「e-百物語」

霜露雫

01. 「e-百物語」

今でも年に数回会う程度に付き合いがある、学生時代の友人から聞いた話です。


システムエンジニアをしている友人には、仲のいいFさんという同僚がいました。二人はいくつか共通の趣味があったのですが、そのうちの一つがネットで見つけてきた実話系の怖い話や都市伝説を読むことでした。


ある日の雑談中にFさんが、「今度の仕事でAIの知識が必要になったので、家で自習のためAIを使ったアプリを作り始めた」と話し始めました。これまで自分でネットから集めた大量の怪談をサンプルとしてAIに学習させ、これまでにないオリジナルの怪談を生み出そうというのです。

AIでそこまでできるだろうかと友人が軽く疑問をぶつけると、Fさんは苦笑して、実は生成した怪談も矛盾していたり、前後の文章が全くつながっていなかったりと、まだ人に見せられるほどの完成度になっていない、と打ち明けました。まあ半分は勉強のためだし、しばらく試行錯誤してみるよ、と。


その後、プロジェクトの都合でお客さんの会社に常駐(じょうちゅう)することになった友人は、会議のため久しぶりに自社へ戻った時、少しやせたFさんに会いました。仕事が忙しいのかと聞くと、仕事は大したことはないが、前に話した怪談生成アプリが順調に進み始めたので、面白くて寝る間も惜しんで改良を続けているのだと答えました。

「ちょっとした発想の転換で、怪談を生成させるための鍵になる処理方法を見つけたんだ。おかげで二十本のうち一本くらいは、それなりに怪談らしい話が生まれるようになったよ。この調子で大量に怪談が作れるようになったら、テキスト読み上げソフトに連続で朗読させて、PC上で勝手に進む百物語をやろうと思ってるんだ。いや、せっかくだから十倍速で再生して千物語っていうのもいいな。一夜のうちに百話を語ると何か恐ろしいことが起こるらしいけど、千話ならどれだけ恐ろしいことが起こるのか、楽しみだと思わないか」

暗い部屋の中、人間には聞き取れないほどの高速でひたすら怪談を流し続けるPC……そんな光景を想像して友人は少し寒気を感じながらも、自信作ができたら是非聞かせてくれと言って、その場は別れたそうです。


やがて友人のプロジェクトは予定通り完了し、再び自社勤務に戻る日が来ました。さっそくFさんに怪談生成アプリの調子はどうかと聞きたかったのですが、姿が見えません。午後遅くになって、友人は上司に呼び出されました。実はFさんがここ数日無断欠勤しているので、彼の家に何度か行ったことのある友人に様子を見てきてほしいというのです。


Fさんはアパートに一人暮らしでした。Fさんの部屋は一階の端でしたが、窓はカーテンが閉まっていて中の様子は分かりません。玄関ドアの郵便受けにはチラシが大量に突っ込まれていて、しばらく不在にしているように見えます。ドアを叩いて何度か呼びかけても返事はなし。ドアに耳を押しつけると、中から女か子供のような甲高い声がかすかに聞こえましたが、何を言っているかまでは分かりません。


幸いすぐ隣りが大家さんの家だったので事情を話すと、念のため警察を呼んでから一緒に室内を確認することになりました。十分ほどして若い巡査が自転車でやって来ると、大家のおじさんが合鍵でドアを開き、三人そろって中に入りました。


しかし、Fさんの姿はどこにもありませんでした。


六畳の部屋に入って電気をつけると、部屋の真ん中に置かれた背の低いテーブルの上で、食べかけのカップラーメンが腐った臭いを放っていました。右側の壁には小さな出窓があって、窓の手前のスペースに財布、部屋の鍵、スマホがきれいに並べてあります。部屋の隅の机の上ではPCが起動したままになっていて、スピーカーから甲高い早送りの音声が流れ続けています。それがFさんのアプリによって生成された怪談だろうと、友人にはすぐに想像がつきました。


ひとまずFさんが部屋で亡くなっていなかったので大家さんは安心していましたが、部屋の様子からすると、食事中に財布もスマホも持たずに姿を消してしまったように見えます。しかもフローリングの床の上には、部屋の真ん中あたりから出窓に面した壁際まで、両手の爪で引っかいたような跡が四本ずつ残っていました。そこで友人は巡査に、誰かに連れ去られた可能性があるのではないかと訴えかけましたが、何も持たずに突然ふらっと家出してしまうケースはよくあり、この部屋の状況だけでは事件性があると断定できないので、まずはご家族から捜索願を出してもらってください、と笑顔で否定されてしまいました。


巡査が帰り、部屋には友人と大家さんが残されました。

PCのディスプレイに映るデスクトップには一つだけアプリが起動して、早送りの音声を途切れることなく再生しています。「何でしょう、この嫌な音。止められないですかねえ」と大家さんが言うので、友人はこれが早送りで再生された怪談であることを説明しながら、アプリを終了させようとマウスやキーボードを操作しましたが、全く反応がありません。

どうやらOSが暴走しているらしいと判断した友人は、仕方なく本体の電源ボタンを押しました。が、それでもPCは止まりません。


友人が悪戦苦闘している間、大家さんは暇を持てあましているのか、しゃがみ込んで床の爪跡をじっと見ているようでした。そこで友人は、電源プラグを抜いて止めるため、コンセントに刺さっている線のうち、どれがPCにつながっているか探してほしいと頼みました。大家さんはデスクトップPCの裏から伸びた電源ケーブルをたどりながら、ひとり言のようにこんなことをつぶやきました。

「変なんだよ。この爪の跡なんだけどね、壁のところから部屋の真ん中に向かってると思うでしょ。よく見たらね、逆。部屋の中から壁の方に引っかいてんの。でもね、こんな壁際まで爪が来てるってことは、体はもう壁を突き抜けて外に出てないとおかしいでしょ。壁をするっと通り抜けて、一体どこへ消えちゃったのか……」


その時、流れ続けていた音声の調子がおかしくなり、さらに高速になったかと思うと、今度は牛の鳴き声のように低速になったりし始めました。薄気味悪く思った友人が、「こっちで止められないんで、電源を抜いちゃってください」と大家さんに声をかけた時です。音声が急激に普通の速度に戻って、何とも陰気な、こもったような男の声が、こう言いました。

「このはなしを おわりまで きいた ひとは じごくに ひきこまれる そうです」


その途端、PCの電源が切れました。飛び上がりそうなほど驚いた友人の横には、大家さんが、引き抜いた電源ケーブルを手に持って、青い顔で立っていました。

「今日はもう、ここまでにしておきましょう」

大家さんの言葉に即座にうなずいて、友人は大家さんと先を争うように部屋を出たそうです。


アパートの契約時にFさんの父親が保証人になっていたこともあり、Fさんのご家族には大家さんから連絡して頂くことになりました。友人が会社に電話してこれまでのことを報告すると、今日はそのまま帰宅してよいとのことでした。

帰ろうとする友人に、最後に大家さんがぽつりとこう言ったそうです。

「わたしら二人は大丈夫ですよね……引き込まれたりしませんよね……」


友人から聞いた話はここまでです。

Fさんや彼の作った怪談がその後どうなったのかは、分かりません。

実はこの話を聞いた後、友人からは一年近く連絡がないのです。

こちらから連絡するのも、何だか怖くて気が進みません。もしかして友人も、いつの間にか姿を消してしまっているかもしれないと思うと。

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「e-百物語」 霜露雫 @smty_szk

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