狂った世界でも救ってみせますわ

@Furimu_1125

第1話 王家の闇

 春の心地よい気候とは裏腹に、私の心は不愉快で満たされています。

 普段よりも豪華に着飾られ、空間狭しと大勢の来客の方で満たされている一室、王室にて。グリアーラ家の最初の子にして、17歳の現国王に我先にと貴族や商人、他国の領主などのお偉い方々が挨拶に来ています。


 「グリアーラ・エイリオルト国王陛下。この度は王位継承権の獲得おめでとうございます。わたくしは、カイアンルーツ海峡を取り仕切るガイアハクデン・ウィスタスという者です。どうかお見知りおき願います」


 「グリアーラ・エイリオルト国王陛下、ギルドアス領を治めるギルドアス・ククルティと申します。先代の国王陛下には多岐にわたる恩恵を受け大変感服する次第であります。これからもギルドアス家をごひいきに宜しくお願い致します」


 率直に自分があげた恩恵を踏みにじりませんよね?みたいに言えばめんどくさくないし、ここまで固くならないのに……。でも皆さんは知っているのです。そんな率直に言えば必ず経済的に、地位的に叩かれてしまうことを。そして国王陛下もまたこの儀式は形式儀礼、顔売りや恩恵の再確認をしているとご存じなのでしょう。ご存じな上で行っているのです。

 とても非生産的。でも皆はこの素直な意見に耳を傾けようともしてくれません。

 父上は歴史的に崩してはいけない風習とでもいってまた私を貶めるのですか?姉上はそんな馬鹿なことは考えるんじゃないといって私を貶めるのですか?皆難癖付けて私を貶めるのです。

 くそな形式儀礼をくそといって何が悪いのでしょう。くそな形式儀礼にどうしてわたくしが同席しなければならないのでしょう。

 こうして自問自答していた私に、またぽつりとお偉い方が挨拶をしに来る。


 「グリアーラ・スティラ姫。この度はおめでたい日ですな。今後のグリアーラ・スティラ姫のご活躍をお祈りしてますぞ」

 

 「グレイドーラ伯爵、祝福の言葉誠に嬉しく存じます。今後に致しましてはわたくしにできる限りの手を尽くさせて戴き、国の発展や国民の安定性などを向上させたいと考えておりますわ」


 こんな外面的なやりとりをする為に私は同席させられています。国王陛下に比べれば私が行う挨拶は形式儀礼と比較して少ない方です。しかし、私には相手がどのような気持ちで挨拶をしに来ているのかなんとなく分かるのです。私への挨拶を熱心に行う方は未だ現れていません。ついでに行っておくかとお考えの方々が仕方なく挨拶に来られるのです。そんなことなら、挨拶されない方がまだ気持ちよくいられますわ。

 

 「あら、スティ。あなた挨拶ができたのね。わたくし、てっきり学力を修めていないあなたは礼儀正しい挨拶ができないものだと思っていたわ。まぁ、満点な評価ではなくギリギリの及第点というところだけどね。頑張りなさい?グリアーラ家の忌み子様?」


 私に嫌味をぶつけてきたのはグリアーラ・クレイヒア。私の3歳年上の姉上です。

 茶色に染まる髪は頭の両サイドで結わえられ、根元に見える赤い綺麗な花の装飾が特徴的である。

 私より少しばかり背が高く性格はくそ。経済を回す力を持つが私より低能であり、商談相手との商談も王権を乱用しないと満足にはこなせないどうしようもないお姉様。

 でも、私はこんなどうしようもないお姉様でもたてはつきません。いいえ、たてつけないのです。今日を除いて、ね。 


 「わたくしもまがいなりにグリアーラ家の身。礼儀の作法くらいわきまえておりますわ」


 普段であれば絶対に返さない強気な発言をした私に、クレイヒア姉様はたいそうお怒りのよう。だって、今日は式典ということでたくさんの方々が居らしてますもの。こんな日に悪態をつこうと、クレイヒア姉様は私に手が出せません。もし手を出せば…、お分かりですよね?そういう目をあえて作って姉様を見つめる。


 「チッ。ドレスに着飾れたからって生意気な口を叩きやがって……」


 今日の私は普段より断然良い身なりをしています。普段の私は埃なのか染められたのか分からないほど汚れた灰色の布切れを纏い生活しています。もちろん靴は履かせてもらえず、お風呂だって毎日入れません。王家だからといって裕福な生活ができるわけではありません。王家といえど私は忌み嫌われた身だから……。

 でも今日は式典ということでお偉い方々がいらっしゃる日。私が出席しないと皆さん怪しまれるし、私が奴隷の様な身なりだとそれもまた怪しまれてしまう。と、いうことで仕方なく着飾ってもらえているのです。もちろんお風呂にも入れてもらえましたし、普段は汚れ輝くことのない髪の毛は、綺麗な金色に染まっています。ちなみに、今日の為に伸びっぱなしで荒れていた髪の毛もミディアムにカットしてもらえましたわ。

 裏に意図があるとはいえ、おめかしできるのに悪い気はしないわ。


 悪態はついていたけど、私の予想通りクレイヒア姉様は何もせず去っていきました。怒りが滲み出ている表情のまま(笑)。次はなんという噂がたつのでしょう。

 今日いらしてくださったお偉い方々、使用人達は見ていないようで見ています。クレイヒア姉様の権力の矛先になりたくないから皆さん抑えてらっしゃいますけど、王権剥奪とでもなった暁にはどんな仕打ちが来るのでしょうね。


 王室の出入り口には最後尾の見えない長蛇の列ができており、この式典はまだ終わりそうにありません。長蛇の列に沿って玉座まで赤色のカーペットが敷かれ、もちろん玉座にはエイリオルト国王陛下が座ってらっしゃる。私はその長蛇の列から少し離れた部屋の隅にいます。ちなみに父であり、元国王のグリアーラ・レイヴェルテンはエイリオルト国王陛下のすぐ傍にて立っており、来客の方々に挨拶をしています。母であるグリアーラ・シアフィル王妃はこの部屋にいません。風習で入れないだとか。


 この儀式には不満たっぷりなものの、面倒くさい仕事を最小限に抑えられる私のポジションは大好きです。

 少しだけ上機嫌でいる私にまた一人、挨拶をされに来るお方が。面倒くさいので適当に、しかし悟られないようにあくまで礼儀が伝わるように、そんな挨拶をしておいた。

 終わらない長蛇の列を眺めて暇を潰す。かっこいい人を探してみたり、何をされている方なのか想像したり、どこの国の方なのか想像したり。

 儀式は嫌いでも、来客のお方に非は無いもの。私だって、同じ立場なら同じように回りくどく発言するだろうし、他のお方に合わせて無難に挨拶するでしょう。

 こうして思考している中、私の元にクレイヒア姉様が戻ってきた。


 「スティラ?来なさい」


 短い言葉を発し、袖を引っ張って私を王室から連れ出そうとする。

 あぁ、またなのね。どうせ陰に引っ張って行って私を殴ったりするのでしょう。

 クレイヒア姉様は私に一日たりとも暴力をしない日がない。時には薬に漬けられ、火で炙られる。でもその前か後には必ず暴力を振るわれる。

 

 こうして今日も起こされるだろう惨劇を一人、心で哀しむ。

 もちろん逃げたことはあるし、その日は暴力を間逃れることができる。でも次の日が酷くなる。普段以上の苦痛を強いられ、顔や腕といった表面に見えてしまう部分に傷を作られる。お父様や、お母様はクレイヒア姉さまと同じで、私のことを嫌っているから黙認しているわ。使用人に言おうとしてもお姉様やお父様直属の家来が私を監視しているから防がれてしまうし…。私の直属の家臣、アッシュ・レイリアコフに伝えようとした時も同じだったわ。まぁ、あの表情は薄々気付いていそうな感じだったけど、どうなのやら。

 慣れすぎてすっかり出なくなってしまった涙とは裏腹に恐怖は干からびてくれない。痛いし辛いのはもう嫌……。誰か……、誰か助けてよ……。


 そしていつも通り地下室に引っ張って行かれる。地下室の扉は人目につかない通路にあり、隠し扉になっている。扉を開けるとそこは明かり一つない暗闇。

 クレイヒア姉さまは国内最強の炎系魔法の使い手。人差し指に無詠唱で微かな赤色の灯を出現させる。

 すると見慣れた地下室の光景がぼんやりと広がる。通路は石畳みの階段となっていて、奥が見えない程深く長く繋がっている。天井はクレイヒア姉様の身長よりも少しだけ高く、凄く窮屈。所々生えたコケには足のたくさんある虫や、気持ち悪い虫が寄生している。


 「あなた震えが止まっていないじゃない(笑)そんなに怖いならわたくしにたてつかなければよろしいのに。おバカな子ね(笑)」


 たてつかなくても私を虐めるくせに……。言っても無駄なことを心でつぶやいてると突如お腹に鈍い痛みが。


 「グ、グゥ……、ゲホッゲホッ」


 鳩尾にめり込んだ拳が気道を塞ぎしばし数秒、呼吸ができなくなる。


 「さっきは良くもたてついたわね!」


 クレイヒア姉様の言葉と共に、鳩尾に二度目の拳がめり込む。酸素を運べと肺が悲鳴を上げ、痛みで床にうずくまる私。

 ウ、ウゥ……。 息を吸おうと空気を仰ぐも、酸素が肺に入ってくれない。

 窒息しかけな私にクレイヒア姉様は鳩尾に蹴りを入れる。二度、三度、四度……。


 「ガ、ゲホ。ハ……ハ……オェェェ……」


 痛みに床に嘔吐し、口内では微かな鉄分の味を感じた。


 「汚いわね!」


 クレイヒア姉様は再度私に蹴りを入れたのち、私の髪の毛を引っ張って嘔吐物へ顔を押し込める。時折、うえー、汚い子ねなどと罵声を浴びせるも私にとって痛みが勝りそれどころではなかった。

 半ば放心状態のまま髪を引っ張られる。体が地面をこすり、少しだけ移動させられる。

 と、突如私の顔が流水へ押し込められた。この階段には一カ所だけ壁際に小さな空間が作られており、そこには天井から床に作られた格子にかけて勢いよく水が流れ落ちている。

 満足に呼吸ができていない私は本能的に空気を仰ぎ、水と共に僅かな空気を肺へ送った。

 ゲホッ、ゲホッ……。飲み込まれた水を咳と共に体外へ吐き出す。

 私の顔に付いた吐しゃ物が洗い流されたことを感じてか、クレイヒア姉様は握っていた髪の毛から手を放し、自分の手を洗う。


 この後、私は更に地下の空間に連れていかれるのでしょう。殴るも蹴るも、水へ顔を押し込めるのもいつものこと。この後何をされるのかは頭よりも体が記憶している。

 そして案の定、クレイヒア姉様は私の髪の毛を握り、強引に地下室へ引っ張っていく。


 階段を降り終わると薄暗い地下室は1本道の通路状になっており、左右は鉄格子で仕切られている。鉄格子には黒い物体が収容されており、その物体からは苦痛の声が発せられている。


 「お”ね”が”い”ぃぃぃ、た”す”け”て”ぇぇぇぇ」

 「あぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 薄暗い為、はっきりとは見えないが頭を抱え込んでいたり、隅で丸まったりしているシルエットが分かる。

 恐らく国民なのだと思う。いつか救出してあげたい……。けど、今の状況では私に力が足りないあまり、かえってこれ以上悪化させかねない……だから、いつか……私が力を持てたとき必ず助けるから……。

 

 「スティラ、たてついたとはいえあなただけはあのような醜いものにしていないのを感謝しなさい?」


 クレイヒア姉様は殴ったり薬に漬けたりするが私を壊しはしない。どうせ、国民に怪しまれないようにする為でしょうけど。後は、内部争いを避ける為でしょうね。

 私が殺されるとなれば私に忠実でいてくれる家臣、アッシュが黙っていないもの。


 鉄格子に囲まれた通路を更に引っ張られていくと、古びた木製の扉に繋がる。

 木製の扉はいつも半開きになっていて、今もそうである。

 クレイヒア姉様が開けると同時に空間にはギーと扉を開けた音が反響する。


 中に連れられると、通路よりも明るい空間が広がる。そして、いつも通り私は両手首を鎖で繋がれる。そしていつも通りクレイヒア姉様は反対の壁に設置された作業台に立つ。時折、クヒヒと笑い手にペンチのようなものやなたを持ち、私への拷問を吟味している。


 その間私は部屋を見渡し、観察を行っておく。もちろんクレイヒア姉様に悟られないように。

 助けを請い、嘆きを伝えてもクレイヒア姉様は拷問をやめてくれない。むしろ、それを聞くのもまた一興と思っているくらいだ。

 なら、逃げだすタイミングを図らい、クレイヒア姉様に復讐を行ってやる。私に今までしたことを報わせ、苦痛を浴びせ羞恥と凌辱をもって許してやるわ。どれだけ嘆き、助けを請いても絶対に許しませんわ。


 空間の端には斧やナタ、ナイフといった様々な武器が壁に飾られ、その足元には大きな青銅の牛の像や二本の柱にパールが紐のようにくくられたもの等たくさんの拷問道具が広がる。

 反対には空中からいくつもの鎖がぶら下がれていて、一部の鎖には人や黒い塊が吊るされている。腕だけ吊るされたもの、足だけ吊るされたもの、腕も足も吊るされたもの等、吊られ方も様々。吊られた人のほとんどからは一切の声や動きが感じられない。一部からは弱弱しいうめき声や助けてと請う声が聞こえる。どうしてこうも残酷なことができるのか……守るべき国民をもてあそぶ仕打ちに怒りがわいてくる。

 更に天井は部屋の大きさの割に高く、鎖等の根元が設置されている。天井の隅には蜘蛛の巣が張りめぐっている

 

 いつもとさほど変わらない酷い景色を観察した後、クレイヒア姉様からクヒヒと声が漏れた。私への拷問が決まったんだろう。

 クレイヒア姉様は私に近づきながら、人差し指で唇を引っ張り、甘い吐息を漏らす。顔は赤く紅潮し、左手にもつナタがクレイヒア姉様を興奮させている原因を語る。


 「さぁ、スティラ。今日はこれで遊びましょうか。ウヒヒ」


 地下室に入ってから恐怖で震えていたが、ここへきて一層震えが強くなった。

 これから痛みつけられるであろう苦痛に吐き気を覚える。


 と、クレイヒア姉様は手に持っていたなたを私に見せ、説明し始める。


 「このナタはね、少し特殊なものでね、山ナタに手を加えた代物なの」

 

 ナタにはしのぎが幾重も造られ、一枚一枚のしのぎには数値が彫られている。


 「これはね、拷問ように作られた特別なナタなの。身を削った深さを知ることができるのよ」


 そういって拘束した腕に浅く切り込みを入れる。浅く切られた傷口から血が滴り落ちる。

 浅く切られたとはいえ苦痛は感じるし、毎日拷問されてるからとはいえ痛みになれた訳ではない。

 私が微かな痛みに顔を歪めると、クレイヒア姉様は至福の表情を浮かべる。

 本当におバカな子ね、などと一人で言いながら更に傷口を刃でなぞられる。


 深く切られた傷口からは更に血が溢れ出、腕は赤く染まっていく。


 「わたくしに……わたくしにたてつく人は誰もいないの……スティラ、あなたを除いてね……」


 ナタが私の首に添えられ、その力はどんどん強くなっていく。

 首元には微かに温もりを感じ、血液が滴る感覚も感じた。

 クレイヒア姉様はナタに付着した血液を舌で舐めとり、またぽつりと言葉を漏らす。


 「どうしてあなたは分からないのでしょうね……。わたくしがここまでしてもあなたは学習しない……。わたくしが正しいことをあなたは理解できないのでしょうね……」


 分からないのは、学習しないのはあなたでしょう。父上や母上、権力に甘やかされて育ったから本気でそうお考えになったのでしょうか……。本当に哀れ。

 しかし、思うだけ。口には絶対に出さない……。出してもクレイヒア姉様は理解してくれません。それどころか私が更に痛めつけられます。

 

 「その憐れむ目は何なの?」

 

 そういってクレイヒア姉様は私のお腹にナタを刺した。

 ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア。

 激痛が私を襲い、悟るより先に悲鳴がこぼれ出た。


 ナタは根元まで刺さっており、抜くと同時にたくさんの血液が流れ出た。


 「いい加減学習なさいよ……おバカな子……」


 クレイヒア姉様のその言葉を最後に私の意識は遠のいていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る