おひるやすみ-春
「はるみちはいいな」
「え?」
「なんで食べても太んないの」
恨めしそうな目でこちらを見るアキの、お弁当箱に視線を落とす。
ご飯、卵焼き、アスパラベーコン、カップに入った冷凍食品のグラタン、ブロッコリーとプチトマト。
栄養バランスを少しでもよくしようと言う、アキのお母さんの思いやりが感じられる。
私と言えば、ミルクティーにメロンパン、唐揚げ棒。
夜勤で力尽きた母に渡された1000円札は、たっぷりの糖質に姿を変えた。
「体質?」
「元も子もない!」
「アキ、別に太ってないじゃん」
嘘でも冗談でもないのに、アキは恨めしそうな顔で私を一瞥すると、卵焼きを口に入れた。
唇の上の小さなほくろが咀嚼に合わせてかすかに動く。
思わず目をそらしたのを気づかれたくなくてメロンパンを齧った。
砂糖の甘さでこめかみが痺れる。
「夏までに痩せる」
「だから、太ってないってば」
「はるみちに言われてもぉ」
「なにそれ」
アキが私の手首を掴んだ。
メロンパンの味が途端に消える。
そのまま何も言わずにいるから、私は無味の何かを喉の奥に送り込むことしかできない。
「ほらぁ、わたしの手一周しちゃうじゃん!」
「……アキの手が大きいんじゃない?」
「嫌味だ……はるみちの方が10センチ以上身長高いのに……」
苦々しく呟くと同時に眉が悲しげに下がる。
背が高いことがコンプレックスな私としては羨ましいだけだ。
それに、アキは小さくてかわいい。
言いたい、けど、かわいい、なんて言ったら邪推されてしまうだろうか。
でも、これはアキを励ますための言葉だから。深い意味なんてないから。
だから。
「秋川ぁ、伊吹先生に呼ばれてたよー!」
「ん、やば、忘れてた」
息を吸った途端、廊下からアキを呼ぶ声がした。
目にも止まらない速さでお弁当を食べるアキと、言いかけた言葉を飲み込む私。
舌に残る甘さで、ようやく味覚が戻ってきたことが分かった。
ブロッコリーを口に放り込むと同時にアキは立ち上がる。
翻ったスカートの裾は、相変わらず短い。
毎朝、私が校門で注意しているのに直らない……というか、言われたその場では直すのに、いつのまにか元に戻っている。
面倒じゃないのかなと思うけど、登校して最初に私のところに来てくれるのが嬉しくて。
ずっと同じ注意をしてしまう。
そうしたら、アキは毎朝ずっと私のところに来てくれるだろうから。
「ごめん、職員室行ってくる!」
床を鳴らし、一目散に駆けていく背中を見送りながらため息をついた。
顔は赤くなってないだろうか。
さきほどまでアキが触れていた手首があつい。
「いってらっしゃい」
今更言っても意味のない言葉を呟いて、冷めたからあげ棒の包みを破いた。
春道と秋川 はるのさんかく @idomizu
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