物置小屋の恩人

紫 李鳥

物置小屋の恩人

 



 ジェーンは、遠い親戚に預けられると、物置小屋に閉じ込められました。


 小屋には物が散乱し、使えるのは古びたベッドと空き箱のテーブルだけでした。


 朝と晩だけ食事が運ばれてきます。


「ほらっ、めしだ。ありがたく食いなっ」


 ワイフは空き箱の上に、一切れのパンとミルクを載せたトレイを置くと、


 バタン!


 激しくドアを閉めました。


 ジェーンは手探りでパンを掴むと、口に含みました。




 寂しくて、悲しくて、心細くて、ジェーンはその夜、眠れませんでした。


 すると、ごそごそと物音がしました。


「! だれっ? だれかいるの?」


「こんばんは」


 若い男の声がしました。


「だ、だれ?」


 知らない男の声に驚き、ジェーンは後退りしました。


「あ、驚かせてごめん。何もしないから大丈夫だよ。心配しないで。ドアが少し開いてたから入って来ちゃったんだ。まさか、きみがいたなんて知らなかった。だって、人形みたいに静かなんだもん」


「……だって、話し相手がいないもの」


 ひびが入った窓から差し込む外灯が、ジェーンの哀しげな顔を照らしていました。


「あ、そっか。……でも、どうしてこんなところにいるの? ぼくでよかったら話を聞かせて」


「……交通事故でパパとママが死んじゃったの。……そしたら、ここに連れてこられて」


 ジェーンの目には涙が光っていました。


「ぼくはマイケル。きみは?」


「……ジェーン」


「よろしく、ジェーン。また遊びに来ていいかい?」


「……わからないわ、私のうちじゃないもの」


「あっ、そうか。そうだよね。じゃ、内緒にしよう。二人だけの秘密だ。ね?」


「……え」


 一人ぼっちだったジェーンに、話し相手ができました。




 次の夜。ジェーンは、マイケルが来るのを心待ちにしていました。すると、


「よっこいしょ、っと」


 マイケルの声です。


「あ~あ、重かった。ね、ジェーン、箱の上に手をやってみて」


 ジェーンは、言われたとおりにすると、そこには分厚い本がありました。


「点字の本だよ。これだったら読書ができるだろ?」


「わあ~、ありがとう」


 ジェーンは嬉しそうにページを捲りました。




 それからも、マイケルは色んな点字の本を持ってきてくれました。


「マイケル、私のためにいつもありがとう。握手をさせて」


「あ、いや、ダメだよ。ぼく、さっき手を汚しちゃったから」


「……そう」


「きみが喜んでくれて、ぼくも嬉しいよ」


「マイケル、……ありがとう」


 学校にも行かせてもらえなかったジェーンは、マイケルが持ってきてくれる点字の本で勉強しました。




 そして、ジェーンは懸命に勉強をして、盲学校の教師になることができました。


 マイケルとは一年前から会っていません。


 それは丁度、ジェーンが教員試験に合格して、あの物置小屋から宿舎に引っ越す時でした。






 ネズミが出るからと、ワイフが物置小屋にネズミ捕りの罠を仕掛けてからでした。――

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物置小屋の恩人 紫 李鳥 @shiritori

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