第5話選択

 そして、その後私達はボスに促され、洞穴を出ることになった。


 そこまで書いた私はペンを机の上にころころと転がした。天を仰ぐが、私の視界に映ったのはテントの天幕とランプだった。

 あれからどれくらい経っただろうか。

 洞穴から帰った私は、仲間達と上の空で会話してからテントに戻って、しばらく呆けていた。そして、1日何もせず寝た。そうして朝起きると皆はいつも通り朝食を摂っていた。そして、朝食の場でブライトから待機命令が下された。正確にはボスの命令をブライトが伝達しただけだった。

 ボスは何をしているのだろうか。

 どこか別の場所で食事でもしているのだろうか。

 そんなことをぼんやりと考えながら私は話を聞いていた。そして、そのまま自分のテントに戻り、ぼうっとしていたが、そういえば手記を書いていなかったと思い、その後夢中になって書き記して今に至る。

 

 竜の巣。

 竜の産まれる場所。

 竜の生態は未だにはっきり解明されていない。否、むしろ生物なのかすら曖昧だ。竜は自然発生で産まれると聞いていた。生殖によって発生するわけではないのだ。

 あの湖に満たされた洞穴。あのような場所で産まれてくるのか。やはり大気中の魔力マナが豊富なことが条件だったりするのだろうか。

 考えていると、どんどんと好奇心が鎌首をもたげるのが自分でわかった。

 唐突に思いつく。

 そうだ、あの洞穴にもう一度行ってみよう。あの温かく、脈動する場所へ。不思議と不気味さではなく、安心感を覚えるあの場所へ。

 そう思うと使命感の様なものが湧いてきた。思い立ったが吉日。私はテントを出た。外には誰も居なかった。だが、各々のテントからは物音がして会話も聞こえて、閑散としてはいなかった。

 

 私は島の奥地へと急いだ。たった三回しか向かってなかったが、前回道は覚えた。そして、例の場所まで行き着いて―――

 例の場所?

 そこまで行き着いて、私ははっとした。

 そうだ、ここから先は斬撃が―――

「何をしている?」

 呆然として立ち尽くしていたら、上から声が降ってきた。

 ばっと顔を上げると、そこにはボスが飛んでいた。

「待機命令出していたはずだが、お前は何をしている」

 バサ、バサとゆっくりと羽ばたきながらボスは降りてきた。大きな声を出しているわけではないのに、その声は臓腑に響く。グルルと喉を鳴らしたボスはぐっと首をこちらに寄せてきた。巨大な顎が近づき、圧倒される。

「お前は確か、昨日の案内人か」

 意外なことに、憶えられていたようだった。

 私はぶんぶんと頭を縦に振る。

「命令を破ってしまい申し訳ありません。昨日の洞穴に行こうと思ったのです。ですが」

「フン。この島に拒絶されていたことを思い出したか」

 言葉を紡いでいる途中でボスが鼻を鳴らして、遮った。

「…はい」

 私がうなだれる様子をボスは見下ろした。

「行け」

「え?」

 何の聞き間違いかと思い、間の抜けた返事をしてしまった。

 ボスはすぐに従わない私に対して不満げな声を出す。

「いいから行けと言ったのだ」

「っ!」

 声に、ならない。このまま進んだら私はあの斬撃に切り刻まれるではないか。そこまで考えて得心した。

 ああ、つまりは命令違反した罰なのだ。このまま進み、切り刻まれろ、そういうことなのだろう。

 それを理解すると途端に恐怖心が生まれ、歯の根が合わなくなってガチガチといいだす。

「どうした行かないのか」

 ボスの目がスゥと研ぎ澄まされる。

 命令が聞けないのかと。

 このまま留まればボスの怒りを更に買い、喰われてしまうだろう。切り刻まれるのと、どちらがマシだろうか。

 私はボスから目線を外し、奥地へと続く前方を見据える。未だガチガチという歯を抑えきれず、意を決して一歩踏み出す。

 しかし―――皮膚の切れる感覚が、しない。

 不思議に思いながらもう一歩踏み出してみることにした。

 パキリと音が鳴った。

 驚いたが、ただ小枝を踏んだだけだった。他には何も変化がない。

 どうしたことだろうと、後ろを振り返ってボスを見る。

「どうした、あの洞穴に行くのではなかったのか」

「いえ、その…いや、行きます」

 斬撃がこない理由を尋ねようかと思ったが、思い直してまた前方を向く。

 慎重に一歩ずつ進む。斬撃は襲いかかってこない。

「さっさと行け」

 ズシと音がしたかと思うと、後ろからボスが着いてきていた。

 驚くが、私に咎める理由も権利もないので、はい、とだけ返して前へ進む。

 道中は無言だった。聞きたいことはあるが、それを許してくれる空気ではない。

 ボスの方をちらりと見るが、特にこちらに目をくれることもない。純粋に興味がないのだろう。ただ真っ直ぐに先を見ている。

 しばらくして、開けたあの場所に出た。

 やはり、光の毬のような彼らが溢れていた。特に、地面に開けられた穴から沸くように出てくる。

 私達が穴に近づくと、彼らは散った。そして洞穴の入り口が露わになる。

 後ろを振り返るとボスの大きな目と、目があった。

 ボスは顎を上に軽く持ち上げ、無言で行けと命じている。

 私は言葉を飲み込んで、先へ進む。

 洞穴の中は変わらず、燐光を放っている。足音が反響する。

 だが、奥に進むにつれ、他の音が混じってきた。

 オオオォ

 咆哮のような音が段々と大きくなる。

 そして、最深部に辿り着いた。

 ここも変わらず、湛えられた湖面は波打ち、空間が脈動するように明滅する。

「元気そうで何よりだ」

 後ろからボスが言葉を発した。

 すると、咆哮のような音が静まる。いや、微かに聞こえる。

 私は後ろを振り返る。

 ボスは、ふっと笑ったように見えた。

「怯え…いや、警戒させてしまったか」

 そう言って首を巡らせ、空間を眺める。

「ここも見納めだな。竜の巣など滅多に見られるものではない。我であっても、己が産まれた巣以外を見るのは初めてだ」

 その言葉に私はぐっと息を飲み込む。

 周りを見渡す。温かく、生き物の胎内の様な空間。ここには確かに何かがいる。

 いや、未だ産まれ出ていない竜がいるのだ。

 私は飲み込んだ息を吐き出す。

 意を決して、ボスに真正面から切り込む。

「私はここに残りたいです」

 自分の意思をハッキリと、言葉にした。

 ボスはそれまで温かな眼差しで居たが、私の言葉で一気に冷ややかな目になった。そのまま私を見下ろす。

 その目を直視した途端、空間の温度が下がったような気がした。

「残ってどうする。まさか、これの親になりたい、などとは言うまいな」

 ボスはフン、と鼻で笑う。

「思い上がるなよ、たかが人間如きが」

 ゴクリと生唾を飲み込む。

 私は震えそうな唇をなんとか動かす。

「違います。勝手にこの土地に踏み込んだことをちゃんと直接謝りたいのです。そして、許されるならば、祝福をしたいのです」

 怪しむように、ボスは私を見つめてくる。私も負けじと見つめ返すが、結局その視線から逃げるように、私は目を逸らしてしまう。

「…いえ、ただ見届けたいのです。これから産まれてくる彼、もしくは彼女を」

 諦めて本心を吐き出した。

 俯いて、顔を上げられない。

「我々に性別などないがな」

 淡々とボスが間違いを正した。

 他に何を言われるのだろうかと身構えていると、フン、と鼻で嗤う音が聞こえた。

「勝手にしろ」

 私は、ばっと顔を上げる。

 ボスはこちらを見ていない。脈動する空間を見ている。

「元々、この島には定期的に監察官を送るつもりだった。」

 ボスはじろりと私を見下ろす。

「そこに現地に留まる馬鹿が一人加わるだけだ」

 私はぽかんとマヌケに口を開けて、ボスを見つめた。

 それから、自分が留まることを許されたのだと理解すると、感極まった。

「ありがとう、ございますっ…!」

 頭を下げる。手を、前肢を握りたかったが、そんなことをしたら私は丸焦げか喰われるかの二択だろう。

 オオオオ

 何かを訴えるかのように、咆哮が聞こえた。

「なんと言っているのでしょうか」

「さあな」

 ボスは冷たくあしらうように返した。

 ふと思って、ついでに道中不思議に思っていたことをボスに尋ねた。今なら言葉にできるのではないかと思ったからだ。

「そういえば、なぜ今回は道中切り刻まれなかったのでしょう」

 ボスはフン、と鼻を鳴らす。それを聞く度々思っていたが、もしかしたら癖なのかもしれない。

「拒むことを諦めただけだろう」

 ォオオオ

 それに肯定したのか、否か。

 また一声咆哮が聞こえた。


 そして、その翌日。

 私は飛行場で、飛び立とうとしている飛行船を見つめている。周りを見ると慌ただしく行き交いをする人間ばかりだ。だが、数人だけ落ち着いて、私と同じように飛行船を見つめている。

 結局私だけでなく、数人の人員と魔道具がこの島に残されることとなった。

 ボスは先にこの島を飛び立っている。見送ることはできなかった。朝、大きな音に目が覚めて空を見ると豆粒のほどの何かが見えたが、あれがそうだったのかは定かではない。

 風が吹き荒ぶ。

 荒れ狂う髪を私は抑える。

 私はこの島に残ることを自分で選択した。他の面子はどうなのだろう。

 そして、飛び立つ仲間達を、飛行船を見送った。

 

 私はその後、手記を持って、またあの洞穴へ向かった。

 そして適当な場所に座り、波打つ湖面を見つめる。

 

 どうか、どうか無事に産まれてきて下さい。

 私にその姿を見せてください。

 そして、許されるのならば、あなたのことを祝福させてください。

 人間如きの風習に巻き込まれるのは迷惑かもしれないけれど。

 

 そう思いながら、手記を広げる。

 これからこの手記はあなたの記録になる。

 こうして私はあなたを待っています。

 

 私は祈るような気持ちでペンを手に持った。

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小さな揺籃の島 風間エニシロウ @tatsumi_d

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