第7話

 みんなは飲み会は好きだろうか?

 相手は誰でもいい。友達でも会社の人でも久しぶりにあった同級生でもいい。

 好きか?嫌いか? はっきり言おう、俺は嫌いだね。

 別に酒が飲めないわけじゃない、単に雰囲気が嫌なだけ。

 

「よう! 飲んでるか~? 八雲!」

「あ、はい。それなりに……」

「なんだよ~ヒック、ジョッキ空いてるじゃねぇか……ヒック」

「いやまだ半分残ってますから」

「すいませ~ん、生一つ!! ヒック」


 これである。

 絡みにきたのは課長の矢内さん。

 いろんな席を回っては次々酒を注ぐ妖怪。通称、妖怪酒注ぎ。

 誰が命名したのかはわからない。

 だが、これほどぴったりなあだ名はないだろう。

 俺が心底嫌そうな顔をしているなか、店員さんが畳みかけるように中ジョッキを笑顔で運んできた。


「ほら~若い女の子が注いできたビールだぞぉ。ホントは俺が飲み干してやりたいが、今回はお前に譲ってやるぅ……ヒック」

「誰が注いできたやつでもポンポン飲めませんから……」

「おおん⁉ 俺の酒が飲めってのかいぃ? ヒック……けしからんなぁ!」


 くそめんどくせぇな!


「ほら、グビッといけよぉ。炭酸抜けちまうぞぉ……ヒック」

「あ! 課長! 女性の方が呼んでますよ!」

「何ぃ⁉ そんなに俺と飲みたい奴がいるんかぁ! ヒック。待ってろぉ!」


 ナ〇ガク〇ガ並みの速さで女性の席へ向かう課長。

 直後、女性社員達が悲鳴をあげる。

 すまん女性の方々、これを機に課長は誘わないでくれると助かる。


「八雲君」

「はい! て、一ノ瀬さんか」

「何よ、そんなに嬉しかった?」

「いえ、まったく」

「そんなにストレートに言われるとちょっと傷付くわね」


 ハイボールを片手にこちらへ来た一ノ瀬さん。

 移動してくる前の席にはたくさんの男性陣が囲んでいたが、モノの見事に全員グロッキーと化している。

 そう、一ノ瀬さんは酒豪なのだ。

 酔っぱらった勢いでワンチャン! と浅はかな考えをもったお馬鹿さんたちは、返り討ちにあったのである。


「いいんですか? あれほっといて」

「いいのよ、邪魔だったし。ろくに酒も飲めやしないのに口説こうなんて笑わせるわ」

「確かに一ノ瀬さんを口説くには、一ノ瀬さんより酒が強くないとダメですね」

「別にお酒の強い人が好みではないのだけれど……」


 そういいながら持っていたハイボールを一気に飲み干す。


「今日は一次会で帰るの?」

「はい、そのつもりです」

「なんか最近の八雲君、急いでるよね」

「そうですか? 別にいつも通りですけど」


 はっきり言って図星である。

 確かに美緒が家に来る前はそんなに急いで帰宅することはほぼなかった。

 よほどの用事がない限りそういったことはない。

 

「な~んか見てて気になるんだよね。なんかこう、家にいるペットが心配みたいな感じかしらね。最近の八雲君そんな感じよ」 


 ペットじゃないだけでほぼほぼ当たっている。

 心配というのかただ単に気になっているだけなのか、どちらにせよ早く帰らないとという気持ちは確かにある。

 それを思いっきり表にだしてたのは不覚だった。


「ねぇ、どんな動物飼い始めたの? 私柴犬には目がないのだけど」

「残念ながら柴犬ではありませんが、友人から預かっている子猫がいましてそれでちょっと心配なんですよ」

「そういうことだったら正直に言えばいいのに、だれも怒らないわよ」

「じゃあ、家で何してるかわかんないので、帰ってもいいですか?」

「それとこれは別よ」

「そ、そんな……」


 そう簡単にはいかないか。


「正直に言えばいいとは言ったけど,帰っていいとはいってないわ」


 クソ! ここで出たか上司の屁理屈。

 あの効果は防御無視して相手をワンパンするほどぶっ壊れなんだよ。


「フフ、今度その猫見に行ってもいいかしら」

「ダメです」

「どうして?」

「引っかかれるかもしれないからです」


 そう美緒に。

 一ノ瀬さんがじゃなく俺が引っかかれそうなんだよ。


「ずいぶん見知らぬ人には警戒するのね」

「ええ。だから危ないですよ」


 俺の身が。


「ますますその猫が気になるわね」

「というか一ノ瀬さん、猫より犬のほうが好きと言ってませんでした?」

「あら、誰も猫が嫌いなんて言ってないわよ」

「そうですか……」


 「ええ」とうなずきながら一ノ瀬さんは、空になったグラスに触れて意味もなくクルッとグラスを回した。


「私ね、酔いたいときはハイボールって決まってるの。濃いめのね」

「そしたらもっと強いお酒飲んだほうが早いじゃないですか」

「ハイボールってちょうどいいのよ、飲みやすさも強さも。それでいていい気分に酔えるからね。日本酒や焼酎は必ず悪酔いするわ」

「話の腰を折るようで申し訳ないんですが、一ノ瀬さん何杯飲みました?」

「さっき飲み干したやつでちょうど10杯目かしらね」


 普通の人はハイボール10杯も飲んでいたら絶対何杯飲んだのか覚えてないと思う。

 そう、覚えているってことはまだ酔ってないということ。


「ねぇ、八雲君」


 肩を寄せ付け、俺にしか聞こえない声量で話をかけてきた。

 あれ? めちゃくちゃ酒飲んでるはずなのにめっちゃいい匂いする。


「二次会……ではないのだけれど」

「はい……」

「この後――」


「なんだぁ! 二人で仲良くコソコソ飲みやがってぇ! 俺もまぜろぉ! ヒック」


 大声で二人の間に割り込んできた課長。

 女性社員のところにいたはずだが、どうやら追い出されたらしい。


「まったく! 男性社員の連中は根性がないな! すぐにダウンしやがって、つまらんじゃないか! そうは思わないかね一ノ瀬君!」

「そうですね。情けないです」


 うわ、一ノ瀬さんがかなり嫌そうにしてる……。

 さっきまで表情が柔らかったのに急に固くなった。


「おい! 八雲! お前全然飲んでないじゃないか! さっさと次の酒頼め!」

「課長、そろそろお開きの時間ではないですか?」

「むぅ? なんだ……もうそんな時間か」


 しつこいと思った瞬間、一ノ瀬さんが課長を止めてくれた。

 我に返った課長はみんなの注目を集め、締め始めた。


「宴もたけなわですが……二次会行く人は俺についてこい! 以上解散!」


 終わりかい! 単に「宴もたけなわ」って言いたかっただけだろ。

 そして一丁締めもしないのかよ。

 なんてツッコんでる場合じゃない。

 先ほど一ノ瀬さんが言いかけたことがなんだったのか聞かないと。


「一ノ瀬さん、さっき何を言いかけたんですか?」

「あ、えーと……やっぱりなんでもない。気にしないで」

「いや、めっちゃ気になるんですけど……」

「言ってもどうせ無駄だから」

「いいから言ってくださいよ」

「言ったらちゃんと向き合ってくれる?」


 向き合う? 相談かなにかだったのか?


「もちろんですよ。上司の相談ですし、ちゃんと向き合いますよ」

「そう。じゃあここだとみんないるから外にでましょうか」

「わかりました」


「ちょっと待てぇ!」


 そういって店から出ようとしたとき、再び我を失いつつある課長に呼び止められた。


「お前たちは二次会いかんのかぁ?」

「行きません。では」


 一ノ瀬さんはスルリと抜けて、外へでた。

 俺も続こうと試みるが……。


「まてぇ……八雲ぉお前はいくよなぁ?」

「いや、行きません」

「何言ってんだぁ? ほら行くぞ!」


 グイッと腕をつかまれた瞬間、外に出たはずの一ノ瀬さんが課長の腕を抑えた。


「課長、これ以上はパワハラで訴えますよ?」

「ウッ……!」


 はっきりとした証拠をとってたわけではないのでパワハラで訴えることはほぼ不可能だが一ノ瀬さんの圧力がそう感じさせた。

 その圧力に勝てなかった課長は素直に俺の腕を離した。


「それでその、さっきの事なんだけど」

「はい」


「私の家に着いたら話すから、付いてきて」


考える間もなく、気づいたら一ノ瀬さんは俺の手をしっかり掴んで歩き始めた。

 





 

 


 


 

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会社員、家政婦?を雇う 伊笠ヒビキ @hibiki_ikasa

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