異世界に召喚されたが、呼ばれた理由を全く言われない件

たろいも

本編(1話完結)

 俺は"佐東さとう 快人かいと"、17歳。普通の高校に通う普通の高校二年生。そんな普通尽くしの俺だが、この日は朝から普通じゃなかった。

「ん?」

 上履きに履き替えるべく、下駄箱の扉を開けた、そこには折りたたまれた紙切れがあった。1辺5cmほどのその紙を手に取って見て気が付いた。まるで封筒に見えるような折り方で折りたたまれている。薄いピンクの紙で作られたソレは、なんだか可愛らしくみえる。


 明らかに何かある。


 どうやら封筒状に折られた紙は、容易に解き開くことができるようだ。しかし、なんだか衆目のある中で開くことに抵抗がある! 俺は封筒状の紙を手の中に隠し、急いで階段の影まで移動し、人が見ていないことを確認の上で慎重に紙を開いた……。


 ──放課後、体育館裏へ来てください   田村 祐奈


 "田村たむら 祐奈ゆうな"……、隣のクラスの女子だ。メガネをかけた割と地味目の子だ。しかし苛めに遭っているとか、そういうことは無い。いたって普通の子だ。1年の頃、図書委員で少し接触があったが、間近で見ると結構可愛かった。そして何より胸が……。オホンッ。


 これはまさかアレなのか!? そうなのか!? こんな"絵に描いたように普通"な俺にも、こんなイベント来ちゃう? 来ちゃうの!? やばい。俺の普通はこのためだったのか!

 俺は一日中上の空だった。何度か友達に話しかけられ「今日ダメだな、こいつ」と言われてた気がするが、全然気にしない。

 終業後のホームルーム終了と同時にダッシュし、俺は体育館裏へと向かった。そこには──


「おぉ、成功だ」

 豪華なローブを羽織ったオッサンが居た。

「え、誰?、ってかここどこ!?」

 周囲はいつの間にか体育館裏ではなく、石造りっぽい部屋の中。俺を囲むように半透明の水晶っぽい石が4つ置かれている。


「よくぞおいでくださいました、異世界の住民よ」

 引き続き豪華なローブのオッサンが……、いや、敢えて言おう、王様っぽいオッサンが俺に話しかけてくる。なんか嫌な予感がする。"異世界の住民"って言ったぞ? まさかの"異世界召喚"!? それもこのタイミングで!? いや確かに"異世界召喚"なんて、全男子高校生が憧れるシチュエーショントップ5に入るけども、けども!! 同級生女子のそれも割と悪くない感じの女子からの呼び出しのタイミングで来るか!?


「クーリングオフで!!」

「はい?」

 ぬぅ、だめか。押し売りとかなら1週間以内なら契約解除できるが、"異世界召喚"は無理か……。王様っぽいオッサンは、一瞬戸惑うような表情をしたが、特に気にしないことにしたらしく、気を取り直して"お約束"を続けた。


「ようこそ、"凄く偉大王国"へ、あなた様を──」

「はぁ!?」

 何王国だって? え? "凄く偉大"?

「ど、どうかされましたか? もしかして言葉が通じていない? ふむ、ちゃんと自動翻訳されておるはずだが……」

 王様っぽいオッサンが顎に手をあてて戸惑っている。

「あ、いえ、言葉は大丈夫です」

 多分、"異世界召喚"の特典能力として"言語翻訳"されてるんだろうけど、固有名詞まで無理やり翻訳されてるっぽい。王国名が違和感バリバリだけど、仕方ない。違和感しかないけど!

「ふむ、では改めて、ようこそ、"凄く偉大王国"へ。私は国王の"パンクレス・抜けぬ・凄く偉大"と申します。あなた様を歓迎いたします」

 わ、笑うな、笑うな俺。なんだよ、どういう名前なんだよ!! 翻訳前の名前が聞いてみたいわ!!


「お、俺は、"佐東さとう 快人かいと"です、17歳です……」

 自己紹介で声が震えたのは致し方あるまい。


「ささ、まずはお部屋へと案内いたしましょう。佐東様をご案内して差し上げろ」

「畏まりました、こちらへ」

 パ、パンクレス王の指示で、背後に控えていたメイドさんが案内してくれる。


「おぉ~」

 石造りらしい城の中を案内される途中、窓から外が見える。城下町には石造りや木造の建物が立ち並び、多くの人が行きかっている。まさに異世界!!

「こちらは練兵場です」

「おぉ~」

 兵士らしき人達が、剣で打ち合ったり、槍で突き合ったりしている。実戦さながらってやつだろうか……。

「こちらは書庫、こちらが宝物庫です」

「おぉ~」

 中見は見せてもらえないみたいだ。というか、ゲストの俺をこんな場所に案内していいのか?

「お部屋はこちらです」

 城内ですれ違う警邏の騎士たちの姿にも感嘆を挙げつつ、メイドさんに一室へと案内された。

「おぉ~」

 俺はさっきから「おぉ~」しか言ってない気がする。室内には天蓋付のベッドが置かれ、アンティーク調のシックな棚や応接セットなどが置かれている。高校生の俺には場違い感半端ない。


「室内の物は、自由にご使用ください。後ほどお茶をお持ちします」

「あ、」

 部屋から出ていこうとしたメイドさんを呼び止める。小首をかしげ、「何か」と言う彼女は、よく見ればなかなかの美人だ。いや、かなりの美人だ。スタイルもいい……。しかし、なによりも、一応これは聞いておきたい。

「えっと、お名前は?」

「わたくしは"はんだごて・プリント基板"と申し──」

「ぶふぁっ」

 無理。耐えるの無理!! メイドさん改め、は、はんだごてさんはとても怪訝な表情だ。うんわかる。俺もどうかと思う。でも無理!!

「す、すみませ……」

 俺が息も絶え絶えに謝罪すると、はんだごてさんは訝しみながらも退室していった。だめだ、俺この世界で暮らせる自信ないわ……。人の名前に耐えられない……。


「あ、そういえば、召喚の理由聞いてなかった……」




 はんだごてさんが煎れてくれたお茶は、大変おいしゅうございました。きっと加熱するのが得意なのだろう……。


「は、はんだごてさん?」

 俺は努めて自然に話しかける。

「はい、なんでございましょう?」

「俺が召喚された理由、知ってます?」

「……」

 はんだごてさんは無言で無表情だ。まぁ、メイドさんは知らないか……、もしくは言えないか。


「あっと、その、俺来たばかりで知らないことばかりなので、少し聞いてもいいですか?」

「わたくしでお答えできることであれば」

 はんだごてさんは控えめだ。


「その、モンスターとか、魔王とか、そういった脅威的な奴って居るんですか?」

「もんすたぁ? まおう、でございますか?」

 あー、明らかに発音的に分かってない。ってことは居ないのか……。

「あ、いえ、いいです。えっと、例えば、住民の方が、野生の獰猛な生き物に襲われているとか……」

「いえ、ございません。この国の住民は周辺動物とも争うことなく、平和に暮らしております」

「そ、そうですか……」

 "モンスター"という名称が違うとかではなく、本当に魔物とかモンスターとかクリーチャーとか、そういう類いのサムシングは居ないらしい。


 ということは、この異世界は"討伐系"ではなく、"スローライフ系"ってことだろうか。ま、そのほうがただの高校生の俺には気が楽だが。


「では、魔法とか、無いんですか?」

 なんにせよ、異世界なら"魔法"は必要だろう。"スローライフ系"とはいえ、魔法は必須だ!

「ま、ほう? まほうですか……?」

 なん、だと!? まさか魔法も無いのか!? この異世界、とことん俺の予想を打ち破ってくる! いやまて、まだ慌てるような時間じゃない。これも名前が違うかもしれないのだ。魔術とか、術法とか、術式とか、呪文とか……。

「あ、えーっと、その火を出したり、氷を出したりとか、そういう技術?」

 俺の言葉に、はんだごてさんは納得と言った表情に変わる。

「あぁ、"エクイップ"のことですね」

 きた! 今度はきたぞ!! "エクイップ"っていうちょっと不可思議な名前は気になるが、どうやらそういう何かがあるらしい。


「そういうことでしたら、私がご案内いたしますわ!!」

 唐突に部屋の扉が開かれ、一人の少女が姿を現す。レースをあちこちにあしらったピンクのドレスに、シルバーのティアラを付けている。うん、一言で言おう、王女っぽい。

「えっと、あなた様は?」

 総員! 対ショック姿勢! 衝撃に備えろ!!


「私は"凄く偉大王国"の第一王女"メンテフリー・素材・凄く偉大"ですわ」

「……」

 3度目だからね……、さすがにもう吹き出さないよ、でも、お茶が口にない時でよかった……。良いんじゃないかな、医者いらずな名前だよ、うん。


 メンテフリー王女……。あまり構わず放っておいても、いろいろよしなにしてくれそうな名前だな……。とりあえず壊れることは無さそうな気がする。

 そんな王女の案内で野外にある練兵場を訪れた。兵士の皆様が荒々しく訓練する中、練兵場の一角に設置されている武器置場の前に来た。

「これが"エクイップ"ですわ。どうぞお手に取ってみてください」

 武器置場には剣や斧、槍などの普通の武器の他、杖や銃みたいなものまで置いてある。え、銃!? この世界には銃あるの!?

 と、驚愕は心の内に留め置き、とりあえず杖を手に取ってみる。やはり魔法ならば杖だろう。木製っぽく見えたが、手に持ってみるとひんやりとして、金属製っぽい。杖には飾りなどは無く、頭にも宝石があしらわれている、なんてことも無い。ほとんどただの棒だ。

「ご使用になられるならば、少し空へ向けてお使いください」

 王女の言に、俺は手に取った杖をよく確かめる。そんなあっさり魔法を使うことなんて──、

「あ……」

 杖に……、ボタンがある。杖の中ほどにあるそのボタンにはご丁寧に矢印までついている。どうやら発射方向を示しているらしい。

 俺は矢印を空に向け、ボタンを押してみた。

 カシャという音の直後、杖の先端から巨大な火柱が噴出した。

「あっちっ!!」

 使った俺自身も熱にあぶられ、ものすごく熱い! というか、魔法の杖っていうより、これただの火炎放射器じゃないか……?


「こちらは水です」

 王女が新たに手渡してきた杖を持ち、再度空に向けてボタンを押す。ものすごい圧力の水流が噴出し、高さ30m以上にまで吹き上がった後に、キラキラと虹を生み出した。こういうの、親父が車掃除で使ってるの見たことある。高圧洗浄機だな……。


「こちらはいかがでしょうか? 光の剣です」

 更に王女が差し出してきた物は、柄しかない剣だ。もう、これ試すまでも無いのでは……?

 でも、試してしまうのが悲しい男子のサガ。だってラ○トセイバーでしょ? そりゃ振り回してみたいじゃん!

 例によって、柄にボタンが付いている。俺は迷わずボタンを押す。


 ドウゥゥンッ!


 鈍い音と共に柄からピンクの光りが飛び出し、それは空高く飛び去っていく……。


「剣じゃねぇぇ!!!」

 俺は柄を地面に投げつける! これライ○セイバー違う! ビー○ライフルや!! 剣要素どこだよ!?




「なんか疲れた……」

 俺は与えられた自室に戻り、再びはんだごてさんの入れてくれたお茶で一服中だ。ちなみに、正面では王女様もお茶中だ。


 なんか、良く考えたら、いろいろと有耶無耶になってるな。なぜ呼ばれたのかも未だに聞いてない。俺に何をさせたいのか……。なにより、そもそも俺は帰るつもりだったのだ。早く帰って祐奈ゆうなちゃんの話を聞かないといけない。


「メンテフリー王女? お伺いしてもいいですか?」

「はい」

 王女は俺の言葉に微笑み返しつつ答える。


「俺は何故召喚されたのでしょうか?」

「……」

 俺の問いに、彼女は笑顔を向けてくるだけだ。え、まさか王女も知らないの?


「そうだ、街をご案内しましょうか」

「え……」

「ぜひ、王都の街並みをご覧ください」

「いや、あの」

「さぁ、今日はまだ夕暮れまでには時間もございますし」

 王女に手を引かれ、かなり強引に連れ出されてしまった。うぅ、押しに弱い自分の性分が恨めしい。戻ったら王様に合せてもらおう。そして今度こそ目的を……、いや、目的なんてこの際聞かなくていい。"帰る"ってことを伝えよう!



 渋々ではありつつも街に出てみると、いかにも"異世界"という景色に、少々テンションが上がる。だが、王女に護衛などが付いてないけどもいいのだろうか……。王女も気にしていないようだし、待ちゆく人々も特に気にした様子も無い。この国ではこういう物なのだろうか……。


「我が国の国民は、みな勤勉で働き者です。犯罪も無いのですよ」

「へぇー」

 王女の案内で街を散策しつつ、すれ違う歩行者を観察する。確かにすれ違う人は皆、真面目そうな雰囲気だ。暗い顔をした人は見かけない。老若男女、誰もが明るい顔で歩いている。


「……?」

 しかしなぜだろう、何かものすごく違和感がある。なぜかわからないが、何かが足りない気がする。それに、やっぱり変だ。王女も俺も、住民とは明らかに浮いた服装をしている。にも拘わらず、誰も俺たちを見ない。一人たりともだ。こちらに視線を向けることすら無い……。


 なんか怖いぞ……? どう見ても人間にしか見えないのに、人間らしさが感じられない……。何食べたらこんな人間になるのか……、っ!!


「そうか……」

 店だ。商店が一つも無い。たまたまここに無いだけか? でも交差点で見渡しても、1件たりとも商店が無い。看板も無い。


「あの……」

「はい?」

 おずおずと訊ねる俺に、王女は笑顔で答える。

「どこにもお店とか、ありませんが、皆さん買い物とかされないのですか?」

「はい、大丈夫です」

「え、あ、そう、なんですか……」

 何が"大丈夫"なのかさっぱりわからない。お金での売買が行われていないのだろうか。それとも別の理由? 俺にはさっぱりわからない。




 俺は「ちょっと疲れたから」と言って、早々に部屋へと戻った。相変わらず王様には会えていない。俺を呼んだ理由は未だに聞けていないし、"帰る"ということも伝えることができていない。

「よし、今からでも王様に会いにいこう!」


 俺はこっそり部屋を出て、城内をうろつく。

「ってか、出てきたはいいけど、王様ってどこにいるんだ? 謁見の間とかか?」

 しまったな、謁見の間がどこにあるのかわからない。俺が召喚された部屋は、明らかにソレ専用の部屋っぽかったしなぁ。


「あ……」

 うろうろするうちに、メイドのはんだごてさんに案内された場所に出た。

「たしか、宝物庫と書庫……」


 軽く宝物庫の扉に触れる。さすがにカギがかかっている。続けて書庫の扉に手をかける。こちらはカチャリと言う音と共に、扉が開いた。

 薄暗い書庫の中には何列もの本棚が並べられ、ぎっしりと本が詰まっている。


「おじゃましまーす……」

 俺は声を押さえ、静かに書庫へと入り込んだ。


 俺は書棚の間を歩き、納められている本を見て回る。が、どれも同じデザインの背表紙で、タイトルは書かれていない。そのうち一つを手に取り、ページを開き──

「え……?」

 そこは見開きの白紙だった。つぎつぎページをめくるが、どこまで行っても白紙。頭から最後まで全て白紙だった。


 俺はその隣、更に隣の本を確認し、隣の書棚、反対側の書棚、2個向こう側、4個向こう側、と、あちこちの本を調べた。それらは全て白紙だ……。

「な、なんで……?」




 絶対におかしい。この国が、この世界が、何かがおかしい。



 練兵場にやってくる。既に夕暮れにさしかかる時間であるためか、兵士たちの訓練は終わっていた。俺はエクイップを適当に身に着け、そのまま城の正門へと向かう。

 どこに行けばいいのか、どこに向かうのか、まったくわからない。だが、俺の心は「これ以上ここにいたらダメだ」と訴えている。

 正門では2名の兵士が見張りをしている。さすがにあそこを通らないと出られない。



「あ、どうもー」

 俺は兵士2名に対し、極力"なんでもない"ことをアピールする作戦に出た。つまり、軽く声をかけ、普通に出ていく!! 案外自然にしていれば、こういうのは気が付かれない……、はず!!


「お待ちください、どちらへいかれるのですか?」

 はいダメ! 失敗ですっ!!


 自然な雰囲気で外に歩いて出るつもりだった俺の肩を、兵士の一人が掴んでいる。

 や、やるか、やっちゃうしかないのか……? 俺にできるのか!?


 俺は懐から杖を取り出しボタンを押す! 杖の先からピンクの光線が放たれ、兵士の腹を穿つ。兵士は軽く吹き飛び、仰向けに倒れた。


「なっ!!」

 しまった!! 高圧洗浄機みたいな杖のつもりで、ビームラ○フルを取り出していたっ!!


「あ、だ、大丈夫ですか──」

 ムクリと腹を貫かれた兵士が起き上がる。その腹に開いた穴からは、金属板に配線が走る機械装置が覗き、破損した部品が火花を散らしている。

「ロ……、ロボットォォ!?」

 腹に大穴の空いた兵士が立ち上がり、こちらへと歩いてくる。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 俺は逃げ出した。とにかく全力で王都の街並みを走り抜ける。背後からは正門の見張りをしていた兵士の1人。腹が無事な方がひたすら追いかけてくる。


 俺は練兵場から拝借した靴型のエクイップを起動する。

「う、わわわわわぁぁぁぁぁぁ!!」

 急激に足取りが軽くなり、走る速度が格段に上昇した。後ろを追いかけてきた兵士は見る間に離れていく。


「こ、これなら逃げられ──」


「カイト様、どちらへ行かれるのですか?」

「なっ!」

 すぐ横の屋根の上、そこを失踪する王女の姿が見えた。


「カイト様」

 逆の屋根の上には、メイドのはんだごてさん!?


「異世界の住民様」

「異世界の住民様」

「異世界の住民様」

「異世界の住民様」

「異世界の住民様」

「異世界の住民様」

 街の住民たちが、あちこちから俺に向かって殺到してくる。


「うわぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 咄嗟にジャンプすると、思った以上の高さまで上昇し、住民の頭上を飛び越えた。靴型のエクイップすごいな! なんと水の上まで走ることができた。俺は水路上を走り、王都から脱出すべくひたすらに駆ける。


「異世界の住民様」

「カイト様」

「カイト様」

「異世界の住民様」

「カイト様」

「異世界の住民様」

「異世界の住民様」


 路地や下水道、近くの建物から、次々と住民が飛び出し、一様に俺に向けて跳びかかってくる。奴らは闇雲に飛びかかってくるのではなく、どうやら俺は追い込まれたらしい。気が付けば目の前は袋小路だった。

 この街壁の向こう側は王都の外だ。この壁を超えられれば……。俺は跳びかかってくる追ってを避けるため、街壁に足を掛け飛び上がった。

「お!?」

 自分でもびっくりするほどの身軽さで、その上、足が街壁にビタッとくっつく。

「おっ、おっ、おっ!?」

 両足ともに街壁にくっつき、俺は壁に対して垂直に立った。この靴すごい。どこでも走れるのか!? この靴の能力でこのまま街壁を昇り、この町から脱出を──


「カイト殿」

 なんと王様だ。王様までもが自ら俺を追ってくるとは……! っていうか

「ここ壁ですよっ!?」

 俺は自身が壁に立っているだけでもびっくりだが、王様まで俺と同じように壁に直立している。さらに俺が驚きの声を挙げている間に、俺の周りに次々と人が立ち並ぶ……。みんな俺と同じ靴履いているのか!?



 王様を始めとした、壁に直立している人たちが徐々に近づいてくる。こうなったら光の剣のエクイップあたりで、なぎ倒していくしかないのか……。ジワジワとにじり寄る王様たちを見る内、俺は徐々に怒りが湧いてきた。そもそも何で俺は逃げているんだ? 勝手に呼んだのはそっちだろうが! なんで俺が逃げなきゃいけないんだ!?


「お、俺は……。俺はっ!!」





「俺は帰りたいんだよぉぉぉ!!」

「……」

 瞬間、俺に迫りつつあった全員の動きが止まる。そして流れる沈黙。


「なんと、そうでしたか……」

 王様は先ほどまでの異常な状況を感じさせないほど、自然な表情で答えた。

「しかし送還装置が存在しません」

「か、帰れない、のか……」

 俺はショックのあまり張り付いている壁から落ちそうになる。いや、危ないな、とりあえず地面に降りよう。えーっと、それで、帰る方法が無い……。だとしたら、俺はこのままこの世界で生きていくしか──


「なので、開発いたしますゆえ、2週間ほどお待ちください」

「へ?」

 2週間で造れる!?

「完成すれば、帰れる……、え、帰っていいの?」

「はい、どうぞ。我々の目的は"召喚すること"です。あなた様が現れた段階で、我々の目的は完了しております」

「……」

 そもそも呼ばれた理由が無かった……。



 それから2週間後、送還装置は無事完成し……、

「無生物によるテストでは、転送に問題無いようです、では佐東様、どうぞ」

「……、あ、ども」

 俺は以前、この世界にやってきた時と同じ部屋で、半透明の水晶っぽい石に囲まれた中へと入る。前より水晶は少し青っぽいかな……。


「それでは、お気をつけて」

「あ、はい……」

 気が付けば俺は、学校の体育館裏に居た。こうして俺は非情に釈然としない気持ちを抱え、日本に帰還した。



 あちらで過ごしたのは約3週間。当然こちらでも3週間が経過しており、俺は行方不明で捜索願が出されていた。両親への説明や、警察への説明に関しては……、うん、ちょっと思い出したくない。"非常に可哀想な人"という風に見られた、とだけ言っておこう……。


 そして、"田村たむら 祐奈ゆうな"は俺が居ない間に、既に他の男と付き合っていた……。

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異世界に召喚されたが、呼ばれた理由を全く言われない件 たろいも @dicen

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