鬼火事件

安良巻祐介

 硝子の小瓶に鬼火を入れて飼っていた、階下の一人暮らしの婆さんが、ある時、部屋から不審火を出して焼死した。

 婆さんを知る者は皆、例の鬼火が燃え移ったのだろうと話し合ったが、現場の鑑識の結果、それは違うのではないかということであった。

 鑑識に混じってやって来ていた、除疫所崩れの小男(今はフリーランスの怪異調査員をやっているらしい)によれば、むしろ婆さんの飼っていた鬼火は、ものを燃やせない純正の陰火であったはずだという。

「燃焼性を計る振袖カウンターの針ん揺れ具合があからさまやし、採取した残火の色も、ほれ、綺麗なインジゴ・ブルーやろ」

 鑑識と、集まった野次に講釈しながら、小男は、しかし、何にしても現場から鬼火が消えているのはいかんなあ…と、たるんだ顎を撫でさすりながら、呟いた。

「ああいう陰火ちゅうのは、結局人間のよくない妄念の塊やからな。何かやらかすかもしれん」

 果たして数日後、近隣の公園で、真夜中に青い炎が見えるという事で、通報を受けた消防局が封火の禰宜を伴って駆けつけると、ベンチに寄り掛かったまま、低体温症で瀕死状態の男と、そのそばで陰鬱に、るゆるゆと燃え盛る鬼火の姿があった。

 例の小男も一緒に呼ばれて来ていたので、火の鑑定を頼んだところ、やはりそれはうちの一階に婆さんと住んでいた、あの鬼火らしかった。

 そこから詳しく調べてみると、婆さんを不審火に見せかけて焼き殺し、わずかな金品を奪って逃げたのが、公園で死にかけていた男だという事が判明した。

 男が担架に乗せて連れていかれると、鬼火は逃げることもなく、驚くほど従順に、封火の禰宜の手にかかり、その日のうちに「お浄め」された。

 神社まで同行し、その現場に立ち会った小男によれば、鬼火の核からは、何十年も昔に亡くなった、婆さんの一人息子のDNAが検出されたという事である。…

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鬼火事件 安良巻祐介 @aramaki88

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