がふふんと強調されている。

「というか、これって普通の剣、だよな」

 柄頭を叩いて揺らす。

「そうだよ。まごうことなく鋼の剣。どこの鉄を使ってるかは知らないけど、魔術的な特性も神の祝福も英雄的な逸話もない、ただの鋼の剣」

「聞けば聞くほどガバガバな設定――む」

 彼女に口をふさがれた。口の先に柔らかな指先を感じる。

「とにかく! さっさと行かないと。ゴブリンなんて出てきたら面倒くさいんだから」

 やっとファンタジーらしい単語が出てきた。

「ゴブリンがいるのか?」

「いるよ。こんなところじゃ昼間は出てこないけどね」

 さっさといこう、と彼女に手を引かれて歩き出す。



「あの村はなんて名前だっけ?」

 遠目に白い壁が見えてくる。破風の高い屋根がひときわ目立っている。

「カーネー。十分に町だよ」

 町という言葉に負けず劣らず、カーネーは結構大きな「町」だ。低いながらもちゃんと石造りの壁が張り巡らされているところを見てもそれはわかる。関門にはちゃんと衛兵がいて、どうやら入ってくる物や人を審査しているようだ。

「あっと、そうだ」

 彼女に腕を引かれて立ち止まる。なにか問題があるのだろうか。

「君、自分の名前は言える?」

「名前?」

 そう言えば、結構いろんな部分の記憶がない。少し考えてみたが、名前も思い出せなくなっている。

「やっぱりね。えーっとそうだな」

「ジョン・ドゥでいいだろ。仮名なんだし」

「そんな味気ないのつまんないじゃん」

 名前におもしろいもつまんないもあるのだろうか。そんなこと疑問は、彼女の明るいあっそうだにかき消されることになる。

「ゴンがいいでしょ。かわいい響き」

「ゴン? なんでそんな野暮ったい」

「名無しの権兵衛だから、ゴン。ほい決定これで行こう」

 彼女に尻を叩かれる。何を言っても無駄っぽいな。さっさと行こう。

「スタップ! 首長の命により止まれ」

 衛兵に声をかけられる。

「この町に入るものはすべて、名前と職業と滞在目的を明らかにしなければならない」

 腰に差した剣に気後れする。自分も持っていてもどこか威圧感があるのは、鎧を着ているからだろうか。

「えっと、名前はゴン。一応、世界を冒険している。ここには宿と飯のために立ち寄った」

 冒険ねぇ、と衛兵がつぶやく。じろじろ全身を眺め回されて気持ち悪い。さっさと中に入りたいものだ。確かに自分の格好はあまりにも「冒険向き」ではないことに気づく。一応服は来ているが、それ以外には一本の剣だけ。バックパックも水筒も食料も無い。考えてみれば怪しいことこの上ない格好には一言も触れなかった彼女を内心で恨む。

「まぁいい。必要以上に滞在しないこと、用がなければ領主館には近づかないこと、住民や他の滞在者との間に揉め事を起こさないこと、必要がなければ剣を抜いたり魔法を行使しないこと、衛兵の指示には必ず従うこと、以上に従うと誓約しろ」

「あぁ、えっと、あなたの言ったことに従うと誓う」

「ん?」

 訝しげな目を向けないでくれ。心臓が飛び跳ねた瞬間に、横から彼女の助け舟が出る。

「女神イザミの瞳にかけて」

「女神イザミの瞳にかけて」

 衛兵がうむ、というふうにうなずく。なにかの模様が描かれて紐を通した木の板切れを渡される。

「これが通行証だ。町を出るときに返却してもらうから、なくさないように。また、滞在中に抜き打ちで衛兵の持つものと勘合することもある。常に携帯するように」

「は、はい」

「ようこそ、カーネーへ。キンズの加護を」

「うん、キンズの加護を」

 無事に関門を抜けられてホッとした。

「助かったよ」

「そうだろう、そうだろう」

 妙に得意げなのが気に障るが、助かったのは事実だ。なにも言わないでおこう。

「ところで、女神イザミってなんだ」

「私のことだが」

 よくもいけしゃあしゃあと言えたものだ。勝手に誓わせやがってと頭を抱える。

「お前の目は誓いにかけられるほどきれいじゃないだろ」

「いいんだよ。実際がどうだか知らないけど、神話の中では「美しい瞳の乙女」だぞ?」

 うそこけ。沼の水面みたいに淀んでるぞ。

「そういえば、お前は気にされなかったな。さすがに女神ともなると顔パスなのか?」

「そうだよ。神様ともなるとね、人間レベルで煩わしいことは無いんだよなぁ」

 いやー君は人間で大変残念だったねぇ、みたいに肩をポンポンされる。非常に腹立たしいのでやめてほしい。

 とにかく、町には無事に入れたので、まずは宿を探して部屋を取らないといけない。

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終わりの女神と果たす魔王 角角角 @eusy_rum

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