夏の終わりに
弍ヶ下 鮎
夏休みの宿題
夏休みの最終日に宿題を溜めてしまう。誰にでもある日常。初日はもちろん「最初の1週間で全部終わらせて遊ぶ!」などと息巻いていた。数学の問題集を開いて、30分虚空を見つめる。気がついたら友達からLINEが来ている。とりあえず外に出て、友達に会い、コンビニで買ったアイスを買って食べる。暗くなってきたら夏休みの最初の思い出作りに花火をする。そんな毎日をたった40日の短い休暇の間ずっと過ごす。やることは毎日そんなに変わらない。時には夕方まで寝る。高校生にもなると遊ぶのにもお金が必要になる。2週間ほどでお金が無くなり、遊びに行けないからと少し宿題を終わらせる。ここで安心できる。少しは終わってる。席が隣のユウキは1ページも解いていないと言っていたし、僕の方が進んでるんだ。次の日には同じようにお金が無くなったユウキから短いバイトの誘いが来た。三日間、隣駅にある海の家でご飯を運んで1日6000円。3日で18000円の高バイトだ。これでまた遊べるからとバイトを受けた。
朝の8時には集合した。お客さんからの注文を紙に書いてカウンターの店長に渡す。注文が出来たらそれを運ぶだけ。簡単なバイトだった。海で遊ぶキラキラした少し上の大人達を羨ましく友達と眺める。海の家には綺麗なお姉さん達が水着でやってくる。僕らは色めきたって注文をとる。ノリのいいお姉さんたちは「バイトえらいね!」と気さくに話しかけてくれ、たった一言交わしただけの会話で僕らは有頂天だ。
初日のバイトが終わって、店長がくれたサービスのラムネを飲みながら夕方の少し人の減った海を眺めていたら、急に話しかけられた。
「今日はお疲れ様!ありがとうね」
後ろを振り向くと厨房に立っていた僕らと同じか少し上の女の子がいた。聞けば店長の娘さん、年はひとつ上、学校は少し離れたところの女子高。名前はカリンちゃん。
「遊びすぎてお金なくなっちゃったからお父さんの手伝いしてたんだ」
と気さくに笑う。俺らもだよな、とユウキに声掛けながら話を合わせる。うんと頷くだけのユウキの肩を軽く叩く。僕らは男子校で、ユウキは女の子と話すのが苦手だ。でもLINEは饒舌。だから僕はLINEの交換を提案した。
「もちろん!明日も来るでしょ?」
カリンちゃん今日はスマホを車に置いてきてしまったらしい。また明日ね、と声をかけて今日は別れる。カリンちゃんが見えなくなってから、あいかわらずだなとユウキを馬鹿にする。
「やめろよ。俺も悩んでんだよ。」
とユウキは少し拗ねたように言う。悪い悪いと背中をポンポンと叩いて、カリンちゃんのことを思う。感じのいい子だった、ああいう子と付き合いたい。僕ら2人はまだ彼女がいたことは無いし、女友達もそれほどいない。県内の女子高の女の子と繋がりができるのは嬉しいことだし、友達にも自慢出来る。次の日も早いからとそさくさと家に帰り、寝た。
次の日は日曜日だったこともあってお店はとても混んだ。バイトの数は増えていて、知らない高校生がたくさんいた。バイトの合間に話せばみんな同い年で、1日限定で働いているらしい。カリンちゃんは今日も厨房でせっせと焼きそばを作る。こっちに気がついて、ニコッと笑う顔が可愛い。ユウキは目が合うだけで照れてしまう。ちょっと下を向いて手を振るのが精一杯。途中カリンちゃんの友達が遊びに来て、カリンちゃんが友達に会いに出てくる。女子高の女の子たちはみんな地味だけど可愛い。カリンちゃんがこっちに向かって手招きをするから行くと
「一緒にバイトしてる人達!一個下で〇〇高校なんだって!」
と紹介される。僕は名前を名乗って、よろしくと挨拶。ユウキは名前だけ言ってまた少し下を向く。女の子たちはカリンちゃんと同じような気さくな子で、少し照れてるユウキを見て悪そうに笑っている。
「ユウキくんは彼女居ないの?」
「LINE交換しよ!」
「海の家のバイトとかチャラくない?」
などと声をかけられあたふたしているユウキを尻目に、注文取ってくるわとそこを抜け出す。ユウキは呆気に取られた顔で僕を見るが女の子たちはユウキを離さない。ユウキの顔はカッコイイし、反応はウブで面白いんだろう。少ししてまたお客さんのピークが来て、店長がカリンちゃんとユウキを呼びに来る。ユウキはもうすっかり仲良くなっていて、少し名残り惜しそうに仕事に戻る。女の子たちはカリンちゃんのバイトが終わるまで待ってるから、終わったら遊ぼうと話したとユウキは得意げに語る。誰のおかげでずっと一緒に話せたと思ってるのだと僕は思うけど、ユウキが楽しそうだからつられて笑う。でもお前も来いよ、来ないとキツいよ、と言うから待ってましたとばかりに頷く。仕事にも精が出る。たまに女の子たちに声をかけに行く。日が傾いて、店長から声をかけられて仕事を上がる。他のバイトの子がお金を貰った後で、2日目も来てくれたし、混んだからと追加報酬を貰った。店長は気前がいい。ついでに焼きそばと飲み物も貰って、女の子たちの席に行くとカリンちゃんはもう座っていた。
「おつかれー、これから海で遊ぶけどいく?」
断る理由はないから、もちろんと頷いてみんなで浜に行く。たしか着替えは持ってきてるし、と着の身着のまま海に飛び込む。女の子たちはそれを見て高い声で笑っている。女の子たちに向かって水をかけると黄色い声を上げて逃げていく。スカートを託し上げて、水辺にたってこっちに向かって水をかけてくる。カリンちゃんは笑って僕のことを海に突き飛ばす。クタクタになるまで遊んでから、お店に戻る。体から砂を落として服を着替えてる間に女の子たちの化粧直しも終わったみたいだ。高校生でもノーメイクはダメらしい。海は化粧落ちるんだよねーと愚痴っぽく言う。カリンちゃんは濡れた髪を拭きながら、ゴワゴワになっちゃったとぼやく。髪がボサついて、少し浮いているから顔の輪郭がはっきり出る。カリンちゃんの顔は小さくて、顎のラインが綺麗だ。なんだかさっきからカリンちゃんばかり見ている。少し遅れて戻ってきたユウキは少し疲れた顔で、なんか飲み物買ってくるけどいる?とみんなに聞く。俺も付き合うわと立ち上がると、カリンちゃんが私も、とついてきてくれた。女の子たちの要望を覚えてコンビニまで歩く。浜から出て道路を歩いている時、カリンちゃんは縁石を平均台がわりにゆっくり歩く。ユウキが危ないよ、と声をかけると
「ユウキくんは優しいねぇ。できる男だ。」
と褒めて微笑む。ユウキはまた照れている。僕はなんだか置いていかれたようでちょっと悔しい。コンビニで用を済ませて、戻りながらアイスを食べる。カリンちゃんはソフトクリームを食べながら、ガリガリ君は知覚過敏だから嫌いだと話している。口の端に着いたソフトクリームを舐めとる仕草が少し大人っぽくて、緊張してしまう。戻って女の子たちに飲み物を渡すと、店長が裏から出てきて
「もう帰るから、帰る前に椅子片付けておいてな。あとこれあげるよ」
と花火をくれた。みんなで海岸に出て、花火を開ける。手持ち花火で遊んだ後に、他の花火をやったことの無い女の子たちにロケット花火のやり方を教えてあげる。ついでにもちろんユウキを狙う。逃げ惑うユウキを見てみんな楽しそうに笑っている。一通り遊んで、ゴミを片付けている時に、女の子たちのうちの一人から声をかけられた。
「ね、ユウキくんてさ好きな子いるのかな」
またユウキの話かと思ったけれど、ユウキには女友達も少ないから多分居ないんじゃないかなと答えると嬉しそうだ。ミコトちゃんと言うのだが、ユウキのことが大層気に入ったらしく色々と聞いてくる。それならとユウキ呼んで話を振ってみるけど、ユウキは興味なさ気にボソボソ話す。僕はこれがユウキの内気から来るものだとわかっているけれど、これが意外にも女子からうける。同年代の男子と比べてクールで知的に見えるようだ。僕は少し妬いたけれど、こういうところも女子からみたら子どもっぽいのかもしれない。すっかり日も落ちて、女の子の中には門限がある子も居たから今日はお開きになった。ユウキとミコトちゃんはちゃっかりLINEまで交換していた。僕はまたカリンちゃんのLINEを聞けなかった。
夏の終わりに 弍ヶ下 鮎 @alchemist1239
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