第53話 邪魔
前回のあらすじ!
エオラの使い魔から護符をもらったヒビキはなんとかアモンを倒すことに成功する。しかし、その時の戦いでミルトが魔法の直撃をくらってしまった。ミルトを抱きかかえヒビキは歩き出す。障害となるものは全て斬るつもりで。
*******
大部屋の先の通路には魔素が充満していた。アモンを倒した事が悪魔たちには伝わっているのだろう。だが、そんな事は知ったことではない。
「ヒビキさん……私は置いていってください……」
腕に抱き上げたミルトが囁く。だが、俺はそんな頼みを聞くつもりはなかった。アモンの剣は鞘があったために腰につけている。両腕に抱えたミルトは火傷でいたたまれない姿になっていた。とっさにかばった顔が無事であるのは、幸運だったのだろうか。
「ミルトは俺の帰る所になってくれるんだろう? すぐに治してもらおうな」
頭の中を支配しているのは怒りの感情だった。何故ミルトがこんな目に合わなければならないのか? それは全て悪魔たちが悪いんだろう。奴らは許せない。斬るしかない。向こうの事情なんか知ったことではない。ミルトを救う邪魔をするならば、視界に入った悪魔を全て斬るつもりだ。
広間に出た。大部屋とほとんど同じ程度の広さだった。そして、魔素から感じた通りにベヒモスがいた。1体だけらしい。通路の入口でミルトを下ろした。ここで待つように言う。コクンとミルトが頷くのを見て微笑み返す。そして、振り返る。ベヒモスまで近づくと、俺の持った剣は何の迷いもなくベヒモスの頭部を貫いた。頭の中は怒りで支配されていたが、体には何の感情も宿っていなかった。
「邪魔だ」
俺がベヒモスにかけた言葉はそれだけだった。慈悲などない。感情をのせない剣を、ベヒモスは見切ることができない。させるはずもない。大剣を振りかぶった姿勢のままでベヒモスが仰向けに倒れていく。その向こうから、数体の悪魔が駆け寄って来るのが見えた。
「邪魔をするならば、斬る」
誰にも止められない。止めさせはしない。俺が覚えているのはここまでだった。
***
「ミルトはどうなんだ!?」
「ヒビキ様に抱かれてこちらに向かっているわ。全身に火傷を負っているけど、まだ意識はあるみたい」
「すぐに助けに行かなくては!」
「コスタぁ……落ち着けぇ……」
「ライオス! あなたが落ち着きなさいよ! 魔力が漏れてるわよ!」
第9階層入り口。ヨハンがオベールに頼んでオルガたちを一旦ドワーフの集落まで後退させた。でなければライオスが魔法を使う事ができなかった。この日のために時刈りの杖と大魔法使いのローブを着たゴダドール=ニックハルトが護符に
相手はアモン。ここにいる悪魔の中でももっとも厄介な相手である。アモンの機動力のせいで他の悪魔に止めを刺せなかったことが何度もある。速度も速く近距離戦も魔法も使える、かなり強い悪魔だった。それがヒビキたちに襲い掛かっていた。
声にならない悲鳴を上げたエオラだったが、アモンの魔法が放たれる前にヒビキは使い魔の背に張ってある護符を剥がし、アモンを斬った。しかし、アモンの死を確認せずにヒビキが向かったのは魔法で焼かれたミルトの許であり、そのミルトを抱きかかえヒビキは歩き出した。目指す方向は、こちらである。そのヒビキの顔には何とも言えない狂気が宿っていた。
「ヒビキ様がアモンを倒してこっちに向かってる。このままだとベヒモスと接触するわ」
「その前に奴らを突破するぞい。来い、コスタ」
「はいっ、ライオス師匠」
入り口付近にはベヒモスもアモンもいなかった。主力はバフォメットのみのようである。ベヒモスという壁がいない今、バフォメットを攻撃することは容易かった。エオラヒテの
「ベヒモスとアモンがいないだけで、なんとか突破できそうだな」
2体目のバフォメットの魔法が繰り出される。それを過度な
「おかしい、いつもならばもう少し悪魔が加勢に来るはずだがのう……」
焦りからか、ライオスの額には汗がにじんでいた。
「つべこべ言わない! さっさとこいつをやっちゃってヒビキ様のところへ行くわよ!」
2発目となる
「急ぐぞい!
全員に
だが、そこに待ち構えていたのは一人の男だった。ライオスたちの姿を見て、意識を失う。倒れこむその男を支えたのはライオスだった。エオラヒテたちもすぐに駆け付ける。意識を失ったヒビキが指差していたのは通路の近くに座っているミルトの方角だった。
「ヒビキ様! よくぞご無事で!」
「ミルト! ミルト!」
「ちょっと、ヒビキも怪我してるんじゃないの!?」
周囲には数体の悪魔が地に伏せていた。中には両断されたものもあるようである。徐々に体が崩壊して媒介が姿を現すようだった。すぐさまミルトに回復魔法がかけられる。あっと言う間に火傷がもどっていく。
「ありがとう、もうだめかと思ったよ……」
ミルトはずっと意識がある状態だった、ぼんやりとヒビキが悪魔たちと戦っているのを見ていたのである。その、自分自身の命を削るような戦い方を見て、ミルトは自然と涙していた。諦めかけた時、ヒビキが全ての悪魔を斬り伏せた。だが、ヒビキはそのまま倒れてしまった。
「ヒビキさんは……」
「大丈夫じゃ、意識を失っとるだけじゃい」
さっきまでは焦りで魔力が周囲に漏れていたライオスであるが、すでにもとの状態に戻っている。いつの間にか、仲間の存在が大きくなり、危機が近づくだけで狼狽えるようになっていた。こんな事は100年ほどなかったはずである。
「何にせよ、無事でよかった」
「コスタにも心配かけたね……」
若い魔法使いの頬に手を当ててミルトが微笑んだ。
「とりあえず安全なところにまで戻ろうよ。悪魔たちがまだいるかもしれないしね」
意識を失ったヒビキと、回復したばかりのミルトをかばいながら一向はドワーフの集落を目指すことにし
たのである。仲間を一人も失わずに済んだという安堵とともに。
しかし、ライオスだけはある事に気を取られていた。
「この切れ方は……見たことがないのう」
両断された悪魔を見て、ゴダドール=ニックハルトが笑う。
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