鯨呑み

安良巻祐介

「四海名物、抜山蓋世、鯨呑み」の幟を掲げて、道ばたで人寄せの口上をしていた男が、ちょうど通りがかった警邏に目をつけられ、笞でさんざん痛め付けられたあげく、連れて行かれてしまった。

 噂では、ああして検挙された大道芸人たちは皆、暫く独牢に入れられた後、生きたまま腑分けされて売られてしまうということであった。

 派手な幟が取り壊され茣蓙が巻き上げられた後には、押収もされなかった粗末な巾着袋だけが残されていて、悪どい路端浚いが拾い上げて中身を漁ったけれども、カビの生えた乾飯と、数本のくじらの髭しか見つからなかった。……

 次の朝、毎日の訓告のために署へ出かけて行った者たちは、仰天した。

 建物が綺麗さっぱり消えてしまって、ただ疎らに草の生えたさみしい空き地だけが残されていたのである。

 みんな大騒ぎして、あれこれ話し合ったが、近隣の者達が云うことには、前の晩、署の方からかんかんかん…と拍子木のような音がした気がする、と。

 それを聞いて、前の日に連れていかれた男の掲げていた幟を思い出し、みんな何となく納得するようであった。

 ぺろりと消えた署と中の人間達が一体どこへ行ってしまったのかはひとまず置いておくとしても、この場合、投げ銭は一体誰が出せばよいのか、それが一番の問題だ。

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鯨呑み 安良巻祐介 @aramaki88

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