現役人気モデルの小悪魔な後輩を助けたら惚れさせる宣言をされた 〜「俺にその気はないので早く離れてください」「イヤです!」〜

すかいふぁーむ

第1話

「何してんだ……? あんた」

「誰ですか? ほっといてください」


 今だからこそ思う。なぜ俺はこのときこいつを見つけてしまったのかと。

 そしてなぜ、この子を放っておくことができなかったのかと。


 日常を壊す鍵を自らつかみ取りに行った瞬間だった。


 ◇

 ◇

 ◇


「せんぱーい! こんなところにいたんですね? さあさあ可愛い現役美少女モデルのカナミちゃんが迎えに来ましたよ! 帰りましょう!」

「場所を考えてくれ……」


 ここは図書室。何故か毎日放課後に絡みに来てしまう桜井叶美さくらいかなみから逃れるために足を運んだんだが、どこからか嗅ぎつけられたらしい。なんなんだこいつ、犬か何かか……。


「えへへ。先輩の犬だなんてそんな……気が早いですよ!」

「お前の脳内がどうなってるかわからんが俺はお前が怖い」


 いつまでもここにいるのは迷惑だから出よう……。

 仕方なく準備を始めた俺の様子を見て、何か勘違いした桜井が頬を染めている。

 思考回路はショートしっぱなしで全く役に立ってないポンコツ後輩。その上トンデモ理論そのままに喋り倒すこいつの考えていることを読み取ろうとするのは無駄だと、ここ数日で学んだ。


 一方で逆に、こいつはこんなぶっ飛んだ頭をしているくせにちょこちょこ俺の思考を読み取るのだ。恐ろしいことに。


「以心伝心ですね!」

「完全に一方通行のな……」


 かばんを持って立ち上がると隣ではなく少し後ろにたってはにかむ。

 認めたくはないがこいつは自分で言う通り現役モデルをやるくらい顔立ちが整っている。モデルというのに150センチ台前半の小柄な体系に、少し明るい髪の毛を2つに結ぶその姿は、あざといが可愛かった。


「えへへー」

「お前ほんと……こういうタイミングではふざけないの、ずるいよな」

「なんのことですかー? どれだけ私がアタックしてもなびいてくれない秋津あきつせんぱーい?」

「ほら、帰るぞ」

「ふふ、はーい!」


 ◇


 秋津家は4人家族。

 長男の俺、修人しゅうとだけが実家に住んでいる。

 父親の出張のとき、俺と父を見比べて母がこういったことが原因だ。


「あんたはほっといてもなんとか生きてそうだけど、お父さん多分1人だと死ぬから……」


 長い結婚生活の中で家事全般をやる機会は失われて数年、母さんとしては心配だったんだろう。妹は転校に抵抗がなかったので付いていき、結果俺は1人で4LDKもある一軒家に住むことになっている。

 俺としても一人暮らしという響きには憧れがあったので喜んで3人を送り出したが、今は諸々の家事の大変さを身にしみて学んでいる。


「ほんと、先輩が1人で住むには広すぎますよね。ここ」

「お前はなんでいるんだ……」


 ナチュラルにソファに座ってポテチを食べながらリモコン片手にテレビを楽しむ憎たらしい後輩の姿がそこにある。


「ふふーん。一人暮らしで大変な先輩のためにひと肌脱ごうっていう、可愛い後輩のってちょっと! なんでテレビ消すんですか―!」

「帰りなさい」

「いーじゃないですかっ! 一人暮らし同士暇じゃないですか!」

「俺はお前と違って家事があるんだよ」

「私だってあります!」

「お前食事は作ってもらったの送られてきてるじゃねえか!」

「先輩……いつの間に私のこと調べてくれてたんですか?」


 だめだこいつ。

 埒があかない。


「はぁ……もう飯の準備するから適当に帰れよ」

「はーい」


 放置して自分のことをしよう。そうやってなし崩し的に今の状況があるわけだが、もうどうしようもない。

 やり直せるなら最初からやり直すべきだった。




 ◇◆◇




 その日は大雨だった。

 たまに光る雷以外は光が少なく薄暗い夜道。公園に人影を見つけたときはホラーかと思った。

 ただよく見ると見たことのある顔だったから、気になってしまった。いや正確にその時の俺が何を考えていたかはもう、覚えていない。

 もしかしたら話題の転入生、しかも現役美少女モデルという肩書にちょっとくらいは興味があって話しかけたかも知れない。もしそうならその時の自分を呪うしかないが、多分あれを見て放っておくのは、男としてか人としてか、ちょっとだめだと思ったんだと思う。


「何してんだ……? あんた」

「誰ですか? ほっといてください」


 出会いは最悪と言えた。

 土砂降りの雨の中、傘もささずに泣き濡れる少女とぶっきらぼうな俺。


「風邪ひくぞ」

「良いんです。べつに」

「良いわけ無いだろ。ほれ、拭けるだけ拭け」


 雨の予報を見てかばんに入れていた未使用のタオルを差し出す。もちろん傘にもいれて雨が当たらないようにした。


「ほっといてくださいって、言ってるのに……」


 そうは言うものの、素直にタオルは受け取って顔をうずめた。


「なんでこんなとこにいるのかわからんが早く帰れよ。今日は危ないぞ」

「何も聞かないんですね?」

「聞いてほしいのか?」

「そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません」

「なんだそれ……」


 顔を上げた少女は雨と涙でぐしゃぐしゃになってなお、きれいだなと口をついて出てしまうくらい整っていた。


「私を口説くならもう少し気の利いたこと言ってください」

「いや……口説くつもりはないんだけどな……」

「口説いてくださいよ。こんなチャンスもうありませんよ?」

「チャンスってなんだ……」


 現役モデルがどれだけすごいかわからない俺には多分、その価値は理解できないんだろう。


「ふふ……。その制服、先輩ですか?」

「なんだ? 元気になったのか?」

「質問に答えて下さい」


 ぐいっとこちらに顔を近づけて覗き込んでくる。

 普段なら緊張してしまったかもしれないが、その時の俺は目の前の少女の顔が明るくなったのか、無理して喋っているのかを見極めるのに忙しかった。


「そうだな。そっちは噂の転入生だな?」

「そうですよ! 人気美少女モデル! カノンちゃんですよ!」


 ぱっと笑った表情は、たしかに人気が伺えるくらいには可愛かった。


「そうか」

「そうか、って! もうちょっとなにか反応してくださいよ! ばかみたいじゃないですか!」

「安心しろ、ちゃんと馬鹿みたいだったぞ」

「ほんと信じられない先輩ですね!」


 台詞の割には表情は柔らかかった。随分いい顔になった。


「あーあ。なんかもう、馬鹿らしくなってきました」

「そりゃ良かった」

「実は私、悩んでたんですよ」


 どうもこちらと会話のキャッチボールをすることは諦めたらしい。相槌を打ちながら聞いてやろう。


「ふーん」

「私の話にそんな興味なさそうな返事する人はじめてです……」


 そう言いながらもなぜかニコニコして楽しそうに話を続ける。


「前の学校でも、調子乗ってるとか、色々言われちゃって……」

「まぁ確かに自分で美少女とか言っちゃうしな」

「もうっ! 腰を折るくらいならふーんでいいんで大人しく聞いててください!」

「ほっといてほしいんじゃないかったのか?」

「調子が狂う先輩ですね! もう良いんです! 吹っ切れました!」

「そりゃ良かった」


 さっきまでの表情より、笑ってたほうが何倍もいい。まだぎこちないけどな。


「あーあ。なんか馬鹿らしくなってきました! 人の言葉気にして、転校までして、バカみたいです!」

「そうかもしれないな」

「そこは嘘でも慰めるところですっ! 先輩はホントだめですね!」

「そりゃ悪かったな」

「ふふ……。ほんと、私にそんな興味なさそうな人、今日はじめてです! よ!」


 そう言ってベンチから立ち上がって両手を広げ始める。いつの間にか雨は上がっていた。


「さてと、私はもう帰ります。タオルは洗って――え?」

「まぁなんだ……」


 タオルを奪い取りながら話を続ける。


「自分で言うくらいには可愛いと思うぞ」

「ぷっ……。なんですか? それで口説いてるつもりですか?」

「口説いてるつもりはない」


 ただなんとなく、無理して笑うのが見ていられなくなっただけだ。


「ふふ。そう簡単に現役モデルの使用済みタオルはわたしません!」

「あ」


 持っていったタオルを奪い取られる。


「しっかり洗って返しますから! 残念でしたね?」

「いや別に……」

「強がっちゃってー」

「お前、立ち直ると鬱陶しいんだな?」

「先輩はずばずば口に出すのをなんとかしてください! 一応私傷心してたんですよ!」


 それはそうなんだが、こいつを見ていると不思議とそういう気持ちが沸き起こらなかった。不思議だ。


「タオルは捨ててくれていいから。また機会があれば」

「えっ?! しっかり返しますよ! それになんですかその機会があればって!」

「いや、現役モデル様と接点があるとか、面倒じゃん?」

「ステータスじゃないですか! はじめて言われましたよ! 面と向かって面倒とか!」

「まぁそう思う人間は声かけないだろうからな……」


 俺もこの状況じゃなければ絶対に近づこうとは思わなかったはずだ。遠巻きにみるだけだった。


「ぐぬぬ……私を前にその余裕……その態度……」

「なんだ?」

「わかりました。いいでしょう。受けて立ちましょう」

「え……急になんだ……?」


 突然腰に手を当ててこちらにずいっと近づいてきて思わず身じろいだ。


「先輩に私のこと、好きで好きで仕方ないって言わせてみせます!」

「すきですきでしかたない」

「ちょっと! 心を込めて! 後不意打ちはずるいと思います! もう一回!」

「いや言ったからもうこのゲーム終わりでいいだろ?」


 勘弁してくれ。平穏な学校生活が送れなくなるだろう。


「だめに決まってるじゃないですか! いいでしょう。そっちがその気なら私にも考えがありますからね!」

「嫌な予感しかしない」

「ふふん。先輩は後悔しますよ! 弱ってたときに手を出しておけばよかったと!」

「なんでだよ……」

「本当に好きで好きで仕方ないってなったときにはもう、なかなか落とせないんですからねっ!」


 ぱたぱたと動きながらしゃべる姿にモデルらしさは殆どない。

 だがその姿はそれはそれで、歳相応の可愛らしい女の子として、男が女を意識するには十分すぎる魅力があった。


「先輩を私に惚れさせてみせますから!」


 満面の笑みでそう宣言する彼女は、本当に色々吹っ切れた様子だった。



 ◇◆◇



「せんぱーい。どうですー? 私のこと、少しは好きになりました―?」

「ほんとお前、どこにでも沸いて出るな」

「ひどい! なんでそんな人を鬱陶しい虫みたいな言い方するんですか!」

「あれは叩き潰せるからまだまし」

「ほんとにひどい……!」


 そうは言いつつカラカラ楽しそうに笑う少女に落とされる日は、実は時間の問題かも知れない。

 だからこうやって必死にあしらっている自分がいることも少しずつ自覚していた。


「なんですかー? じっとこっちを見てー! 惚れちゃいました? ついに惚れちゃいましたかっ!?」

「あー……そうかもしれないな」

「へっ?!」


 顔から音が出るかというほど一気に顔を赤くさせて間抜けに惚ける美少女モデル。


「はわ……えっと……そういうのずるいです! 不意打ちです! だめです! もう一回やってください!」

「ほれ、早く帰るぞ」

「ちょっと! 今は無視するタイミングじゃないじゃないですかー! 2人は幸せなキスをして終了っていう――」

「はいはい行くぞ」


 ポンポンと頭を撫でると騒がしかった後輩もしおらしくおとなしくなった。


「うー……先輩、最近それで何でもごまかせると思ってますね……?」

「そんなことないぞ?」


 嘘だ。なんかしらんがこれでおとなしくなるのを知ってからは事あるごとに使っている。


「もうっ! 間違っても他の女の子にしちゃだめですからねっ!」

「はいはい」

「ちょっと! ほんとにちゃんと話を――」


 騒がしい後輩を引き連れて帰るいつもの道は、それまでの景色より少し、華やいで見えた気がした。

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