十一

 星空にヒト座はない。


 空を見上げてもヒトに会うことはできない。


 しかし宇宙には現在数百万人のヒトがいて、その生物は地球という惑星で生存し続けている。


「これが最後の通信になるかもしれません」


 そのメッセージを受信したとき、テリーは動揺しなかった。そのときが来ることは覚悟していたし、それは地球が本当の意味でテリーの影響下から離れることを意味していた。


「発電装置の一つが壊れて、この通信を止めることに決まりました。もし修理できたら、そのときはもう一度通信します。だから今まで通りの受信は続けてみてください」


 すっかり聞き慣れたティーナの声も、いくらか歳を重ねている。テリーとの会話を通じて、彼女は古い時代を最もよく知る人間になったことだろう。ユウリの言葉を借りるなら、宇宙に飛んでいる光が宇宙ステーションであることを知ってしまった人間であり、文明の喪失を理解してしまった人間ともいえる。


 しかし彼女の声に悲しみは感じられなかった。


「これまでいろいろありがとう、テリー。あなたが宇宙の果てで何を見つけるのかわからないけど、そこで幸せな時間を過ごせることを祈ります」


 テリーは短い手足を器用に伸ばして、マイクのスイッチを押す。


「こちらテリー、ぼいにゃー3号。受信しないかもしれないが、念のため」


 テリーは自分が最後に何を伝えたいのかと次の言葉を探す。


「通信が終わるのは残念でもあり、喜ばしいことでもある。ようやく人類が自分の力で歩む時が来た。ネコのためではなく、ヒトのために」


 そう言って彼女に通じるかはわからなかった。あのユウリでさえ理解できなかったことだ。農夫の娘と聞いているティーナにわかるわけもない。


「ティーナ。君たち人類が宇宙の果てで何を見つけるのかわからないが、そこで幸せな時間を過ごすことを祈っているよ」


 人類を切り離して地球ごと吹き飛ばしてしまって、本当によかったのだろうか。


 その答えはテリーにもわからなかった。テリーにしてみても、生命と進化の波が呼びかけていた声に従っただけだ。確信があったわけでもない。


 テリーの祈りは電波に乗って、遥か遠くの地球目指して発信される。無数の星々を写した画像とともに。その写真の中央には、一等星よりいくらか強く輝く太陽の姿がある。


 その光景を望むテリーの背に、久方ぶりの生命のざわめきが聞こえた。

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ぼいにゃー3号 早瀬 コウ @Kou_Hayase

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