終わりの女神と果たす魔王
角角角
(1)
目覚めると、美少女がいた。
「…………」
栗色の短髪がかわいらしい少女だ。穴みたいな黒い大きな瞳が、またかわいらしさを上乗せしている。
「…………」
が、いかんせん邪魔だった。
「……邪魔なんだけど」
「あっ、すまない」
のそのそと彼女がどいて、ようやく起き上がる。
高い空と白い雲、遠目に山と森、そよ風に聞こえる鳥のさえずり、なぐ草に撫でられた手がくすぐったい――これはつまり。
「つまり、どういうことだ?」
たしか俺は日本中のどこにでもいる高校一年生。夏休みの終わりが恐ろしすぎて。
恐ろしすぎて……どうなったんだっけ?
「まぁ、どうにもなってないよ」
引き出せない記憶に頭を抱えてると、隣に座る彼女の声が答える。
「なんか知ってるのか」
「知ってるよ」
「じゃあ答えろよ。ここはどこで、お前は誰で、俺はどうなったのか」
「良いだろう!」
彼女が自信満々に立ち上がる。グーから人差し指を上げて「一」を示す。
「まず第一に、ここは君のよく知る世界とはよく似ていて少し異なる世界」
腕を広げて世界を示す。ふわっとした袖のワンピースが遠心力で踊る。
「
彼女は続けて中指を上げる。
「第二に、私はこの世界の創造主、死と永久を司る女神さま。どうぞ、敬ってくれても構わないよ」
スカートの裾を持ち上げて仰々しく腰を折る。片目をつむってこちらをうかがう仕草がまたわざとらしい。
「第三に、君は私によってこの世界に転生した。ようこそ、ここは君のユートピアだ」
太陽を背にした彼女は、後光によってまさに「神様」といった趣があった。
「つまり、異世界転生だと」
「うむ」
「そういうわけか」
「そうだ」
満足げにうなずく彼女からはすでに「神様」の趣は失われている。よくて背伸びしたがる少女か。
しかし、異世界転生、異世界転生だ。まさか自分がこういうことに巻き込まれるとは思わなかったが、こういうのはだいたい神様の方で手違いとか、もしくは何かしらの救援を求めて、というところだろう。前者ならスローライフ、後者なら救世の英雄だ。どちらにせよこれからの生活は華があふれるに違いない。自称女神さまの次の言葉を待ってじっと彼女を見つめる。
が、彼女の方は何も言わない、どころか嬉しそうにそこらをくるくる回っている。
「……んで?」
「で、とは?」
かわいらしく小首をかしげる。きょとんとした瞳。なにもわかっていないようだ。
「俺をどうしてここに呼び出したのかって聞いてんだよ」
あぁ、と手を打つ。本当になにもわかっていなかったようだ。果たして、彼女は次のような事をのたまった。
「君に、世界を救ってほしいんだ」
救国の英雄ルートか。とすると、なんらかの手続きによって夏休み終了直前の俺は喜んでこっちに飛ばされたのだろう。前後の記憶があやふやなのも、まぁ仕方ない。
そして、そういう話でこんな日本のどこにでもいる平凡な高校生を捕まえてきたということは、そういうこともあるだろう。ワクワクしてきた。
「それで?」
「それでとは」
「言わなくてもわかるだろ?」
「いや、全く」
本当に空気の読めない女神さまだ。だが許そう。今後の態度によってはだがな!
「もちろん、チート能力だよ!」
ワクワクを隠しきれずについ声が大きくなってしまった。それも仕方ないことだが。もちろん、ゲームブレイカーもかくやというレベルで、もはや読みきれないレベルの大量のステータスアップが付与されることだろう。
ワクワクしながら待っていると、彼女は大きくため息をつき残念なモノを見る目で言う。
「そんなもの、あるわけ無いでしょ」
「は?」
そんなはずはない。というか、そんなことがあっていいはずがない。
呼び出したものがいかに弱っちくても、間違っても魔王的なものを倒すまで死なないようにするのは当然の対策だ。そして一刻も早く世界の危機を取り去るためには、呼び出したものがいかに弱っちくても訓練してる暇も惜しいはずだ。ならどうするか。神様的ななにかが呼び出したものにチート能力を付与するのが一番だ。
「あのさぁ」
呆れた声色が俺に批判する。
「そんなんなら、神様が直接その魔王的なやつをやっちゃったほうが早いんじゃないの?」
「……神様にはチート能力がないんだよ」
「自分が持ってない力を他人に分け与えられるの?」
「じゃあ、仕方ない理由で手を出せない」
「それなら召喚するまでもなく世界滅んでない?」
「滅びる直前に最後のあがきで――」
「世界で一番強い戦士あたりに頼めばいいんじゃない?」
「魔王的なものにかなわなくて――」
「その戦士にチート能力をあげれば最初からいいんじゃないの?」
「異世界から来た存在にしかチート能力は効果が発揮されないんだよ!」
ハァ……ハァ……肩で息をする。頭に血が登りすぎて目が回りそうだ。頭が重いし痛いし涙が出てきた。彼女の方は相変わらず冷めた目で俺を見てるし、そよ風は相変わらず吹いている。体を冷やすよりももっと熱くなってきた。
「都合良すぎだよ」
都合が良くて何が悪い。
「ていうか俺のユートピアって言ったじゃんかよ」
理想郷なら俺に都合よく動いてくれるのが道理じゃないのか。
「君のユートピアだが、私はこの世界の創造主だよ。ことわりは私の手の内さ」
わけわからん。
「まぁ、仕方ないな」
突然、柔らかな声になる。と同時に、鋭い光が地面に突き立てられる。
陽光を照り返して暖かく輝くそれは、まさしく無骨なロングソードだった。
見上げると、彼女の手にはベルトに繋がれた鞘が握られている。さっきまでそんなの持ってなかっただろ。
「言っただろう?」
まさに「神様」といった趣の柔和な笑顔を浮かべる。
「ことわりは私の手の内、さ」
「さすがの創造神様はスケールが大きくて」
どうにもできない自嘲を込めて彼女を皮肉る。彼女はハハ、と軽く笑う。
剣の一本でこの平々凡々な人間が世界を救えるものか。創造神も随分と見通しが甘いようだ。
「大丈夫だよ」
俺の腰にベルトを付けながら彼女はそういう。
「何を根拠に」
「大丈夫。君は世界を救える」
「だから、何がどうしてそうなるんだよ」
「だって、私が呼び出した君だもの」
まったく意味が通らない。根性論よりひどい無根拠さだ。愛と気合でなんとかうんぬんとか言ってくれたほうがまだ説得力がある。ほんの少しだけど。
「君は死なないし、死なせない」
「まるであんたが俺を守ってくれるみたいな言い草だな」
「そんなことはない。自分の身は自分で守ってくれ」
ほら見ろ。
「ただ、君は死なないし死なせない。なぜなら私が死と永久を司る女神さまだから」
「その女神さまはいったいどんなご利益があるんで?」
うーん、と考え込む。ちょっと考えないと出てこないのか。
「君が死んでも、死者の国お断り、とか」
指一本を立てて笑う。それならまぁ死ねないかも知れない。この少女に本当にそんな権能があるなら、という話だが。
「あとはそうだな、君が死んでも私が生き返らせてあげるとか?」
「どうやって」
「体を直して魂を押し込んで」
「致命傷でもか?」
「死んでるんだから致命傷も致命傷じゃない?」
「それもそっか」
すこし口元が緩んでしまう。
彼女も俺に釣られたのか口元が緩んでいる。
「やっぱり」
「なにが」
「君は笑ってるほうがいい」
「ああそうかい」
お褒めにあずかり光栄、とでもいえば気が済むか。それとも。
「あんたも笑ってるほうがいいよ」
「知ってるよ」
「なんだ知ってたのか。これは失敬」
風が渡って花の香りを運ぶ。鳥が遠くで鳴いて飛び立つ。遠くの森と山は静かに俺たちを見下ろす。鋼の刀身が空と太陽を映し出す。
彼女の言葉によれば、限りなく穏やかでどこまでも平穏無事に見えるこの世界のどこかに、終焉の危機が迫っているらしい。
「剣を抜けよ、それで君はやっと君になる」
「選択肢はないんだろ」
そのとおりだ、そう言って弾けるように彼女は笑った。
やはり、笑ってくれていたほうが俺もうれしい。
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