第1話(Ver.1.3)

 俺の両親は、俺がまだ小さい頃に亡くなった。

 車数台が絡んだ大事故だったらしい。当時の事をはっきりと覚えていない俺だが、連日流れたニュース映像は断片的だが鮮明に覚えている。


 二人はちょうど、結婚記念日だかの旅行に行っていた。

 祖父母の家にたまたま俺が預けられ、今日まで生きている。

 一人生き残った事が幸か不幸か、16になった今でもハッキリしない。


 祖父は古風な人物で、それ故とても厳しかった。

 それとは対照的に、祖母は優しく接してくれた。

 そして祖母は、ずっと俺に「人を恨まず、誰にでも優しく」と言い聞かせた。


 将来の夢。というのも、特段決まっている訳ではない。とりあえず高校、大学と出で、その中で決めていくつもりでいる。


 これが、11月の冷え込んだ朝の大通りを、一人静かに歩く俺――北条凪也ほうじょう なぎやの16年の人生だ。



「おせーぞ北条!」

 正門をくぐるや否や、大声と共に一人の生徒が駆け寄ってくる。

「遅いも何も、いきなりお前が呼び出したんじゃないかよ……」

「あ? しょうがないだろ? 他に頼めるような奴もいないしよ」

 彼は別所俊輝べっしょ としき。適当そうに見えるが、コレでも一応生徒会。

 そしてこいつはクラスメートでもあって、俺が頼みをなかなか断れない性格だというのを知っての上で、何かと雑務を押しつけてくる奴でもある。

「それで? 今日はどんな雑用をやれと?」

「流石は北条、話が早いや」

 彼はそう言いながら、右手に持ったプリントの束を笑顔で俺に渡して来た。

「これ、手伝ってくんね?」


 いつだかに行ったアンケートの集計を手伝わされた俺は、結局あれから朝礼までずっと作業をしていた

 もちろん全ては終わらなかったが、残りは俺を巻き込ませた別所に笑顔で返しておいた。

 睡魔に襲われつつも4時間を乗り切り、クラスは授業の真面目な空気から一変、昼休みの和やかなムードへ変わって行く。

 そんな俺も昼食をとろうと弁当を取り出そうとした時、前の席から聞き慣れた声が聞こえてきた。

「凪也お疲れー。アンタの前、別に座ってもいいわよね?」

 声の主は長門詩乃ながと しの。昔からの幼馴染で、席は離れているのにわざわざ俺の席に来て昼を食べるなど、また面倒な事に巻き込まれる予感がした。

 普段から一緒に昼食を食べている別所をちらりと見る。彼は昼休みに入ったのにも関わらず爆睡をかましていた。睡眠時間がそれだけ短いのか、ただ単に先の授業がつまらなかったのか……。


「それで? 今日は、どういった御用で?」

 箸を動かしながら、単刀直入に俺は聞いた。

「またあおいの家に誘われたんだけど、アンタはどうする?」

 葵、というのは、俺と詩乃の中学からの友人。彼女も俺たちと同じ高校に進学したのだが、一つ違うのは彼女がエリートクラスに進学したという事。

 それを言えば詩乃がここにいることもおかしいのだが……気にしないでおこう。

「別に俺は、どっちでもいいけどさ」

 俺が葵に直接誘いを受けることは少ない。というか、このように誘いを受ける前に詩乃から聞かされるパターンがほとんどなのだが。

「それじゃ分かった。とりあえず葵にはアンタも来るって伝えとくわね。……それと、アンタの友達、起きたみたいよ?」

「おいおい……。別に北条とだけじゃなくてさ、俺とも友達だろ? な?」

 そこにはいつの間にか、弁当片手に立っている別所の姿があった。

 クラスメートは、俺と詩乃が小学校以来の幼馴染だという事を知っているためか、このように話したり飯を食べていたりしても特段気にすることはない。入学当初は、エラい騒ぎになった記憶もあるが……。

「別に私、アンタの事はただのクラスメート、としか考えてないわよ?」

「……そースカ」

「それじゃ、私はこの辺で。凪也、忘れないでよね?」

 そう言い残して、彼女は弁当箱を自分の机において、教室を出て行った。

「……お前は、俺の友達だよな?」

「…………うん、ダイジョブだよ?」

「今の間は何っ!?」

 こうして今日も変わらず、平和な一日が過ぎていく。



「あ、やっと来た。いつまで待たせる訳なの?」

 人通りの少なくなった校門を抜けてすぐ、詩乃が声を掛けてきた。

「俺が遅いんじゃなくて詩乃が早いんだろーが……。悪ぃな葵、待たせたみたいで」

「ううん、全然待ってないし大丈夫だよ」

 この、ちょっと大人しくて、詩乃とは対照的に丁寧な言葉使いなのが葵。

「ま、こんな場所で立ち話も寒いし、早く行きましょ」

 確かに季節は11月。太陽もうっすらオレンジ色で、たまに吹く風も少し肌寒い。

「あ、そーだ葵。いまやってる英語がよく分からないからさ、後で教えてくれる?」

「大丈夫だよー、家に着いたら出来る限りで教えてあげるね」

 やっぱり姉妹みたいだなーなんて思いながら、俺は二人の後について歩いた。


「おじゃましまーす」

 通い慣れた葵の家は、ごく普通の一軒家。玄関の先に戦国武将が着けているような鎧が置いてあったりと、少し変わった家ではあるが。

「それじゃあ、ちょっとここで待っててね」

 いつも集まるリビングには、今日はコタツが出されていた。温まっているうちに、着替えを済ませた葵が戻ってくる。

「それでさー、ここなんだけど――」

「あっとね、ここはこれがこうなってね――」

「あれ? ここってこうじゃないのか?――」

 勉強の得意な葵に、分からない所を教えてもらう俺達。

 中学の頃と何も変わらない、いつも通りの日常。

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魔女狩り戦線 逢川ヒロ @Aikawa_Hiro

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