海に溶ける

暗藤 来河

海に溶ける

 一人で浜辺を歩く。辺りには誰もいない。冬の夜の海なんてそんなものだ。

 波の音を独り占めして、当てもなくただ歩く。

 ここは人口二百人程度の小さな島。携帯どころかテレビも映らない、情報源はラジオしかないような打ち捨てられた島だ。

 観光名所もなく、当然客もいない。一歩ずつ死に向かうだけの処刑台みたいなものだ。

 この場所を離れたくて、でも船も飛行機も来なくて、ただただ日々を消化してきた。

 だが、それも今日で終わりだ。今ここで、終わらせる。

 一歩だけ海に入る。かなり冷たくて立ち止まった。せっかく固めた決意まで凍りついてしまいそうな冷たさだった。

 負けないように、一歩、また一歩と進む。

 膝まで浸かった。家族は心配しているだろうか。

 腰まで浸かった。友人は悲しむだろうか。

 胸まで浸かった。この島中に伝わるだろうか。

 肩まで浸かった。この島の外では何か変わるのだろうか。

 とうとう足が着かなくなった。今までの人生を思い返す。走馬燈は見えなかった。案外そんなものなのかもしれない。

 少しずつ沈んでいく。このままどこかに流れていけば、次はもっと違う場所に生まれられるだろうか。

 徐々に意識が遠のいていく。もう何も考えられない。

 ただ景色が綺麗だった。それだけ思いながら、海に溶けていった。

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