魔法使いの小さな幸せ

 使い魔のレイヴンに眠りを妨げられて目が覚めた。

「おい、いい加減起きようや」

「んー……」

「だらしねえ……。もう昼だぜ」

「分かったわよ……」

 もぞもぞとベッドから這い出て居間に移動する。椅子に座ってから、待っていても朝食が出てこないことを思い出した。

 せめてコーヒーくらいは淹れよう、と思っても身体は動いてくれない。結局テーブルに突っ伏して固まった。

「はあ。日に日に生活能力が無くなってやがんな。終いにゃ死ぬぞ」

「別にいいわよ。どうせ一人だし……」

 ルカが村へ帰って、私は一人で暮らしている。


「私、一度村へ帰ろうと思います」

 協会から帰ってくる前日の夜、ルカが初めて我が儘を言った。

 本当は、駄目だと言いたかった。あんな村に帰る必要は無い、ずっと家にいればいいと言いたかった。

 だが本当は分かっていた。それは私の我が儘で、そんなことを言ったらルカの決意を邪魔することになると。

 だから私は、好きにしなさいと言って一人帰ってきたのだ。

「んで、その結果がこれかよ。お嬢が帰ってくるまで保つのか」

 協会本部から戻ってきてから、どこまでも堕落した生活を送っていた。食事は町の喫茶店や酒場で済ませて、日中何をするでもなく無為に過ごして眠りにつく。起きる時間も徐々に遅くなり、今ではレイヴンが騒がない限り目覚めない。

「……帰ってくるかしら」

「一度帰る、って言ったんならまた戻ってくるってことだろ」

 こんな師匠の下に、わざわざ帰ってきてくれるのか。もう戻らないとは言いづらかっただけなんじゃないか。

 ルカだけじゃない。ミラはまだ協会本部にいるらしいけど、ここに戻るとは限らない。前の師匠の家もあるし、協会に残る道だってある。

 嫌な考えが頭から離れなかった。また私は一人でこの家に閉じこもって、寂しく生きていくのか。

 その時、扉が現れて誰かが入ってきた。

「あらあら。ちゃんと生きてる?」

「……なんであんたなのよ」

 現れたのはフレイだった。その後ろからアーシャも顔を覗かせている。

「ルカちゃん、まだ帰ってきてないの? ていうか、ちゃんとご飯食べてる?」

「あ、私何か作りましょうか」

 返事を待たずにアーシャが台所に向かう。冷蔵庫を開けて食材を取り出し、てきぱきと料理を始める。

「あーちゃん、最近はどんどん料理のレパートリー増やしてるのよ。ルカちゃんに影響されたみたい」

「そう」

「ルカちゃん、いつ頃帰ってくるの?」

「さあ」

 突然押しかけてきて、自宅の如く寛ぐフレイに辟易する。横目でレイヴンを見るが目をそらされる。相手を押しつけたいのはお互い様らしい。

「アーシャ。もう料理は出来るのか」

「いや、そんなすぐには」

「じゃあそこまででいい。交代だ」

 レイヴンがアーシャの手を止める。交代って、烏に料理は出来ないだろう。何を言っているんだ。

 そう思っていると、再び玄関の扉が開いた。

「ただいま帰りました!」


 家の扉を開けて挨拶をする。

 まず目に入ったのは驚いた顔のエリザさん。そしてその向かいに座るフレイさんと台所にいるあーちゃんに、天井から吊された鳥籠に入っているレイヴン。

「あ、もしかしてお腹空いてますか。すぐ何か作りますね」

「え……、あ、ええ、お願い」

 荷物を床に置いて台所に向かう。あーちゃんが途中まで準備してくれていたようで、その後を引き継ぐ。

 エリザさんが戸惑った顔をしていて、フレイさんはそれを見てくすくすと笑っていた。

 思っていたよりも長く家を空けてしまったので、その分ちゃんとしたものを作らないと。


 正式に魔法使いになったことを報告したくて村へ帰った。

 村の皆は私を見てびっくりしていたが、すぐにいつも通りに話をしてくれた。村を出てからのことを村長達に根掘り葉掘り聞かれて、一つ一つ答えているうちに数日が経った。私の住んでいた家はそのまま残してくれていたので生活には困らなかったけど、さすがにそろそろ帰らなければと引き留める皆を振り切って村を出てきた。

 最後に、私の家は旅人にでも使わせてあげてと言い残してある。もうあの村には私の帰る家はない。時々は里帰りするつもりだけど、私の家はもうここだから。


 村でのことを思い出しながら料理をして、だいたい出来上がってきた時、扉をノックする音が聞こえた。

「お客さんですか? ご飯足りるかな」

「足りるでしょ。それ何人分作ってんのよ……」

 あーちゃんが呆れたように突っ込む。久々だから気合いを入れすぎてしまった。二、三人増えるくらいならちょうどいいか。

 ノックの後、返事を待たずに扉が開いた。

「なんでうちに来る奴はみんな勝手に入ってくるのよ」

「あなたが出迎えないからでしょう」

 そんな二人のやり取りを聞きながら現れたのは、ミラさんとリードだった。

「えーっと、お邪魔します。いや、ただいま?」

「すいません。声が聞こえたので入ってきてしまいました」

 二人とも今まで協会本部にいて、一緒にこちらへ向かってきたらしい。

「ちょうどご飯できました。みんなで食べましょう」

 テーブルの中心にどん、と鍋を置く。ミラさん直伝のキムチ鍋だ。

 良い匂いがしたせいか、エリザさんのお腹が大きく鳴った。

「……なによ、悪い?」

 不貞腐れるエリザさんに皆が笑う。

 それを聞いて、やっと帰ってきた実感が湧いてきた。エリザさんがいて、お世話をして、皆で笑い合う。村を出てエリザさんに着いてきた、あの日の選択は間違っていなかった。

 私の幸せはここにある。

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魔法使いの小さな幸せ 暗藤 来河 @999-666

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