夢香る 手を繋ぐ

無月弟(無月蒼)

別冊ハナとユメ

※このお話には残した給食を家に持って帰るシーンがあります。衛生上禁止されている学校も多いですけど、この学校では許可されていると言うことで、大目に見てください(>_<)




「おはよう、香里ちゃん」

「おはよう、ユメくん」


 朝、小学校の五年三組の教室で、隣の席の香里ちゃんに挨拶をする。


 こんな風に挨拶をするのが、すっかり日課になっていた。女子と仲良くするのなんて恥ずかしい、何て言う子もいるけど、そうとは思わない。友達と仲良くすることの、どこが恥ずかしいって言うんだろう?


 ランドセルを置いて机についていると、何だか妙に視線を感じる。目を向けると香里ちゃんが、じっとこっちを見ていた。


「何?」

「ご、ごめん、ジロジロ見ちゃって。さっき窓から見てたんだけど、ユメくん今日は一人で登校してたよね? ハナちゃんはどうしたのかなって思って」


 香里ちゃんの質問に、ああ、と声を漏らす。ハナと言うのは隣のクラスの女の子だけど、俺とは家が近所だから、毎日一緒に登下校していた。けど香里ちゃんの言った通り、確かに今日は一人で来ていた。


「喧嘩でもしたの?」

「ううん、ハナったら風邪引いちゃって、今日はお休みだって。給食のプリンが食べられないって残念がってた」

「それはかわいそうだね。プリン、美味しいもんね」

「熱があるのに、プリン食べたいから行くんだって駄々こねてた。いつもは寝坊助で中々行こうとしないのに、おかしいよね。けど、俺のプリンを持って帰るからって言ったら、すぐに大人しくなった」


 ハナはプリン大好きだからなあ。もちろん俺も食べたいって思うけど、ハナは病人なんだから、ここは我慢しよう。


「プリン、あげちゃうんだ。ユメくんって優しいね」

「そう? 普通じゃないかな?」

「ううん、優しいよ。仲良しなハナちゃんが羨ましいなあ」

「仲良し、かあ……」


 香里ちゃん言った『仲良し』と言う言葉を聞いて、ふと担任の先生の事を思い出した。

 うちのクラスは、皆仲よし。それが先生の口癖。二十代半ばの女の先生で、あれは四月の始め、クラス替えがあって、初めてこの教室に来た日のことだった。


『皆は今日から同じクラスの仲間、お友達です。皆仲のいい、楽しい教室にしていきましょうね』


 先生は笑顔でそう言っていたっけ。仲が良い教室、それは確かに素晴らしいって思う。

 たけどその一方で、皆が皆仲良くできるというわけではないということも、分かっていた……





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 朝の会が終わって、午前中の授業があって、向えた昼休み。給食をほとんど食べ終えた俺は、デザートのプリンを手にする。


(約束だから、ハナに持って帰ってあげないとね)


 プリンを机の中に、そっとしまおうとする。だけどその瞬間、それは起こった。


「ははっ、こいつ頭に、変なもんつけてるよ」

「や、やめてよ!」


 そんな声が聞こえてきた。見るとクラスメイトの健吾が、香里ちゃんがつけているリボンを引っ張って、からかっているのが目に飛び込んできた。

 香里ちゃんはとても困っているけど、やめる気配は無い。健吾は時々、こうやって女子に意地悪をするんだ。


 けど、こう言うのは見ていて気持ちのいいもんじゃない。苛立った俺は、居ても立っても居られなくなって。気がついた時には、健吾の手を掴んでいた。


「やめろよ、そういうの」

「ユ、ユメくん?」

「なんだよ、お前は関係ないだろ!」


 驚いた様子の香里ちゃんと、苛立つ健吾。

 健吾は香里ちゃんの髪を引っ張るのをやめて、俺を睨み付ける。


「なんだよ、女子の味方なんかして。分かった。お前、自分が女みたいな名前だから、味方をするんだな。ハハハッ」


 今度は名前をバカにしてきた。

 俺の名前は夢路。仲の良い友達は俺の事を、『ユメ』って読んでいるけど、仲の良くないやつ、主に健吾なんかは、今みたいにこの名前をバカにしてくる。女みたいだって。でも……


「名前は関係ないだろ。それより、香里ちゃんが嫌がってた。ちゃんと謝りなよ」

「謝る? 俺はちょっと髪を引っ張っただけだって」

「それを謝れって言ってるんだよ。香里ちゃん、嫌だったでしょ?」

「う、うん……」


 コクコクと頷く香里ちゃん。一方健吾は、面白くなさそうな顔をする。


「はっ! むしろ感謝してもらいたいな。香里、お前ユメのこと好きだろ。俺が髪引っ張ったおかげて、王子様が助けに来てくれたんだから」

「えっ!? ち、違う……」

「ああ、違うのか。残念だったな夢路。香里、お前のこと嫌いだってよ」

「それも違う! ユメ君のこと、嫌いじゃなくて……」

「じゃあやっぱり好きなんだな。香里は夢路のことが大好きでーす!」


 大口を開けて笑う健吾と、顔を真っ赤にしてうつむいてしまう香里ちゃん。俺はいよいよ腹が立ってきた。


「止めろよ! 自分がモテないからって、やつあたりしてるの?格好悪い」

「はあ? 夢路、てめえ!」


 胸ぐらを掴まれたかと思うと、頬に強い衝撃が走る。殴られたと分かったのは、後ろに倒れて尻餅をついてからだった。


「ユメくん、大丈夫!?」


 香里ちゃんが泣きそうな顔でのぞき込んできたけど。

 俺は何も言わずに立ち上がり、そして……


「先に手をあげたのは、そっちだから」

「はあ? ぐっ!?」


 さっきのお返しとばかりに、渾身の力を込めて殴り返してやった。


「キャー!」

「おっ、喧嘩か?」


 女子の悲鳴が上がって、男子はこの状況を面白そうに見守っている。そして殴り返された健吾は、顔を真っ赤にして、また俺に掴みかかってくる。


 そこからのことは、よく覚えていない。

 何発か殴って、殴られて。気がついた時には俺も健吾も、誰かが呼んできた先生に取り押さえられていた。


「やめなさい二人とも! いったい何があったの!?」


 まだ怒りが収まっていなかったけど、こうなってはし方がない。暴れるのを止めて、おとなしく先生の言うことを聞く。

 健吾もさすがに、先生の前で喧嘩を続ける気にはなれなかったようで、事情を聞かれた俺達は、健吾が香里ちゃんの髪を引っ張ったこと。からかわれて、殴り合いになったことを包み隠さず話した。


「そんなことがあったの。健吾くん、ダメよ。人が嫌がるようなことをしちゃ」

「ごめんなさーい」


 『ごめん』とは言ったものの、その声には全く反省の色は見えない。ただ台詞を言っただけの、形だけの謝罪。だけど先生はその事には触れずに、今度は俺に目を向ける。


「夢路くんも、嫌なこと言われたからって、殴っちゃダメよ。友達でしょ」

「…………」


 俺はなにも答えられなかった。

 まず言っている意味が理解できない。友達だって? こんな意地悪をしてくる奴のことを、友達だなんて思えない。友達って、同じクラスにいたら無条件でなれるものじゃないだろ。

 俺は納得がいかなくて、表情は固いまま。先生はそんな様子にため息をついたけど、すぐに気を取り直したように笑顔になる。


「さあ、いつまでも喧嘩してちゃダメよ。香里ちゃんも、こっちにいらっしゃい。仲直りの握手をしましょう」

「えっ?」


 話をふられた香里ちゃんは、顔をしかめる。


 先生はいったい何を言っているのだろう? 香里ちゃんは、健吾に傷つけられたんだ。そんな相手と、どうして握手なんてしなければいけないの?

 口にこそ出していないけど、気が進まないのは見ていてわかる。けど先生に言われるまま、仕方かなく健吾へと歩み寄る香里ちゃん。だけど……


 俺はそんな香里ちゃんの前に手をかざして、制止させる。 


「握手なんてしなくていいよ。俺も、絶対にしないから」

「ちょっと、夢路くん!」


 驚いた様子の先生。だけど、本当に嫌なんだ。


「俺は健吾がやったことを、許してなんかいません。それなのにどうしてこんなやつと、握手なんてしなきゃいけないんですか!」

「こんなやつって。ダメでしょ、友達にそんなことを言っちゃ」

「違います、友達じゃありません!」


 先生は困った様子だったけど、譲る気はなかった。だって、先生の言ってる事には、納得がいかなかったから。

 あんなに酷いことをされたのに、友達って言えるの? 友達って、そんな簡単なものなの?


 好きでもない奴と、友達と言われるのが嫌だった。本当は許していないのに、握手をさせられて、終わったつもりにさせられるのが嫌だった。

 友達ってのは、好きな相手となるものだ。仲直りは、ちゃんと相手を許すことで、初めてできるものなんだ。

 なのにしたくもない握手をさせられて、形だけの仲直りをさせられるというのが、とても嫌だった。


「夢路くん、いい加減にしなさい!」


 その後俺は、先生にこっ酷く叱られた。嫌がらせをした、健吾よりも。


 友達がいかに大切か、仲良くすることがどれだけ大事か、熱心に語る先生。けど何度言われても、先生の言うことには納得がいかなかった。

 確かに、皆が仲良くできたらいいなとは思う。けど世の中には、どうしても合わない相手だっているんだ。そんなやつと無理して友達のフリをすることって、そんなに大事なの?


 叱られて、叱られて。だけど俺は謝らなくて。そうしているうちに昼休みが終わって、有耶無耶のまま解散となった。

 幸い先生も健吾も、その後何かを言ってくることはなかったけど、俺はモヤモヤした気持ちのまま、放課後を迎えた。


 俺がした事は、間違いじゃないって思いたい。だけどなんだか、自分が悪者にされたみたいで、とても嫌な気持ちになる。


 ああ、そう言えばハナにプリンを持って帰るって約束してたのに、喧嘩のゴタゴタですっかり忘れてしまってた。

 今から給食室に行っても、無駄だろうなあ。ごめんハナ、約束守れなかった。


 気分は最悪。だけどそんな沈んだ気持ちのまま校門を出るところで、俺に声をかけてくれた子がいた。


「ユメくん!」

「香里ちゃん?」


 振り替えると、そこにいたのは香里ちゃん。走ってきたのか、息を切らしている。


「ユ、ユメくん。私、どうしてもユメくんに言いたいことが、あ、あって」

「わかった。わかったから、まずは落ち着いて」


 香里ちゃんは深呼吸をして息を整えて、まっすぐな目で俺を見てくる。


「さっきは、助けてくれてありがとう。健吾くんに意地悪されたときもだけど、ユメくん、私が握手するの嫌だって、わかってて、先生にああ言ってくれたんだよね。私、とっても嬉しかったよ!」


 満面の笑みで、お礼の言葉を口にした香里ちゃん。とたんに、胸がスッと軽くなった気がした。自分のやったことは間違いじゃなかったって、認められた気がした。


「大したことをした訳じゃないよ。ただ自分が嫌だったから、逆らっただけ」


 誰だって、好きでもないやつと仲のいいふりをしたり、握手をするなんて嫌に決まっている。だから先生の言うことを聞かなかったんだ。だけど香里ちゃんは、やっぱりそんな俺に優しく語りかける。


「それでもだよ。私、ユメくんには本当に、感謝しているんの。だからありがとう、ユメくん!」


 面と向かってそう言われると、何だか照れ臭い。けど、気分は決して悪くなくて、とても暖かな気持ちになる。


「そうだ、ユメくんこれ」

「えっ? これは……プリン?」

「うん、給食のプリン。ハナちゃんにあげるって言ってたけど、あんなことがあったから用意できてるかなって思って。私の分を取っておいたの。もらってくれる?」


 確かにプリンは持って帰れなかったけど、良いのかなあ? 香里ちゃんだって食べたいだろうし。


「本当にいいの? もらっちゃっても」

「うん、ハナちゃんにあげて。私からのお見舞い」


 笑って差し出してくれる香里ちゃんに、ありがとうと言ってプリンを受け取る。

 それから香里ちゃんはもじもじとした様子で、こんなことを尋ねてくる。


「ねえ、ユメくんって、ハナちゃんの事好きだよね?」

「うん、好きだよ。友達だもの」

「そっか……そうだよね」


 途端にしょんぼりとしてしまった。だけど俺はそんな香里ちゃんの頭を、そっと撫でる。


「香里ちゃんも好きだよ。友達だもの」

「えっ……ええっ!? う、うん。ありがとう。友達、だよね」


 照れたような笑みを浮かべて。その様子に、つい可愛いって思ってしまう。


「香里ちゃんも、もう帰るよね。だったら、途中まで一緒に帰らない?」

「ユメくんと? うん、一緒に帰ろう」


 二人で並んで校門を出て、そして自然と手が繋がれる。


 やっぱり手を繋ぐなら、ちゃんと好きだって思える、本当の友達とがいい。

 俺は決して友達が多い方じゃないけど、香里ちゃんのように、心を許せる友達はちゃんといる。


 無理にたくさんの人と友達にならなくてもいい。だって数がいる方が、偉いってことはないんたから。


 数は少なくてもいいから、好きだと思うその友達を、大事にしていこう。右手に温もりを感じながら、俺はそう思った。



 おしまい

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