【短編】本屋のおじさんと少女

Lie街

本屋のおじさんと少女

少女が1人、ボロボロの本屋に入って行った。

少女がドアに手をかけると、ギィーと扉の軋む音と共におじさんの声が響いた。


「いらっしゃい。」


少女の姿を目にすると驚いたように目を開いた。久しぶりの若者の登場に些か動揺したのである。


「お嬢ちゃん、うちでは電子書籍は買えないよ?」


おじさんはゆっくりとした口調で言う。


「いいのよ、私は紙の本を買いに来たの。」


少女はハッキリとそう言うと奥の棚の方へ颯爽と歩いていった。おじさんはその後ろ姿を珍しいものでも見るかのように眺めていた。

棚に着く前に少女は急に立ち止まった、まるで充電が切れたかのように。


「おじさん?」


「なんだい?」


少女はくるりとおじさんの方に向き直って尋ねた。


「佐山 栄作の本を置いてないかしら。」


おじさんはことさらにビックリして目を大きく見開いた。


「お嬢ちゃん、マニアックな本が好きなんだねぇ、あるよ、連れて行ってあげよう。」


「ありがとうございます。」


おじさんは風船のように膨れた体を揺れ動かしながら、椅子から立ち上がり、カウンターから出ると本棚と本棚の隙間を上手いこと歩いていった。少女は雀の親子のようにその後をチョンチョンとついて行った。絵本、漫画、BL、小説様々なジャンルを通りすぎ、(さ)と書かれたカードが挟まったエリアへと来た。


「佐山…佐山…あった。ほら嬢ちゃんこの辺りだよ佐山 栄作は。」


おじさんは目を細めながら本棚を見つめるとしばらくしてそう言った。少女の顔を見るとまるで何年もかけて財宝を採掘し、ついにそれを見つけたような顔つきになった。それはさながら少女の顔の方が宝石であるかのように光り輝いていた。


「やっと見つけた、ありがとうおじさん!」


おじさんはこのご時世、電子書籍でも見つけられない書籍があるのかと感心しまた、あることを思い出した。


「そう言えば、佐山栄作は電子書籍は出さないって発表したんだっけな。」


少女は頷いた。そして、片方の小さな掌で棚に並べられた薄い短編小説を手に取ったり、両手で分厚い長編小説を手に取って注意深く表紙を眺めたり目次を読んだりしていた。しばらくすると、おじさんはまた、大きな風船のような体を揺らしながらカウンターへと戻って行った。

窓から差し込む光は水の中へと解けいる光のように店の奥でユラユラと揺れていて、小さい本屋にしては高く積み上げられた書物を照らしていた。軋むドアからは誰も入ってくる様子はなく、またその向こう側にはせかせかと歩く大人や軽快なステップを踏む耳にイヤホンをさした若者ばかりが目に付いた。


「おじさん!」


少女の登場にまた動揺する。


「どうしたのボーとしちゃって。店員さんなんだからちゃんとしてよね。」


生意気な言い草におじさんは内心、少し笑っていた。そして、久しぶりに呼ばれた(店員さん)という言葉に密やかに舞い上がっていた。


「合計で3冊、1500円ね。」


「あら、おじさん。消費税を計算し忘れてるわよ。」


少女の問いかけにおじさんはにこやかに答えた。


「今日は久しぶりのお客様だから、特別割引だよ。」


少女も笑顔でお礼を言うと、電子マネーをかざして支払いを済ました。店を出ていく前に少女におじさんは声をかけた。


「また来てくれるかい?」


大人びていた少女はようやく子供らしく、花火が上がったかのような満面の笑みをこぼした。


「うん、絶対に来るね!」


今日もおじさんは少女の来店を待っている。窓からさした光を眺めながら。

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