一台のジープが荒野を走る。凹凸の激しいアスファルトは道と呼ぶこともできなくはない。当然、かつて存在していた自動運転システムは切られている。


 ハンドルを握る女性の名はティーナと言った。

 視線の先に巨大なパラボナアンテナが現れる。


「またかー」


 舌打ちとともにティーナは声を漏らす。車を止めてマスクをつける。後部座席からシャベルを取り出し、勇ましく担いで砂の山に向かう。


 風で運ばれた砂が操作室の入り口を塞いでいる。砂をひときしてけるだけで、額には汗がにじんだ。せめてマスクだけでも外せればとよぎったが、それが無茶な望みであることは承知していた。


 第一扉を開くと、中にも砂が侵入している。しかし第二扉を開くのに支障はなさそうだ。気密仕様になった第三扉の前にはほとんど砂もない。20年以上も前に建設された施設とは思えない防塵ぼうじん性には、ティーナはいつも驚かされた。


 今一度体の砂をはたき落として、第三扉を開く。外より幾分暑い空気に気勢きせいがれたが、それもいっときの辛抱と知っていれば、そう苦でもない。


 ティーナがスイッチを順に弾くと、次々に方々から動作音が聞こえる。


「通電確認。1番緑、2番緑……」


 マスク越しのくぐもった声が誰もいない操作室に響く。しばらくして8番目の緑を読み上げると、ティーナはマスクを外した。


「ふぃーっ、暑かった……」


 気密された空間には快適な空気が満ちていた。しかしティーナはそれがどういう原理で実現しているのかを知らない。


 手袋を外すと、胸元の防塵ケースから親指ほどの記録端末を取り出す。対応する差し口にそれを指すと、また一つ緑のランプが点灯した。


「間に合ったかな」


 ユウリ・カレンダーに間違いがなければ、そろそろ声が聞こえてくるはずだった。といって、ティーナに猶予は1時間しかない。それ以上この大型施設を稼働すれば、街の住民の命にも関わる。

 それでもこの通信を聞き届け、その内容を街に伝えるのがティーナの仕事だ。


「こちらテリー、ぼいにゃー3号。まだこれを聞く地球人類はいるかな」


「きたきた」


「日に日にどれが太陽かを見極めるのも難しくなってきた」


 テリーと名乗る声が何者なのか、ティーナはよく知らない。仕事を任されたとき、それはウチュウネコという特別なネコだと説明された。もう30年は生きているとか。


 ネコが30年も生きるわけはないし、話すわけもない。テリーは本当は人間に違いないとティーナは考えていた。


「さてティーナ、先日受信したメッセージに返事を。ウチュウネコは白い綿のようなホワホワしたネコだ。言葉が話せて、手足が短い。地球に降りたことはないから、実は四つ脚で立ったことがない。その代わり宇宙を自由に泳げる」


 まるで絵本のようだ。この目で見るまでは、そんな生き物がいるなんてとても信じる気にはならない。


「生命の波も感じない静かの海で、まだこうしておしゃべりできることを嬉しく思う。通信以上。また2ヶ月後に」


 テリーの方でも電源は多くないらしい。通信はいつもほんの1分にも満たなかった。もちろん、電波をして数時間かかる距離にいて、テリーと本当の意味で会話するのは難しい。


 ティーナはマイクの下にあるボタンを押す。


「こちら地球、無事にメッセージ受信しました。こちら地球もつつがなく暮らしています。日に日に砂は増えていますが、大きく変わりありません。今日テリーに尋ねたいことは、なぜ人間でもないあなたが私のお父さんやお母さんでも行けなかった宇宙に行けたのかということです……」


 その他愛もない雑談を乗せた電波は遥かな暗黒の宇宙を渡っていく。遥か遠くにいるというテリーの元へ向けて。

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