第4話《多脚式》
訓練一日目──。
「ほらそこ! モタモタしない、走る!」
ハルとエミリーはエミリアによって、地獄の訓練を強いられていた。
訓練と言ってももう五十キロも、ひたすら走らされているだけだったが。
「もう……ダメだ……」
「何言ってんの、ほれ走る!」
「ハル、あと十キロ走れば、昨日より四パーセントの体力向上が期待できます」
「いや、もう……無理……」
ハルは倒れた。
訓練二日目──。
「ほらそこ! 休まない、しっかり上げる!」
二日目はひたすら筋トレだった。
「ふぐっ……!はっ……」
もうハルの全身はすでに悲鳴を上げていた。
それを横目に隣のエミリーは、ありえない量のトレーニングメニューを、ありえないスピードでこなしていった。
それを見て感化されたハルは、ピッチを上げた。上げすぎた。
果てるようにハルは倒れた。
訓練三日目──。
「エミリア、最初、エミリアはチームワークを高める、って言ってなかったか?こんなトレーニングメニューじゃ、本懐を果たせてなくないか?」
「そこ、うるさいよ! 昨日までは基礎作りだ。今日からチームワーク向上のためのトレーニングを行う。それと同時に、二人のシンクロも鍛えさせてもらうよ」
ハルはそれを聞き、ほんの少しだけ安堵した。
「それで、今日はなにをするんだ?」
「今日はね……ボクシングだ!」
「え」
スパーンッ! と気持ちの良い音がした。
エミリーの目にも止まらぬ速さで繰り出された拳が、ハルの顔面にクリーンヒットする音だった。
勿論ハルは倒れた。
ハルが倒れる日々は、何日間も続いた。
しかしやがて、エミリーの拳によって一方的に倒されていたハルに、少しずつ変化が見えてきた。
訓練十日目──。
エミリーはハルの脇腹目掛けて、素早く拳を振り抜いた。が、それはハルの素早いガードによって阻まれる。
ハルはフックを放ったエミリーに生まれた隙を見逃さず、素早くストレートを放つ。が、それを先読みしていたエミリーは、すぐさま後ろへ飛び退く。
「凄いよ、二人とも! 特にハルくん、キミの成長は凄まじい!」
エミリアは興奮した様子でハルを褒めたその時、
ドゴッ!
少し防戦気味となっていたハルのガードの甘さを、エミリーが拳で打ち抜いた。
ハルは倒れた。
訓練三十日目──。
トレーニングルームには、二人が拳を打ち合う、凄まじい音が響いていた。
ハルとエミリーが次元を超えた攻防を繰り広げるその姿は、最早一種の芸術と言っていい程までに完成され、美しかった。
エミリアは技術部の仕事が忙しくなり、十五日目辺りから訓練の監督をしばらく離れていた。
そして久しぶりに二人を見に来たエミリアは、差し入れのお茶を落とし、口をあんぐり開け唖然としていた。
「ふ、二人とも……。そこら辺でお茶にしないかい?」
ハルはそれを聞いて、お茶、落ちちゃってるが、と思った。
「いやーキミたち、凄い成長だよホントに! 見違えた!」
とエミリアは新しく持ってきたお茶を啜りながら言った。
これで戦場に出ても、問題なく戦えるだろうね! と笑っていた。
「なあエミリア。これで本当にチームワークは向上したのか? 連携はとれる?」
と疑いの目でハルは言った。
「キミは気付いていないだろうが、間違いなく向上しているし、連携も問題ないだろう。一度演習で試してみるかい?」
フフフ……とエミリアは笑って言った。
「エミリーは勿論来たことないだろうけど、ハルくんは久しぶりかな?ここに来るの」
ハル一行は、トレーニングの成果を試すために、本部に備え付けられた演習場に来ていた。
演習場は、室内にあった。壁や床は一面分厚い装甲で出来ており、フィールドには無数の遮蔽物が設置してある。共和国兵士なら誰もがお世話になった事のある場所だ。
「ああ、二年ぶりだ。懐かしいな」
ハルは言いながら、ゲイルと訓練に励んだ二年前の日々を思い出していた。
ハルとゲイルは訓練兵の中では、いつも上位の成績を残していた。
だが演習訓練は、珍しく、ハルとゲイルの両方が苦手にしていた訓練だった。
二人は協力して、攻略方法を研究した。上位の成績は、そうやって勝ち取ってきたのだ。
「……ハルくん? 聞いてるかい?」
「ああ、すまない」
まったくぅ……とエミリアは呆れたようにため息をついた。
「まあ、再度簡単に説明するとすれば、二人でこちらが用意した敵を倒してもらう。使える武器は軍の標準装備のみ、グレネード類は合計二つまでだ。」
とエミリアは説明していった。
「そして今回キミたちに戦ってもらうのはこれだ!」
エミリアがそう言い放った途端、奥のドアから一体の兵器がゆっくりと姿を現した。
「先日の最前線の戦闘で連邦軍から鹵獲してきたものを改良した、多脚式対歩兵戦闘機だ!」
長い名前で呼ばれたその機体は、とても禍々しい図体をしていた。
足は全部で六本あり、機体全体は艶消しの黒色で染められている。前方には、大型のマシンガンが備え付けられ、その横には赤く光る眼のようなセンサーが取り付けられていた。
それはまるで甲虫類を思わせるような風貌だった。
「隠れろ!」
ハルは何かを感じ、唐突に叫んだ。
ハルとエミリーが遮蔽物に身を隠すと同時、遮蔽物に雨のように弾丸が降り注いだ。
「危なかった……。エミリー、武器はなにを取ってきた?」
「標準装備のアサルトライフル一丁、グレネード一つに、あと……」
エミリーが懐をゴソゴソし、これです、と言いながら取り出したそれは「爆発面」と書かれた、遅延式の対戦車地雷だった。
対戦車地雷って、軍の標準装備だっけか……?と思いながも、ハルは頷いた。
「分かった……。よし、二手に回り込もう。エミリーは右側から頼む。俺は左から行く。俺がスモークグレネードを投げて、アレの視界を遮るから、そのうちに別れるんだ。その後俺が銃撃を浴びせてアレの注意を引くから、エミリーはその隙にその地雷をお見舞いしてやれ」
ハルが即席で考えた作戦を説明すると、エミリーはこくっ、と頷いた。
「よし、いくぞ!」
ハルは多脚式兵器に向かって、思い切りスモークグレネードを投げつけた──!
機械じかけのその少女、今なにを思う。 りっちー @Ritchey
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