第2話 刺客

 暗い空間、浮いているような感覚。


 「スティラ様!目を覚ましてください」


 透き通る美しい声。私がよく知っている声。

 でも、今は少し違う。記憶の中では、もっと穏やかで、包み込むような声。それでいて、安心させてくれるような声音なのだ。


 「スティラ様!」


 私を呼びかける声は今までに聞いたことのない、必死の叫び。

 そんなに大きな声を出さなくてもすぐに起きるわ。


 目を開くと、明るいシャンデリアの光が目に差し込む。

 身体にかかる重心と、背中に感じる柔らかな感覚でベッドに寝た状態になっていると悟る。


 「レイコフ、今はどういう状……」


 確か、私はクレイヒア姉様に刺されて、激痛のあまり意識を失ったのだった。

 しかし、今私はどうしてか柔らかいベッドに寝せられている。

 ならば、この状況を問うのは当然なのでは?と思ったのだが……、私が全てを言い終える前にレイコフは私を抱きしめた。


 「スティラ様……!私は……私という身がありながらお守りできなくて申し訳ございませんでした……!」


 私を抱きしめているこの男性はアッシュ・レイリアコフ。私の幼少期より使用人として仕えている者だ。

 肩程までの長さに綺麗にカットされた髪の毛はふわりとなびき、美しき水を連想させる。

 顔立ちは整っており……、いやそれ以上。

 誰が見ても美しいと称す自信がある。


 「レイコフ、あなたに非はないわ。私が自分の意志で行ったんだもの」


 「しかし……、それでも私はお守りできなかった……。お守りすべきなのです」


 必死で訴えかける、いや吐き出されるその声には謝罪の念が込められている。

 嗚咽と、私の肩に滴る暖かな温もりが更にそれを物語る。


 「あなたにたくさんの迷惑をかけてしまったわね……。ごめんなさい」


 「スティラ様が謝ることはありません。スティラ様に非はないのです」


 レイコフは依然として抱きしめたまま告げた。

 レイコフが私に仕えて4年が経つ。

 4年前。ルルティア王家により治められていたこの世は、グリアーラ家により治められ始めた。当時の国王であった父上と、老長であったおじさまの指揮の元、ルルティア国家は滅亡したのだ。

 かつて小国の王であったグリアーラ家は、土地と民を吸収し大きな国へと発展した。そして、昔から変わらず王家に次ぐ規模の土地と民をもつテトラルーク家と友好関係を結ぶこととなる。レイコフはこの友好の証に使用人として献上されたのだ。

 

 「私のような役立たずはスティラ様のお傍に居られません……」


 「あなたが私を選んでくれて4年が経つわね」


 4年前、王室にて。グリアーラ一族とテトラルーク一族は交友関係を深める式典を行った。

 式典の主となるのは、もちろんテトラルーク家第2王位継承者、アッシュ・レイリアコフの贈呈だ。

 テトラルーク一族は他の国とは異なり、王位第2継承者以降の血筋を贈る文化を持つ。贈られる者は自身で生涯をかけて付き従う主人を定める。


 当時のグリアーラ家は3人の子供に恵まれていた。

 現国王にして、グリアーラ家の最初の子、グリアーラ・エイリオルト。当時は13歳であったものの、経済学、魔法学といった座学を始め、武芸、馬芸といった技能に至るまで満点の成績を修めていた。漆黒に染まる、長髪の髪の毛は一層美しさを引き立てる、まさに才色兼備なものであった。

 そして、第2王妃であるグリアーラ・クレイヒア。グリアーラ・エイリオルトとはまさに正反対な人格を持つ。座学、技能において優良な成績を修めることもできず、王権を乱用させて合格判定に上書きしたクズ。しかし、炎魔法の使役は国内随一の腕であり、グリアーラ・エイリオルトをも超える腕の持ち主。しかし、ツインテールに結わえられた茶髪がさらに幼さを醸し出し、その姿は11歳というには早すぎる。

 最後にグリアーラ家の末女、グリアーラ・スティラ。グリアーラ・エイリオルト、クレイヒアとは異なり美しき金色の髪色の持ち主。座学、技能を始め何を行っても平凡な結果しか修めることのできない残念な子。当時8歳という、若い身でありながら一族に見限られた可哀想な女の子。

 と、いうのが皆様の見解ですわね。


 この子息の中でレイコフが付き従う主人を選んだのは、グリアーラ・スティラである。

 あの時、クレイヒア姉様は猛反対をしたわ。なぜ、私という身がありながら、平凡な忌み子に主人を定めるのかって。

 まぁ、美しい容姿と実力を兼ね備えた、またといない逸材を手にしたかったという気持ちは分からなくもありませんが。

 ともかく、レイコフは私を主人として選んだわ。そして、私の前にひざまずき、私を命に代えてでも守ると儀式をした後、手の甲に口づけをした。


 だから、レイコフにとって私を守ることができなかったというのは恥ずべき痴態。いわば、どんな罰でも受ける覚悟と申しているのである。

 しかし、私は先程にも言ったけれど、自身でクレイヒア姉様についていった身。レイコフに非を求めてなどいないのです。


 「4年前の発言はこのようなものなのですか?」


 「……しかし……失態を犯した身……どのような処罰でも受ける覚悟です」


 「では、処罰を受けている間は誰が私の身を護るのでしょう」


 レイコフは依然として抱きしめたまま、静かに口を開く。


 「もう一度、もう一度私に好機を頂けないでしょうか……次回は……、いいえこの先、スティラ様のお命は私が必ずお護り致します」


 もぅ、頑固なんだから。

 軽い溜息と共に私は口を開く。

 

 「レイコフ、これからもよろしく頼んだわよ」


 「はい、確かに承りました!」


 「それと、いつまで抱きしめているのかしら。少し痛いわ。」


 冗談めかして言ったつもりなのだけれど、レイコフは瞬時に腕を離し、再度私に謝罪をする。

 謝罪なんてしなくていいのに……不器用な男ね。

 微笑ましく感じてならない。

 





 


 王室にひけをとらない程、神々しく装飾された一室、会議室にて。

 大理石を削って作られた白色の大きなテーブルには、羊皮紙に描かれた特大の地図が敷かれている。

 地図には、グリアーラ城を始め、テトラルーク城といった周辺国が描かれている。そして、村や山、森といった地形に至るまで事細かく描かれている。

 その地図の一端、グリアーラ城から550 km離れた地点に赤いバツ印が上書きされいる。その地は小さな辺境の村に隣接する広大な森の一角だった。地図には、羊皮紙の大きさ故、森の一角までしか描かれていない。


 「エイリオルト国王陛下!魔族は全てこの方角より進行しています。」

 

 大理石の周囲は、エイリオルト国王陛下を始め、元国王であり現老長のレイヴェルテン、教皇、上級貴族、商会グループ長といった権力者で満たされている。

 この内の一人、甲冑に身を包む、騎士長が上書きされたバツ印を指さしながら語る。


 「この方角には村と町が数多く存在しています。この方角より進行しているのであれば、せめて調査隊を派遣するのが道理。ならば、なぜ派遣しないのか。」


 甲冑に身を包む容姿とは相い反し、そう訴えかける声は好き通る女性の声。


 「何を申す、騎士長。確かに、魔族はこの方角より進行して来ている。しかし、それはどれも単騎。集団として進行してきているわけではない。ただでさえ消耗している兵力を裂けるわけなかろう。」


 微笑気味に反するのは上級貴族の一人。


 「単騎だろうと、集団だろうと敵にかわりはないでしょう!4年前、魔族は突如として発生し始めた。おかしな話ではないですか!」


 「論点がずれておるわい、騎士長よ。兵力が限られておるのであれば、無駄な兵力を派遣できるわけなかろう。」


 「何もずれておりません!たった数日前には辺境の村が1つ壊滅したのですよ!守るべき民を守らずして、何が兵力だ!」


 長らく口を閉ざしていたエイリオルト国王陛下が口を開く。


 「騎士長、セレスよ。4年前、魔族は突如として発生しはじめ、これはおかしなものだと申したな。」


 すごみのある声は戦慄を走らせ、空気の温度を低下させる。

 一瞬にして言葉の意味を悟った騎士長は、エイリオルト国王陛下に弁明をする。


 「いいえ!グリアーラ王家により治められた為、魔族が発生したとは申しておりませぬ。」


 「では、どういう意図の発言なのか答えよ」


 騎士長の鎧は小刻みに震え、空気はより一層凍り付く。


 「申し訳ありません。エイリオルト国王陛下。」


 絞り出されるようにして発せられた声は震えている。

 その様子を堪能した、さきほどの上級貴族は満足そうな表情を浮かべる。


 「しかし、騎士長の言い分も最もだ。突如として発生した魔族がグリアーラ王家に関与していると考えた方が自然なのだからな」


 皆、口をつぐみ会議室には沈黙が流れる。

 1秒が永遠の長さに感じられる。どのくらいの時間が経ったのかもわからない。

 しかし、突如として発言した者により、その沈黙は破られる。


 「では、このようなものはいかがでしょう。後、数日もすれば、拷問は終わります。その拷問の末、再度会議を行うというのは。」


 高い音程の、独特な声。恐らく男性であろう声の持ち主に、皆の視線が集まる。

 白衣とはいえないほど黄ばんだ染みの服を纏う、細身の男性。髪の毛は乱雑に伸び、いかにも汚らしい男である。


 「陛下が仰られたように、4年前、ルルティア王家が壊滅して以来、魔族が発生し始めました。であらば、ルルティア一族が魔族に関与していた可能性は高い。私達は、ルルティア一族の生き残り、数名を数多の拷問にかけていますが、未だに吐くことはありません。しかし、あと数日もすれば人格破綻と同時に強制的に吐かせられるのです」


 別の上級貴族が口を開く。


 「なぜ、今まで数多の拷問にかけていたのに、人格破綻と同時に口を開くと断定できるのか」


 その問いに、黒装束で身を纏う者が答える。


 「我らが、強制詠唱術の開発に成功した結果故であります」


 発言と共に、会議室は雑音で満たされる。

 本来、魔法学というものは限りなく未知の分野である。

 それは、魔法を使役できる者が少ないからであり、また高度な分野であるからだ。技術面にしろ、使役者にしろ明らかに元となる情報が不足しているのである。

 本来、学問の開発というのは基礎というものを固め、次に応用させていくものだ。それが、この男は、基礎というものを構築しないまま、開発を行ったというのだ。

 神業ともいえる所業に皆がざわめくのも当然の事態である。


 「では、ここ数日は報告を待つことにしよう」


 エイリオルト国王陛下と、レイヴェルテン老長が席を外すと共に、各権力者も散会した。




 


 


 「スティラ様、どうか私にスティラ様が受けた仕打ちについてお聞かせもらえませんか?」


 まっすぐに私を見据える青き瞳。

 

 「レイコフ?まだ、あなたは行動すべきではないのです。」


 自分で言うのもおかしな話ですが、私は他の王家や貴族の方と比べると多少訳が違います。

 日々、蔑まれ、迫害を受けている身だからこそ他人の気持ちがよく分かるのです。

 当然、本当であればレイコフとも同じ身分のように話したいのです。しかし、レイコフは受け入れてくれません。

 

 「レイコフ、私……」


 城内にしては狭く設計されたこの一室には廊下と隔てる、一枚の片開きの扉が存在する。

 この扉が音もなく、僅かに開く。


 「姫君がおられる部屋に無断で立ち入ろうとする無礼者め」


 レイコフが腰に帯刀する剣に手をかける。


 「レイコフ、落ち着きなさい」


 僅かに開いた扉から突如として何かが飛び出した。

 と、瞬きをした次の瞬間には私の目の前でレイコフの剣が何者かの剣を防いでいた。

 剣を向けるその者は黒い布を纏い、表情は見えない。

 部屋に入って一瞬、見事なまでに洗練された腕は刺客だということを悟る。


 「貴様、何者だ!」


 刺客はレイコフの問いに答えずして、跳躍の後距離をとる。

 そして、一歩踏み出すと同時に私に瞬時に詰め寄り、再度首を撥ねようとする。

 しかし、またしてもその剣はレイコフに防がれる。


 再度間合いを取る刺客。

 レイコフは低姿勢のまま受け身の体制をとる。そして、ぼそぼそと詠唱を唱える。


 刺客は剣をもっていない、空いた片方の手で小さな何かを投げる。

 勢いよく飛んでくるものはあまりの速さに視認するのも精いっぱいで。しかし、レイコフはその攻撃をも剣で弾いて防ぐ。


 レイコフの詠唱は聞きなれたもの。日々のお稽古で聞いているもの。

 言葉でない、しかし、何か規則性のある音声を発した後、レイコフは刺客に向けて瞬時に距離を詰めていた。空を割る大きな爆音とともに、レイコフは刺客へ切り込む。


 そしてほぼ同時に、レイコフからは血しぶきが上がる。

 いや、レイコフからではなく、レイコフが切り刻んだ刺客から溢れ出た血しぶきがあがる。


 レイコフは剣についた血を一薙ぎで振り落とし、剣を鞘へとおさめた。

 あぁ、レイコフが使用人として仕えてくれてよかった。


 「レイコフ、ありがとう」


 「いえ、スティラ様をお守りするのが私の役目。当然のことです」


 「刺客が向けられるなんて、私も偉くなったものだわ。私を狙った身、一糸報復して差し上げないとね。とりあえず、一度自室に戻りましょうか」


 レイコフは鈴で使用人を呼びつけ、赤く染まるこの部屋の処理を一任した。

 姫様は必ずお護りする。主の命を狙う者、ただでは済まさない。


 スティラとレイコフは赤く彩られた部屋を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

狂った世界でも救ってみせますわ @Furimu_1125

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ