落ちてクソッタレ

@hidajouzi

そもそもクソッタレ

 白柳木沙里子はくやぎさりこ、自称メンヘラで私の幼馴染でたまに会ったり会わなかったりするやつ。

 と、今は病院で面会中。

「まあ、うん、えっと、自殺の話なんだけど死に方って色々あるんだよね。飛び降り以外にも首つりとか手首切るとかさ」

「はあ」

「で、で、でよ!? やっぱり死にたいな~ってなった時はどうやって死ぬのがいいのかなって考えるじゃん、普通! 普通は楽に安らかに死にたいって思うの!」

「知らないよ」

 何を興奮しているんだか。思わず立ち上がりそうな勢いの沙里子をちょいちょいとジェスチャーで宥め落ち着かせた。

 にしてもこいつ、何の話してるんだ。周りに人だっているのに。怪我の具合だってかなり重いのにエグそうな話を。どうせここから出ていくし一期一会になるから二度と会わない連中ばかりだから、って思い切っているのだろうか。

「で、安らかに死にたくてなに?」

「どうやったら安らかかな、っていろんな方法を調べるの。飛び降りはね~、たぶん良くないよね。そりゃ落ちて死ぬの一瞬っぽいけど痛みはあるからね。私はよく手首切るけど、あ、これは見せつけるためのリスカだよ」

 言いながら赤い筋がいくつか入った手首を見せつけてくる。グロテスクってほどじゃないけど血が流れるような傷口を見せられていい気はしない。沙里子は嬉しそうだけど。

「死ぬためのリスカとかもあって、そっちは鈍痛が酷いらしいけど手軽なんだって。あ、話がそれたけど楽な死に方はさ、やっぱり凍死かな~って思うの! 眠ってたら死ぬわけじゃん! 場所とか問題だけどね、ここはロシアでも北海道でもないし」

 そんな話病院でするなって言おうかと思ったけど、一人でどんどん喋る沙里子が面白いから適当に頷いて続きを促してみる。

 と、彼女も言いたいことがありすぎて混線を起こしているらしく、あわわと言葉にならない言葉を吐いた。そして深く空気を吸って深呼吸、その一手間で落ち着いたらしく改めてこっちを向いてきた。

「人って、誰しも必ず死にたいって一回くらいは思う、と思うんだ。夏休みが終わって学校が憂鬱で自殺する小学生もいればテストの点とか受験とか仕事とか、人間関係とか、とにかくそれくらい大なり小なりみんな考えるんだ! と思うんだ!」

「はいそれで」

「それを実際にできる人って、私ちょっと憧れるんだ。痛いとか苦しいとかってわかっていると猶更、躊躇するし、一時の気の迷いでもそれができる人って、なんていうかはわからないけど、とにかくすごいって。私のはダメだよ、手首切っても、そりゃ最初はかなり勇気がいたけどさ、今じゃちょっと慣れちゃって切ってもそんなに何も感じなくて」

 そうなんだ、とちょっと意外に思う。沙里子のツイッターは稀にしか見ないけど、たまに夜にめちゃくちゃ呟いて、手首を切った傷口を写真にして投稿していた理した。何度かそんなことがあってもう見ないようにしたけど。

「なんで飛び降り自殺、しようとしたの?」

 沙里子ならそんなこと聞くだろうなぁと思った。両親でさえ何となく予想するだけで直接私に聞くことはなかったのに。

 そんな理由、話すのは恥ずかしいし、私はそんな凄い人でもないから答えたところで彼女の意に沿うかは分からないけれど。

「痴情のもつれってやつ。彼氏に浮気されてて言い争いになって向こうの女と付き合うみたいなこと言われて、カッとなって」

「……私、恋愛とかしたことないから分からないなぁ」

「私だってわからないよ、もう二度としねー。痛かったし」

「そうなんだ」

 興味深そうに彼女は頷いた。先ほどまでの興奮はどこへやら、すっかり冷静に観察する研究者みたいな雰囲気だ。

「飛び降りる時、何か思った?」

「……クソッタレ、かな」

「クソッタレ」

「ああ、クソッタレ。クソッタレって思いながら飛んだし、クソッタレって思いながら落ちた」

 七階から飛び降りて他に何か思うことはないんですか? なんて自問自答してもなかったです。クソッタレだクソッタレ、この世は全部クソ、たぶんあの世もクソ、それくらい雑に、適当に、世界を呪っていた。

「クソッタレ……クソッタレかぁ~! いいなぁそれ! 分かる気がする!」

「あ?」

「私もそうだったと思う! 全部クソなんだよこの世は! 全部クソッタレだから死のうとするんだ! でももうそうじゃないよね! 世界がクソなんだから私達が死ぬ必要はないよ! いやそういうところから逃げるために死ぬみたいなのはあるかもだけど、私、夜弥よるやと仲良くなれそうな気がする!」

「今更じゃん」

「今更じゃないよ! これから一緒に、色々話し合いたいし分かり合いたいって思った! いい理解者になれるよ、私達は!」

 なんて言いながら、今度こそ彼女は興奮したままに立ち上がった。それで何をするかと思いきや、病院の窓を開けた。ここは三階。

「おい」

「私もっと夜弥を理解したい! もし私が生きてたら、きっと仲良くしてよね! そのために来たんだから!」

 わざわざ疎遠なのに、お友達ですって面会に来たのはそういう理由だったのか。なんでこいつが来たんだろうとは思っていたけど、イカれているなぁ。

「やめとけって」

「クソッタレェェェェェエエエエエ!」

 私のやる気のなさそうな静止も聞かず、彼女は飛び降りた。

 私は七階からだったけど、下の階の縁とか柵に腕やら足やら打ち付けまくった挙句車に落ちてなんとか生きてたってだけだ。沙里子が生き延びる保障はない。

 ドスン! と大きな音がした。あいつ、クソッタレって言った割には楽しそうに落ちていったなぁ、なんてぼーっと考えた。あいつのことを心配する義理もないからだ。

「クソ……ッタレェ……!」

 下の方から、叫び声と一緒にそんな断末魔のような、あるいは死んでもこの世にしがみつこうとするような声が聞こえた。

 まあ、互いに生きていたら二人で出かけるくらいはしてやってもいいかな。

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