エピローグ あなたとダンスを
眩しくて暖かな日差しを感じて、リオンは目を覚ました。
自分の部屋ではないことに一瞬混乱するが、すぐに何があったのか、どうしてここにいるのかを思い出して息を吐く。
ここは、ステラシア総合病院。病室のベッドで迎える何度目かの朝に、まだうまく動かせない体を軋ませてリオンは首を横にする。
念のためにつけられていた人工呼吸器も外されているし、脈拍を測っていた機器もなくなっている。
その代わりに、ベッドのすぐ隣に置かれた椅子に銀髪の少女は腰かけていた。
「イノーラ」
名前を呼ぶと、彼女は顔を上げて首を傾ける。相変わらず分かりにくい感情描写だ。
「ずっとそこにいてくれたの?」
へにゃっと笑って尋ねると、イノーラは少しだけ考えて答えた。
「衣食住以外は」
「ふふ、それはそうだ」
病室に小さな笑い声が響いていく。イノーラは声を出して笑ってはいなかったが、少し穏やかな表情をしているように見えた。
その時、コンコンと病室のドアをノックする音が聞こえてきた。
「入ってもいいかしら?」
ひょっこりと顔をのぞかせたのは、あの戦闘で大怪我を負ったはずの少女だった。
「ホープさん!? いっづ……!」
驚いて体を起こそうとし、痛みが全身に走って悶絶する。
「まだ寝てないといけないんじゃ……」
「それはこっちの台詞なのだけれどね」
彼女は足を引きずりながらリオンのベッドに歩み寄り、お茶目な表情で笑った。
「病室から抜け出してきちゃった。退屈なのよ、あそこって」
やれやれとホープは首を横に振る。以前にも聞いたような文句に、リオンはぷっと噴き出してしまった。
「リオン、イノーラ」
ホープは真剣な顔になり、リオンとイノーラはきょとんと目を丸くする。
彼女は、ないはずのドレススカートの左右を両手でつまみ上げて、
「本当にありがとう、二人とも」
突然のことにぽかんと口を開けるリオンたちに、ホープは自然体な表情に戻って微笑んだ。
「おかげで助かったわ。あと少しで死ぬところだったもの」
あの時、ホープの胸元にあったコアを破壊したことによって、彼女はかろうじて助け出されることができた。リオンの義母のように最悪死ぬ状況だったと思えば、怪我だけで済んだのは幸運だろう。
「怪我の具合はどう?」
心の底から心配そうな顔で、ホープは尋ねてくる。リオンはちょっと嬉しそうに笑った。
「ドレスがうまく守ってくれたのか、やけども大したことないみたいです。傷跡も残らないって」
その事実を知った時、リオンは密かに喜んだ。
ドレスに守られた。あれだけ僕を拒絶したドレスに、もしかしたら少しだけ認められたように思えて。
「よかった……」
ホープはほっと胸を撫で下ろしたようだった。彼女も助かって本当に良かった。義母のようになる人がいなくて、本当に。
「そろそろ行くわね。二人の邪魔しても悪いし」
ちょっと意地悪な口調で、ホープは言う。それの意味するところに気づいたリオンは、一気に顔を赤くした。
「そうそう、それから」
立ち去りかけたホープは振り返り、熱の入った口調で言った。
「あなた、とってもかっこよかったわ!」
目を輝かせて言うホープに、リオンはぱちぱちと目を瞬かせる。
「男でもあんなに綺麗にドレスを纏えるのね」
褒められたのだということを徐々に理解したリオンは、照れ臭そうに笑った。
そんな彼の様子に満足したのか、ホープはふふっと口元を緩ませる。
「じゃあ、また来るわね」
ひらりと手を振って、彼女は病室から去っていく。
病室には再び静けさが戻り、リオンは起き上がっていた上半身を再びベッドに預けようとしたのだが――その寸前に隣から感じた視線に、イノーラに振り返った。
「どうしたの?」
彼女はじーっとリオンを見つめていた。感情が読み取れない瞳だったが、いつものことだ。辛抱強く彼女の言葉を待っていると、イノーラはちょっと目を伏せた。
「こんなこと言うの、不謹慎かも」
「何のこと?」
少しの間、イノーラは沈黙する。そのままぐっと考え込んだ後、彼女はリオンをまっすぐに見た。
「楽しかった。リオンと踊るの」
リオンはびっくりした目でイノーラを見た。そして、すぐに嬉しくて破顔した。
「僕も楽しかった」
イノーラも自分と同じことを考えていたことが嬉しい。命のかかった戦いだったけれど、彼女とのダンスは確かに楽しい時間だった。
イノーラはリオンを見る。リオンはイノーラを見る。
二人は同時にはにかんだ。
「また一緒に踊れる?」
「うん、もちろん!」
天衣夢縫のクロスバディ 黄鱗きいろ @cradleofdragon
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