第54話 ローブを着る戦士

 前回のあらすじ!


 第9階層の悪魔を突破するライオスたち。その先には死闘を繰り広げたヒビキが立っていた。意識を失うヒビキと、回復魔法が間に合いなんとか助かったミルト。ここに辺境の迷宮の最深部での悪魔との死闘は幕を下ろした。




 *******




 起きたらドワーフの集落の宿の部屋だった。傷は魔法で癒されたのだろうか。ほとんど痛むところはなかった。最後、ベヒモスを倒した後にも悪魔と戦っていたような気がしないでもないが、ほとんど覚えていない。ここにいるという事は助かったのか。誰かが迎えに来てくれたのだろう。ミルトはどうなった?


「お、起きたね」


 周囲を見渡しているとヨハンが入ってきた。その笑顔を見てもミルトが助かったかどうかの判断がつかないのは勘ぐり過ぎなのだろうか。


「ミルトは?」

「大丈夫、助かったよ」


 右手の親指を立てて笑顔を崩さないヨハンを見て、一気に力が抜けた。


「そうか、良かった」


 口の周りの髭を触って、髪をかき上げる。いくら短剣である程度の身だしなみを整えていたと言ってもほとんど何もない場所だったから無精ひげは生えているし、髪もボサボサだった。早く地上に帰りたい。


「……な、……な……何それ」


 だが、そんな俺のしぐさを見てヨハンが絶句している。なんだろうか。


「ん? どうした?」

「その……右手……」


 右手? 今はツタで作った籠手も外されているし、というよりも焼け落ちたと思われる。そう言えばあれには星のコアが…………。


「何じゃこりゃぁぁぁぁぁあああああ!?」


 俺は自分の右手の甲に埋め込まれた星のコアを見て、叫んでしまった。それで他の人間にも無事に意識が戻った事が伝わり、とりあえずエオラに抱き着かれてしまったわけだが、それどころじゃねえ! なんで手に埋め込まれてんだ!?




 ***




「もしかして火傷して張り付いていた状態で完治リカバーの護符を使ったからかな」


 どうやってもとれそうもない星のコアを外そうと頑張ってみたが手が痛いのでやめた。エオラが手をさすってくれている。他にはジジイとコスタがやってきていた。ティナはミルトと一緒にいるという。すでにミルトは回復しているからいいと断ったらしいけど、念のために安静にさせられているのだった。


「どうするんじゃ? 最深部で拾ったという事は……」

「ああ、ミルトもそう言ってたし」


 この星のコアが王国を救うために必要な物であればなんとかして取り出さなければならない。


「どうすりゃいいんだ……」


 頭を抱えていると、コスタが言った。


「腕を斬り落として、あとから完治リカバーをかければ……」

「却下だ!」


 なんて怖いことを言うんだ。自分の事じゃないと思って、恐ろしい。


「だいたい本当にこれが王国を救うものかなんてまだ決まってないんだよ」


 最深部を隅々まで捜索して、他になかったらどうしようかと考えているのだが、本当にどうしよう。


「今、オルガとオベールたちが第9階層の残りの悪魔たちを掃討しているんだって」 


 じゃあ、結局出てこないじゃないか。あいつらが見つけたら隠すに決まってるしな。本当に腕を一回切り落とさないといけないのか? マジで勘弁してくれ。


「まあまあ、今はヒビキたちが無事に帰ってきたことを喜ぼうじゃないの」


 ヨハンが簡単な食事を持って来てくれる。久しぶりのパンが本当に美味かった。ついでにワインが欲しいところである。



 結局、オルガとオベールたちは第9階層の悪魔たちを掃討したが、特に何も見つけられずに帰ってきた。右手の甲に埋め込まれた星のコアが「辺境の迷宮の最深部にあるもの」である可能性が限りなく高くなってきた。他にはアモンの剣くらいしか持って帰ってきていない。星のコアだったら王国を救うことができるアイテムと言っても説得力があるのは間違いない。これが他の誰かにばれたりしたら俺は腕を斬り取られる可能性だってある。しかも、こんな「俺の右手に宿る世界の意志が…」などと厨二病みたいな右手になってしまったのだ。勘弁してくれ。


「一応「辺境の迷宮」は踏破したと考えていいんだな?」

「ええ、私の召喚したアントシーカーは悪魔たちにやられてしまってましたしね」


 地上に一か月ぶりに戻ってギルドのラウンジでエオラと飲む事にした。本当は一人で飲むつもりだったけど、エオラがどうしても離れてくれない。


 迷宮のぬしが言うのだから踏破は間違いないのだろう。ツアとの約束で俺たちやオルガ達はまだ踏破していないという事にして、新たな魔物を召喚するのだという。冒険者が潜れば潜るほどに儲かる農場のような物にしてしまうのだそうだ。それってどうなのかと思う。


「なんか、この迷宮は大切な人の墓じゃなかったのか?」

「もう、いいんです。あの子の墓は、あの子の体は浄化する事にしました。未練ばかりで、あんな悪魔たちにも目をつけられてしまって。媒介にされる危険があるくらいならば天に帰してあげるのもいいかと思ったんです」


 魔王クラスの悪魔の媒介になるほどの魔力を持った人間は基本的に遺体を浄化されるのだという。たしかにその方がいいのだろう。今回俺たちが悪魔に負けていたら、おそらくは魔王が降臨していたに違いなかった。


「ヒビキ、ちょっと来てよ」


 ギルドマスターの部屋から出てきたヨハンが俺を呼びにきた。なんだよ、さっきまでツアとなんか話があるとか言ってなかったか?

 ギルドマスターの部屋にはツアの他に何故かオルガとオベールがいた。そして、もう一人知らない人がいる。


「王都神殿からの使者だ。異例中の異例であるが、なんと予知見がこの短時間でまたあったらしい」


 オルガは憮然とした表情で座っている。オベールは若干笑いを堪えているように見えるのは気のせいだろうか。ツアに紹介された使者はこう言った。


「予知見の内容は、王国を危機に陥れる魔王の降臨は辺境の迷宮の最深部にある星のコアを体に埋め込んだ者が阻止するでしょう……という事でした。しかし、聞いた話によるとすでに魔王の降臨は阻止されたようですね」


 なんてこった。いつのまにやら俺たちは魔王の降臨を阻止していたらしい。というよりも予知見の内容が前と比べてやけに詳細なのが気になるけど、まあ終わった事だから良しとしようか。これでヨハンも無事に役目を終えることができたというわけだ。

 オルガが何やらすごい顔をしているが、そんなに俺たちに先を越されたというのが嫌だったのだろうか……あ、違うわ。これ例のぶっさいくな巫女と結婚させられるんじゃないかと思ってるんだろうな。だからオベールは笑いをこらえきれてないのか。


 使者は用件を伝えるとすぐに王都へと帰るという。既に魔王の降臨が阻止され、辺境の迷宮の最深部にいた悪魔たちが掃討された事を王へ伝えるというのだ。


「あなた方はあとからゆっくりと凱旋されるといいでしょう」




「終わったのか」

「うん、本当に助かったよ。ヒビキ。」

「いや、魔王が降臨したら俺たちも困るしな」


 これでまたヨハンとも当分はお別れである。ヨハンは肩書だけとはいえ騎士団長であり、用事が終わったら王都に帰らなければならない。俺もジジイも王都にはいくつもりがない。


「楽しかったな」

「うん、寂しいね」


 これでパーティーは解散となるのだろう。皆はどうするつもりなんだろうか。


 その日はお互いにこれからの事を話すことはなく、くだらない雑談をしながら食事をとった。誰もが別れを切り出すのが嫌だったようで、どの顔も寂しさを押し隠していた。だが、別れは必ずやってくる。翌日の朝、ヨハンが切り出した。


「目的が達成できたので、これでパーティーを解散するよ。僕は王都に帰る。ヒビキとライオスは付いて来ることはできないけれどね。オルガとかオベールたちも王都に帰るみたいだ。連れて行ってもらう事にしたよ」


 さすがに王都神殿の精鋭たちがずっと出払っているわけにはいかない。ヨハンが彼らに連れて帰ってもらえるというのなら安心である。


「ワシはの……ちょっと研究したい事があるでの。どこかに塔でも作って引きこもるとしよう」


 ジジイがいきなりそんな事を言い出した。


「では、僕も師匠とともに……」

「コスタ、お主は修行の旅に出てもうちっと強くなるのじゃ。そうじゃの、もうひとつくらい迷宮を踏破したら呼んでやる」

「そんなっ!?」

「大丈夫じゃ、転移テレポートくらいは教えてやるでの」


 正式に弟子となったコスタはがっくりきたようだ。だが、コスタは新たな目標を与えられた。これから冒険者としてどこかの迷宮を探して実力を磨けばいい。ジジイが認めるくらいであるから、その内不死イモータルを使うことのできるほどの大魔法使いとなるに違いなかった。だが、コスタは不死イモータルを使わない気がする。


「だったら、私もコスタについて行こう……かな」


 ミルトがそう言った。信じられないという顔をコスタはしている。やっぱり、こいつらデキているじゃねえか。第9階層で変な気を起こさないで本当に良かった。あ、コスタがミルトに抱き着こうとして回し蹴りを食らって吹っ飛んだ。


「私はさすがにここを離れられません」


 エオラはそう言った。迷宮のぬしとしてではなく、大切な人の墓がある迷宮を離れるつもりはないのだという。


「俺は……」


 俺は答えを出すことができなかった。これから、どうしよう?




 ***




 ヨハンたちが出て行ったあと、コスタとミルトは次の迷宮の標的を決めて旅立とうとしていた。近くまではジジイが転移テレポートで送るらしい。


「じゃあの、ワシは興味がある事ができたからのう。これからどう生きればいいかはもう迷わん」

「羨ましいな、おい。あの以前の死にそうなジジイとは違うじゃねえか」

「ふん、立場が逆転じゃのう」


 当分の間はジジイのお目付け役として生きていくつもりだった俺は、ジジイが新たな目標を手に入れてしまったためによく分からん事になっている。


「ふん、お前さんにも関係がないわけじゃないからのう。すぐに転移テレポートでそっちに向かうかもしれんがの。その時は快く協力するんじゃぞ?」


 なんだよ、それ。


「ヒビキ様、ここに残ってもいいんですよ?」


 エオラはそう言ってくれる。ここにはツアもいる。だが、すでに踏破された迷宮でしかもエオラが迷宮のぬしであるという環境に俺がいる意味を見いだせなかった。


「ごめん」

「……いつまでも、待ってます」


 エオラは途中で耐えられなくなって転移テレポートで迷宮に帰っていった。おそらく泣いていたのだろうが、泣いている所を見られたくなかったのだろう。最後まで想いに応えてあげられなかったという罪悪感がある。が、年齢の壁は思ったよりも高かった、というより年齢差が思ったよりも高かった。ごめん、エオラ。


「で、どこに行くの?」

「さあ、どこに行こうか」

「意外と、そういうのは嫌いじゃないわよ。とりあえずは西にはもう町がないから東に向かう?」

「おう……というよりも他に道がないな」


 そして消去法で残った二人は、冒険者として生きていく。お互いにこの二人だけで行動する事になるとは思っていなかったけど、意外といい組み合わせかもしれない。




「その前に、ローブ買ってきていいか? 着てないと違和感がある」

「なによ、また動きにくくて怪我するわよ。回復魔法は1回20ゼニーだからね」






「ローブを着た戦士と鎧をつけた魔法使い 辺境の迷宮編」  完









 *******


 本田紬です。ローブを着た戦士と鎧をつけた魔法使い、ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。

 この小説は「小説家になろう」でも掲載されており、実はあちらの方ではこの続編が続いています。しかし、お恥ずかしい話ですが、続きが途中で書けなくなってしまっています。それは他の作品を書いていたり仕事が忙しかったりだとか色々と理由はあるのですが、書く気があまりなくなってしまったというのが正直なところでしょうか。だいたいの続きの構想はありますので、いつか書くかもしれませんが、物語として完成しないというのはあまり良いことではないですね。

 そういうわけで、大変申し訳ございませんが、こちら「カクヨム」でこの話はここで完結とさせていただきます。


 そのうち書かないと駄目なのはわかってるんだけどねぇぇぇぇぇぇ( ゚Д゚)ゴメン

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ローブを着た戦士と鎧をつけた魔法使い ー引きこもりの大魔法使いを戦士に転職させたので俺も魔法使いに転職してみるー 本田紬 @tsumugi-honda

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