石丸穂束の南征北伐酔夢譚

@pip-erekiban

第1話

 無数の上陸用小型舟艇しゅうていが竹島に向けて航跡を描いている。上陸支援を目的とした航空自衛隊所属機の猛爆撃を生き残った韓国側防衛用重砲のいくつかが、これら小型舟艇に狙いを定めて砲弾を発射した。巨大な水柱が幾筋も立ち上がり、冷たい水しぶきが乗員達の全身を包んだ。

「うわぁぁぁっ!」

 水しぶきを浴びた石丸穂束ほたばは言葉にならない叫び声を上げていた。奇矯な言動で世間の耳目を集めた衆議院議員石丸穂束も、戦時下とあってはこれら上陸用舟艇の一積載物に過ぎぬ。

 中空に無数に浮かぶ対空砲火の黒煙。耳をつんざき全身を震わせる衝撃波。島に備え付けられている大砲から放たれた砲弾の一つが、直近を航行していた別の舟艇を直撃すると、撃ち砕かれた船体か人肉かは知らぬ、赤を主体とした色とりどりの破片が舞い上がっては波間に消えた。

「ひぃぃぃっ!」

 まるで亀の子のように鉄兜と制服ユニフォームの隙間へ顔をうずめる穂束。

「なにビビってやがる! よぉく見ろ! これがてめぇの望んだ戦争だぁ!」

 意地の悪い古参隊員が穂束の被る鉄兜のひさしを掴んで無理矢理引っ張り上げた。穂束は奥歯を噛みしめ、目の前に繰り広げられている地獄のような光景から目を背けた。


「戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか、反対ですか」

「戦争しないとどうしようもなくないですか」

 今から一年前、ビザなし交流の国後島くなしりとう訪問団団長に対して石丸が放った暴言である。飲酒酩酊した上での戦争容認発言が世間にリークされた直後は、殊勝にも謝罪と撤回を表明した穂束であったが、それが形だけのものに過ぎなかったと判明するのにそう時間はかからなかった。

 複数の野党によって穂束に対する議員辞職勧告決議案が衆議院に提出されるや、反省一色だった穂束はそれまでのしおらしい態度もどこへやら

「憲政史上例を見ない、言論府が自らの首を絞める辞職勧告決議案」

「野党側の感情論で議案が出された」

「このままではこの国の言論の自由が危ぶまれる話でもある」

「可決されようがされまいが任期を全うする」

 などと逆ギレよろしくツィッターに投降して反論に及び、あまつさえ韓国が実効支配する竹島問題に関連して

「政府もまたまた遺憾砲」

「竹島も本当に交渉で返ってくるんですかね? 戦争で取り返すしかないんじゃないですか?」

 などと、今度は武力による竹島奪還に言及して怒る世論を嘲う始末であった。これなど国後島訪問の際に自らが放った暴言をネタにした発言としか考えられず、一度は表明した反省の意も撤回の意も、結局はその場しのぎの虚言に過ぎなかったことをはからずも暴露したのであった。

 その石丸穂束衆議院議員がこのたびの竹島奪還作戦に従軍することとなった経緯いきさつについて詳細は知らぬ。しかし

「自らが戦争に言及した以上、自分自身も従軍するのが筋」

 といったような、高尚な心根に基づく従軍でないということだけは、以下に記す状況からもおおよそ察しはつこうというものである。


「急げ急げ急げ!」

 着岸した舟艇から小銃を構えて続々と上陸する隊員達。敵味方双方の銃弾が激しく飛び交うなか、或いは身をかがめ、或いは匍匐前進ほふくぜんしんして敵陣地攻撃へと向かう。砂浜は既に死屍累々だ。

 そのなかでひとり、全身に力を込めて下船を拒む者こそ石丸穂束その人であった。

「降りろ馬鹿野郎! 戦うんだ!」

 前述の古参隊員が穂束の制服の奥襟を掴んで彼を無理矢理引き摺り出し、浅瀬に放り出した。

「いやだ!」

 穂束が絶叫する。

「てめぇが始めたことだろうが!」

 古参隊員が穂束の顔面を固い編上靴で何度も踏みつける。鼻や口から海水と砂粒が入って激しく咳き込む穂束。反論しようとするが言葉にならない。

「さあ穂束、一緒に逝こうぜ!」

 古参隊員が穂束の胸ぐらを掴み、物凄い力で引き起こした。穂束は口の中に入った海水や砂粒を吐き出しながら、ようやく反論することを得た。反論は、穂束の心からの絶叫と思わせるものであった。

「戦争はお前らの仕事だろ! 俺議員だぞ関係ねぇだろ! 何で俺がこんなところにいるんだよ! こんなところで死にたくないよ!」

「貴様ぁ!」

 古参隊員が穂束の顔面めがけて鉄拳を振るおうとした刹那。

 爆音と共に穂束は空中高く舞い上がり、そして全身をしたたか砂浜に叩き付けられた。目の前に倒れているのはさっきまで散々自分を痛めつけていた古参隊員。顔面を血で真っ赤に染め、目を見開きながら死んでいる。

「逃げるんだ……!」

 何とかこの場から逃げ出そうともがく穂束。しかし全身を痺れるような感覚が覆って、進むことが出来ない。他の隊員達といえば各々が生き残るのに必死で、誰も穂束のことを顧みる余裕など持っていないかのようであった。

 あたり一面に着弾の砂煙、爆煙。すべてが自分を殺すために降り注いだものだ。ついさっき死んだ古参隊員ではないが、これこそが穂束の望んだ戦争の風景そのものであった。

「……助けて」

 恐怖のためか、くぐもったような声しか出すことが出来ない穂束。

「助けて」

 声は次第にはっきりしたものになった。穂束は全身に力を込めて叫んだ。

「助けてぇ!」


「うるせぇ馬鹿野郎! さっさと起きろ!」

 穂束は死んだはずの古参隊員のゲンコツを食らって目を覚ました。兵舎の中では他の隊員達がベッドを抜け出して身支度を調えているところであった。

(夢だったのか)

 穂束は少しほっとした。

 制服に身を通し兵舎を出た隊員達。整然と列を成して隊長の訓辞を聞く。穂束はその隊列の中に身を置いていた。隊長は斯く訓示した。

「このたび実施される運びとなった国後島奪還作戦の先兵として諸君等の健闘を期待する。いうまでもなく国後島は先の大戦において旧ソ連邦に不法に占拠された我が国固有の領土であって、先達による粘り強い平和交渉にもかかわらず未だ返還は果たされていない地である。国論によっていよいよ武力による国後奪還が決議されるに及び、本作戦が立案、決行される運びとなったものであるが、もとより作戦の成否は天のみぞ知るところであって到底人知の及ぶところではない。我等はただ悠久の大義に生き、運を天に任せ、奮励努力するのみである。そもそも貴官等は入隊のときから既に生命を国防に捧げた身であって……」

 穂束は隊長の訓辞を聞きながらその場にどうっと倒れ込んだ。次に目を覚ましたとき、この悪夢から解放されていることを祈りながら。


               (おわり)

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