第2話 地竜神様は光竜神様と再会するそうです

 ——王都リュミヴィール。


 フィス大森林に2分されている大陸の北半分を領土としている人間の首都であり、最大の都市である。


 そのリュミヴィールで有名な建築物が三つある。


 一つはリュミール学園。

 この都市の名前の由来ともなっている初代勇者が創立した人間の学園では最大の学園である。

 剣術、槍術、弓術等の武術や魔法などの戦闘術、動植物や魔物、歴史、魔法等の教育、及び研究等幅広いことを行っており、その敷地は広大である。


 二つ目はリュミール大図書館。

 学園と同じく初代勇者が建設した人間のどころか世界でも最大の蔵書数を誇る図書館である。

 現在ではハイエルフの女性が司書として管理している。


 そして、三つ目は光竜大神殿。

 人間達に信仰される四竜神が一柱 光竜神 ルーティスが御座す神殿である。

 王城よりも大きな神殿は聖騎士と呼ばれる騎士の中でもさらに実力のある者達が守護している。

 彼らは年に一度行われる剣術大会で優勝した者達であり、聖騎士に任命と同時にルーティスより加護を賜わっている。


 聖騎士と共に光竜神たるルーティスの元に集まった光竜達も集まっている。


 この大神殿では人間と戦争状態にある魔族に関する仕事をしている。

 魔族に関しては国王より高い権力を有している。

 しかし、実際はルーティスが政治に口を出すことも少なくはない。


 大神殿には聖騎士以外にも神殿らしく聖職者や実務を行う者達が仕事をしている。

 また、人間側の最高戦力である勇者もここで暮らしている。


 勇者とはルーティス自ら魔力、武術、人格などで1番優れた人物を選び、聖騎士に与える以上の加護を与える存在である。

 魔族側に同じ存在として魔王が存在する。


 さて、そんな光竜大神殿の会議室では現在ルーティスと重鎮達が集まり会議を行っていた。


 魔族と人間は戦争状態であるが魔族の領土は人間の領土の真反対であり、大陸を二分するフィス大森林を超えた先にある。


 そのため争うのも簡単ではなく、森をなくそうにもフィス大森林の中央にあるディユスローノの地下に鎮座する地竜神 グラドラスはもちろんのこと。

 霊樹の下で生活するエルフ。

 ディユスローノの地下で生活するドワーフ。

 フィス大森林に散らばって生活している獣人。

 争いを妨げるものは無数にある。


 そのため現在ではここ数百年ほど小競り合い程度の争いしかないのが現状である。


 ……実は他にも理由があるがそれはまた別の機会に話すとしよう。


 そんな状況ではあるが定期的に魔族対策会議は行われている。


 理由としては小競り合い程度とはいえ度々争いは起きていること。

 さらに、人間と魔族で互いにスパイを送りあっていたりしていることが挙げられる。


 ここ数百年小競り合い程度の争いしか起きていないとはいえそのはるか昔から人間と魔族は敵対しており、互いに憎みあっている。

 さらに、国民のほとんどが魔族と——正確には魔族に信仰される四竜神が一柱 闇竜神 ヴァイネス——に敵対するルーティスを信仰している。


 和平に関する話をしたものは異教徒と忌み嫌われる。

 ルーティスが禁止しているため処刑などはされないが、周囲の人から避けられまともな職に就ける者はほとんど居ない。


 そのような理由があるため定期的に開かれている魔族対策会議ではあるがその会議室に現在異様な光景が広がっていた。


 集まった重鎮達はある方向を呆けたように見つめている。


 テーブルの中央には神々しいほどシャンデリアの明かりで白く輝く髪を腰まで伸ばした女性が座っている。

 その顔立ちはこの世の誰もを見惚れさせる芸術品の如き圧倒的な美。

 透き通るような白さのスラリと伸びた手足。

 流麗な曲線を描く身体を包むのは純白のドレス。


 そして、その女性が人間ではない証は背に背負う3対6枚の翼と黄金の瞳。

 3対6枚の翼はダイヤモンドの如き輝きを放つ極海の氷河よりなお白い鱗が覆い。

 深い知性を覗かせる黄金の双眸は太陽の光の如き眼光を放つ。


 彼女こそ人間達に信仰される四竜神が一柱 光竜神 ルーティスが人化した姿である。


 ルーティスは重鎮達と同じ方向を見ながら何かを堪えるように眉間をひくつかせている。


 ルーティスと重鎮達の目線の先を辿ると、ルーティスと同じく四竜神たる地竜神 グラドラスが居た——竜の姿で。

 確かにこの会議室は広い。

 王城よりも大きい神殿なのだから当然だが、それでも小山の見紛う体躯の竜神が入れる程ではない。

 それが今や果てしない程の巨大な空間になっている。


 もちろん犯人はグラドラス。

 唐突に、なんの脈絡もなく出現した神の力に空間が捻じ曲がり大きく拡張されたのだ。


「…………グラドラス? 聞きたいことがあるのだけれど、いいかしら?」

「如何した? ルー」


 転移した後ルーティスに声をかけようとしたが、唖然とこちらを見る重鎮達にはてと……大真面目に首を傾げていたグラドラスは。

 何かを堪えるように——いやもはやハッキリ不機嫌を露わにしながら言ったルーティスの言葉にさらに首を傾げる。


「……ケンカ売りに来たの?」


 その様子にルーティスはさらに不機嫌になり、グラドラスを睨みながら低い声で言った。

 神の不興に空間が軋み、重鎮達が震え出す。


「……? 何を怒っているのだ?」


 ビキィッッ!!! 


 比喩ではなく空間がそう悲鳴を上げた。

 重鎮達の中には小さく悲鳴を上げるものさえいた。

 重鎮達の心情は一様に「勘弁してくれ」というものだ。

 ルーティスの言ったグラドラスという名。

 そして、上位竜の数十倍の巨躯と3対6枚の翼。

 それだけでかの竜がルーティスと同じ竜神であることを知れる。

 神同士の争いに巻き込まないでくれ。

 重鎮達の切実な願いだった。


「………………貴方のことだから本気で言ってるんでしょうね」


 重鎮達の願いが通じたのか。

 ルーティスは怒りを飲み込んだのか呆れたように声を出した。


「取り敢えず人になりなさい」


 グラドラスに手を翳したルーティスが手に力を込めると空間が再び悲鳴を上げた。

 グラドラスの力によって拡張された空間を力づくで元に戻そうとしているのだ。

 二柱の神の力に空間が狂いだし、時間が軋み始めた。

 重鎮達の中にはついに気絶した者達が出始めた。


 グラドラスがやれやれと首を振った直後。

 グラドラスの体が発光し始め、周りの空間と共に徐々に元に戻り始めた。


 神と竜の人化は別物である。

 竜は他の種族と比べれば神に近い存在ではあるがその肉体は物理的に存在している。

 そのため、魔法を以て人化している。

 しかし、神は違う。

 そもそも神の肉体は魔力で構成されている。

 そのため魔法を使うまでもなく体を構築し直すことで人化している。


 グラドラスの発光が収まった頃には会議室の広さも元に戻った。


 淡い光の残滓の中心には1人の男性。

 目に僅かにかかるほどの髪は光沢を放ちもはや銀色に輝いて。

 ルーティスとどこか似通った中性的な顔立ちはやはり全てを魅了する美を放ち。

 黄土色を基調とした衣服が包む肉体は引き締まり。

 惹き込まれそうなその瞳には変わらず深い慈しみを宿している。


「さて、これでいいかルー?」

「まったく、最初からそれで来なさいよ。他人の家を勝手にリフォームしてくれちゃって」


 そう言ってため息を吐いたルーティスは。


「で……何しに来たの? まさかあの黒トカゲの味方をするなんて言いに来たんじゃないでしょうね」


 一転して目に僅かな敵意を込めて睨んだ。

 人間やエルフなどの有象無象がその身に受ければ、それだけで塵と化す神の敵意に。

 だが、グラドラスは苦笑して受け流す。


「同じ竜神をトカゲと呼ぶとは……。遠回しの自虐か?」


 ルーティスが言った黒トカゲとはグラドラスの言う通り同じ四竜神のヴァイネスである。

 1億年以上前、その二柱はとあることがきっかけで互いを嫌い合っている。

 しかし、神の中でも最上位の力を持つ竜神がリアルファイトすれば世界は簡単に滅びてしまう。

 そこで、1億年前から戦争していた人間と魔族にそれぞれが付き、間接的にケンカをしているのだ。

 しかし、もう2人は意地を張り合ってるだけだとグラドラスともう1柱の四竜神は知っている。


「ふっ、お前達のケンカに横槍を入れるつもりはないよ」


 答えないグラドラスに敵意を強めたルーティスに手を振ってグラドラスが答えた。


「……そう」


 そう言って目を伏せたルーティスは顔を上げると。


「久しぶりグラ! 会えて嬉しいわ!」


 輝くような笑顔を浮かべていたかと思うとグラドラスに抱き着いていた。

 大好きな兄に久しぶりに再開したブラコンの妹のように——というか事実その通りなのだが。

 ともあれ、敬愛する神の姿に驚愕する重鎮達。


「ああ、我も嬉しいよルー」


 しかし、そんなこと知ったこっちゃないと神々は再会を喜ぶ。

 しばらく抱き合っていた2人はグラドラスがルーティスの背中を軽く叩いた後離れた。


「そういえば、勇者と光竜王は居ないのだな」


 周囲を見回して、大神殿内とその周囲にルーティスの強力な加護を持つ人間と竜王足る力を持つ竜が居ないことを知ったグラドラスはルーティスに問う。


「ああ、2人にはちょっと仕事をね……それで? 結局何しに来たの?」

「実はな、ディユスローノの麓で人間の双子を地竜達が見つけてな」

「人間の双子? 捨て子? にしてはおかしいか……どうだったの?」


 グラドラスの答えに少し考えたルーティスはグラドラスに答えを求めた。


「それが分からないのだ」

「分からない?」


 ルーティスは訝しげに眉を寄せた。

 それは神からしたら異常事態なのだ。

 神々の瞳は無数の分岐未来や可能性世界、そして過去を見通す。

 もちろん神とて全ての未来を知り得る訳では無い。

 神々が未来を見ている時点で未来は簡単に変わり得る上に全ての分岐未来が見えている訳でもない。

 だが、過去は未来と違い既に確定している事実だ。

 その場所や人物を見れば全ての過去を知り得る。

 その神の瞳で双子を見た時、双子の過去が地竜に拾われてからしかなかったのだ。


「なるほど、確かにそれはおかしいわね……それで? その双子どうするの? こっちで引き取る? 人間だし」

「いや、我の子として育てることにした」

「へぇ、グラの子としてねぇ——ってえ!? 人間を!? グラの子供として!?」


 グラドラスの言葉にルーティスは驚きの声を上げる。


「ああ、だから人の子の育て方を教えて貰いに来たのだ」

「いや、私も知らないわよ。誰か人を——ってそういえば確かエルフやドワーフも人間とそこまで大差ないわよ? どっちかの種族から赤ちゃんの育て方を教われば?」

「……ふむ」


 ルーティスの言葉に顎に手を添え考え込む。

 そのグラドラスの様子を見ながら独り言のように呟く。


「しかしまぁ、育てるねぇ……確かにおかしな双子を人間に育てさせると何かあった時大変かもだけどさ」


 しばらく考え込んでいたグラドラスは顔を上げると。


「そうだな、我の住処からどちらも近いからな」

「そう。ならどちらの種族も大地グラの力は喉から手が出るほど欲しいだろうから大丈夫でしょうけど、どちらかの種族に加担するのは辞めておきなさい。あの2種族仲悪いからどちらかに神が付けば空気が悪くなっちゃうと思うからね」


 その言葉にグラドラスは少し面白そうに笑う。


「ほう、あの2種族が、ね」

「ええ、親は子に似るんじゃないかしら? というかすぐそこなのに知らなかったの?」

「ああ、ここ1億年程あまり外に目を向けてなかったからな」


 その言葉にルーティスは呆れたようにため息を吐く。


「そう、お勤めご苦労様。でもは知ってるものは殆どいない上に知ってればあれに手を出そうとはしないでしょ。少しぐらい目を離しても構わないと思うけれど?」

「まあ、そうだな。これからは目を離すことになりそうだな」


 ルーティスの楽観的な言葉にグラドラスは苦笑して返す。


「では、帰るとしよう。またなルー」


 その言葉にルーティスは少し頬を膨らませ。


「もう帰っちゃうの? 久しぶりなのに」


 永遠を識る神が久しぶりという程永き——具体的には約1億年来の再開だった故にルーティスは少し不満げである。


「これからは直々顔を出すさ。子供の近況を伝えにな」


 人間の子の近況を伝えに来る。

 つまりそれは神の尺度の直々ではなく長くても数年でまた来るということだ。

 優しく微笑みながらグラドラスが言った言葉に顔を輝かせると、


「そう、分かったわ。またねグラ」

「ああ、またなルー」


 そう、手を振り合うとグラドラスは来た時と同じように唐突に消失した。

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地竜神様が子育てを始めたそうです 夏色 樹 @natuiromiki

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