地竜神様が子育てを始めたそうです

夏色 樹

第1話 地竜神様が双子を拾ったそうです

 世界が創造される前。

 そこにはただ虚無だけが広がっていた。

 ある時、何も無い黒き虚無に『破壊』と『創造』が産まれた。


 まだ自我なき『破壊』と『創造』は存在するだけで周囲に破壊と創造を撒き散らし、世界とも呼べぬ虚無を破壊と創造で混沌に変えた。

 時間の概念がまだ生まれておらず、過去も未来も、現在さえも不明瞭な中永きに渡り破壊と創造は荒れ狂い続けた。


 しかし、それは『破壊』と『創造』に自我が宿ることで終結した。『破壊』と『創造』は後に幾多も産まれる原始の神となった。


『破壊神』と『創造神』となった二つの概念は自身たちの影響で混沌と化している虚無をまず正した。その混沌の名残が今夜空で輝く無数の星々だと云う。


 混沌を正した二柱の神は自分達以外の生命を創造するための自分達の力を込めた概念装置を創った。


 そしてその概念装置を核として星の創造を開始した。

 まず大地が生まれ、海が生まれた。

 そして、太陽が生まれることで、星を光と闇が覆った……と。


 ——それは、もはや神以外に知る者無き神話であり——11億5000万年もの過去の史実である。


 ◆◆◆


 ——ディユスローノ。


 大陸の中心部に位置する世界最大の山。

 その標高は1万メートルを超える。


 その地下には豊富な地下資源が埋まっており、それを求めたドワーフ達が地下都市を建設し、鍛治に勤しんでいる。


 また、その山の周囲には大陸を2分するようにフィス大森林と呼ばれる巨大な森が広がっている。


 山の麓には霊樹と呼ばれる大木が聳え、その周囲には豊かな森を求めたエルフが自給自足の生活を営んでいる。


 他にもフィス大森林には獲物を求めた獣人達がそれぞれの部族に別れて狩猟生活を営んでいる。


 自然豊かなその森には多種多様な動植物、魔物の類も多く生息している。


 加えて、肥沃な大地と己が主に誘われた地竜達も生息している。


 さて——そんな亜人、魔物、動植物に加えて竜と多種多様な生物が生活するディユスローノの周辺。

 その地下に目を向けてみよう。


 ディユスローノの標高とほぼ同じ——即ち地下1万メートル。

 そこを動く1つの巨影があった。


 岩石の如き鱗。

 射殺せそうな鋭い爬虫類の瞳。

 全てを引き裂きそうな巨大な爪。

 そして、その巨体を包めそうな巨大な翼。

 ——即ち、竜。


 全長10数メートルはある巨大な四足の竜が。

 その巨体を悠々と通す程の大きな地下通路を進んでいた。


 彼の名は地竜王アスレット。

 地属性の力を有する地竜の中でも最強の力を持つ竜である。


 そんな彼の手の内を見てみると2人の産着を着た小さな赤子が眠っていた。

 男の子と女の子——顔立ちが似ているため双子であろうか。

 なんにせよ、人間の赤子を彼は持っていた。


 そう——人間の赤子である。

 それをディユスローノの麓に置き去りにされているのを部下の地竜が見つけ、アスレットに報告したのだ。


 エルフやドワーフ、獣人の赤子であったのならそうはならない。

 迷子の者が居ればその者の種族の都市や村に送り届けるように命令していたからだ。

 この場合は捨て子だと思われるが、彼の部下の地竜達はそれなりに融通が聞く。

 故に報告などすることなく送り届けて終わっただろう。

 ただ、今回は人間の赤子であった。


 1番近い人間の村でも遥か北。

 フィス大森林を抜けた先に人間の砦があるだけ。


 ドワーフの都市に人間が貿易の為に訪れることはあるが、赤子を発見した場所はドワーフの都市よりエルフの都市よりであるし、この時期は人間は訪れていない。

 そしてエルフは排他的で人間が訪れることはない。


 それ故に地竜達は首を傾げ、竜王であるアスレットに指示を求めたのだ。


 しかし、アスレットも具体的にどうするかの案は持ち合わせていなかった。

 この森に住んでいる亜人達は地竜が敵対しなければ攻撃されることはないと知っているが砦の人間達はそうではない。——というか知識で知っていたとしても実際に見たことがあるのはほぼ居ないだろう。

 そんな中に竜が飛んでいけばパニックになることは自明。


 一応、アスレットを含めた上位竜は人化することが出来るが翼や角、爪など一部竜の特徴を残したまま人化してしまう。

 そして、この世界に竜人のような種族は存在しない。

 なので完全に竜である事がバレてしまう。


 故にアスレットは己が主に相談に来たのである。


 竜王たるアスレットの主とな? と思われる方も居られることだろう。

 何を隠そう、この主こそが自分達から見れば吹けば散る塵芥である人間の赤子を無視しなかった理由である。


 さて、10数メートルの巨体のアスレットから見てすら長い地下通路にもついに終わりが見えた。


 地下通路を抜けるとそこには——地下通路など比にならない程の巨大な地下空間が広がっていた。


 アスレットが100居ても余裕がある程の広さであり、小山を収納出来てしまいそうな程である。


 そんな非現実的な地下空間に、それは鎮座していた。


 その鱗は巌のように逞しく、その一つ一つがアスレットの体長に届く程の大きさであり、この世の如何なるものであろうと傷一つ付けることが出来ないことを確信させるほどの存在感を放っている。


 その爪はアスレットの体長を超え、その鋭さは大地を容易く割くのを容易に想像させる。


 大地その物の如き大きな背に背負うは3対6枚の翼。

 その大きさは羽ばたくだけで空間ごと大気を捻じ狂わせ、周囲を破壊し尽くすであろう。


 そして、アスレットが入ってきたことに気づいたのか緩慢に開かれた瞳は深緑色。

 その瞳は爬虫類の物とも、人間の物ですらなかった。

 今ではない何時か、此処ではない何処かを視ているかのような深遠な知性を帯びた瞳に深海より深き慈しみを宿している。


 その瞳に見下ろされただけでアスレットは脳が痺れる程の畏怖と恍惚を感じた。

 そして、何かを考える前に身体が勝手に頭を垂れた。

 上位の地竜の中で最強であり、世界でも上位に位置する強者であるアスレットが本能的に従属してしまう。


 彼の者の名は——四竜神が一柱 地竜神 グラドラス。


 竜とは自然が具現化した存在であり、神とは意志を持った概念である。

 大地という概念、自然が具現化した竜。

 それが彼の者である。


 アスレットは思う——この方に会う度に自分がどれほどちっぽけな存在かを思い知らされてしまう、と。


 体格差がそれこそ人間の赤子と自身程の差があるが力を差はそれ以上である。


 彼の竜が抑えている力を解放すればただ言の葉を紡ぐだけでこの身はチリと化す。


「……アスレットか。如何した?」


 緩慢に開かれた巨大なアギトから紡がれた言の葉に空間が震える。


「ディユスローノ麓にて人間の赤子を発見致しました。いかが致しましょう?」


「……ふむ。人の子か……」


 グラドラスの視線が双子に移る。

 そして、考え込むように沈黙が下りた。


 あえて説明せずともグラドラスにも人間の赤子がいることの疑問を持ったのだろう。


 アスレットには己が主の深遠なる御心を推し量ることなど出来ない。


 故に、沈黙を破ったグラドラスの言葉に間抜けな声を上げた。


「……そうだな、我の子として育ててみるか」


「は? グ、グラドラス様の御子としてですか?」


「うむ。少し気になることもあるしな」


 そう言って2人の赤子をしばらく真剣な瞳で見つめていたが「さて」と呟き北に視線を送ると。


「さすがの我も人の子を育てたことはないのでな。ルーの所へ行ってくる。留守とその子らを任せたぞ」


「は、はあ。かしこまりました」


 未だ困惑気味にアスレットが返事をすると、グラドラスの姿が最初からいなかったかのように消失した。


『転移魔法』


 人間やエルフなどの種族からすれば高位魔法である。

 それを人間やエルフが歩くかのように普通の移動として使用するグラドラスへの畏怖は強まるばかりである。


 ——さて、それは置いておいて、地下という密閉空間で小山程の大質量が唐突に消失したらどうなるだろうか。


 答えは、これ。


「……ッ!」


 グラドラスが存在していた場所に真空が生じ、大気の揺り戻しで爆発的な低気圧が発生。

 竜巻を巻き起こした。


 グラドラスの加護がなければこの空間も崩れ落ちたであろう災害かみのうっかりに。

 アスレットは咄嗟に翼を丸め、防護魔法を展開し、耐えることしか出来なかった。


 その最中アスレットは若干半眼になりながら思う。


 竜王である自身が畏怖と敬意を持たずには居られない偉大なる神であっても完璧では無いらしいと……。

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