第6話 桃(後編)

 周りのゾンビを薙ぎ払ったところで、ゴスロリの子は足を止めた。

 巫女装束の子と一緒にきょろきょろと周りを見る。

 二階にいるわたしと目が合ったら、思い切り指差された。

「あの子です。先に写真もらってました」

「あんたか! 連絡くれたのって」

「え……。あ! ゴスロリと巫女装束! そっか! あなたたちが」

「そう。あたしは……」

 ゴスロリの子が続けるよりも早く、ガラスが割れる音がした。

 二階の窓がどんどん割れて、ゾンビがなだれ込んでくる。

「うそ……! どうやって二階に」

「じっとしてろ! 今行く!」

 ゴスロリさんが叫ぶ。

 さっきあの二人が入ってきた入り口からも、またゾンビが入り込んでくる。

 ゴスロリさんは止まったままのエスカレーターに突撃して、二階まで上がってくる。

 わたしのすぐ近くに来てたゾンビをバラバラにしてくれた。

「4。この数はちょっとまずいですよ」

 後ろについてきた巫女さんが言う。

「まずいとか、そういうの関係ねーよ!」 

 チェーンソーがゾンビを切り倒していく。

「助けてくれるの?」

「ああ。そのためにきたんだ!」

「3。いました! あそこ、ゾンビに混ざってます!」

「やっぱりな! 特等席で見たかったんだろ。趣味悪ぃな!」

 ゴスロリさんが二階を走って行く。

 凄まじい勢いでゾンビを次から次に葬る。

「お前だ!」

 その中の一体だけが、ゾンビとは違う軽やかな動きでチェーンソーをかわした。

 見た目はそのへんにいるおばさんにしか見えない。

 でも、よく見ると目が違ってる。濁ってるけど生気みたいなものを感じる。

「よけてんじゃねーよ!」

「……貴様だな。私たちを殺してるというのは」

「そうだ」

「何故? 貴様、ただの人間だろ。こんなことをしていたら魂が死ぬぞ」

「2。危険ですよ!」

 巫女さんが叫ぶけど、ゴスロリさんは前に出た。

「お前らが調子に乗るからだ。これも思いつきの遊びだろ。ゾンビ映画でも見たか? 自分で作った世界を自分で壊して。好きなだけ生きて、思うだけでなんでもできるから……! 死ねぇっ!!」

 ゴスロリさんが斬りかかった。

 ゾンビじゃない何かを護るように、他のゾンビが集まってくる。

 それが道を塞ぐ。

 ゴスロリさんのチェーンソーは近くにいるもの全てを破壊してる。

 それでも届かない。

「1……! ダメです! 敵が多過ぎるんです!」

「たくさん殺せていいじゃねーか! 死にたい奴から来い! ……もう死んでるか! はは!」

 わたしのそばにいる巫女さんは唇を噛んでうなだれた。か細い肩がわずかに震える。

 ゴスロリさんはゾンビを壊して壊して壊し続けて。

 最後に倒れた。

 その時、ゾンビはもう近くに残っていなかった。

 ただ……ゴスロリさんが狙ってた何かも姿を消してた。

 巫女さんが倒れたゴスロリさんの傍に座り込む。

 わたしも近づいていた。

 黒いドレスを着た彼女は、全身を血と肉片にまみれさせて、返り血なのか自分の血なのかわからないものでドレスと床をぐっしょりと塗らしていた。

 目からも血が流れてる。

「0です」

「……もう見えねーな」

 弱々しく唇を動かす。声はかすれていた。

「ツキコ。逃げられたか?」

「うん。ダメでした」

「そっか……。つまんねー終わりだ。そこにいるのか? 連絡くれた奴」

「うん」

 答えるとゴスロリさんは少しだけ眉を下げた。

「悪いな。うまくいかなかった」

「あの……。二人は何者なの? あなたは……大丈夫?」

「もう死ぬ。魂も死ぬから、何もなくなる」

 ゴスロリさんが顔を歪める。

「彼女は普通の人間です。ツキコは……わたしは人間が言うところの神様」

 巫女装束のツキコさんが言う。

「ツキコはあたしの願いを聞いてくれた。ツキコみたいな奴をぶっ殺したい。気に食わない奴を。自分が神だとか信じて、人間で遊んでるような奴を……」

「ツキコは願いをかなえました。でも、それは人には耐えられないことなんです」

「だから、あたしは死ぬ」

「ゴメンなさい。わたしがお願いしたから、こんなことに……」

「やめろよ」

 遮られた。

「あたしはあいつらが憎くて、殺したくて殺して。だからあたしは死ぬんだ」

 口の端から血が流れ落ちる。

「……心残りは、さっきの奴を殺し損ねたことだ。悪い……」

「ゾンビの中に混ざってた人?」

「この状況を起こした相手です」

「あれが……」

 背筋がざわっとした。

 冷たいものが伝っていくような感触。お腹の奥で煮えたぎる何か。

「あれが死なないと、変わらないんだよね」

「殺したとしても、何ももとに戻りません」

「でも、あいつは死ぬ」

「あはは」

 足下でドレスの彼女が弱々しく身じろぎする。

「……ツキコ。最後にお願いしたいけど、いい?」

「もちろんです」

「その子のお願い聞いてあげて」

「あなたが望むんでしたら。でも……」

 嫌がってるわけじゃないけど、困惑してる。

「……あたしと同じことすると、あたしと同じように死ぬよ」

 もうその声はほとんど聞こえない。

「うん。わかってる。でも……わたしが死ぬとしても、あいつを殺したい」

 最後に見たお父さんとお母さんの姿。

 多分、最期すら見届けてあげることができなかった弟と妹。

 三日前に話した友達。

 それ以外の、全ての想い出が燃えている。胸の奥で焼け焦げていく。

「……じゃあ、しょうがないな」

 その言葉を最後に、ゴスロリの女の子は動かなくなった。

 それどころか身体が崩れて灰のようになって、風もないのに散ってしまう。

 残ったのは血みどろのドレスだけだった。

「……お願いしていいの?」

「それがツキコが最後にお願いされたことですから」

 ツキコさんはわたしじゃなくて、遺されたドレスを眺めてる。

「じゃあ……お願いします。あいつを殺す力がほしい」

「はい。承ります。誰でも殺す力を差し上げます」

 血まみれのドレスを彼女は抱く。

 不思議なことに巫女装束は汚れない。

「ツキコさん、同じなんだよね? このゾンビみたいなのを作ったさっきの奴と」

「そうですよ。憎かったりしますか?」

「ううん。まだ実感もなくて。でも、ツキコさんはどうして、人の願いを聞いたりするの?」

「ツキコも、さっき逃げたのも、根本は同じですよ。自分が楽しいことをしてる。ツキコは人のお願いを聞くのが好きで、こんな世界を作った人はこういうことが好きだったんです。ツキコは……少なくとも、この人の願い事を聞きたかった」

 ドレスをもっと強く抱きしめる。

「ツキコも一緒に……」


 その言葉を最後まで続けなかった。

 ツキコさんの表情は柔らかい。

 ドレスを抱きしめて、目を閉じて。

「……そうです。何か質問はありますか?」

 思い出したかのように、なんでもない顔で言った。

 こっちが狼狽えてしまう。

 でも、どうしても聞きたかったことを聞いてみる。

「どうして、そういうドレスを着てたのか知ってる? 普通におしゃれ?」

 ツキコさんはなんとなくわかる。

 でも、普通の人間らしかった彼女は何故、こんな動きにくい姿をしていたのかが気になってしまっていた。さっきみたいな奴らを殺したいって思って動いていたはずなのに。

「趣味です」

 きっぱり言った。

「でも、もうひとつ」

 ドレスを撫でる。

「ゴシックロリータの死のイメージが、死んだ人や自分や殺す相手に対する喪服なんだって。そう言ってました」

「なんだか……かっこいいね」

「ですよね。そういうところが好きでした」

 ツキコさんの目から涙がこぼれた。

 彼女は拭わない。

「ツキコさん、わたしはその人と違うから、ツキコさんが楽しいことを言えないと思う。でも……一緒に復讐して」

「わかりました。彼女の願いをかなえるまでは、絶対に一緒です」

「嬉しい。……そういえば、まだ名前教えてなかったよね。SNS用の適当な名前だけで」

 わたしはあいつが逃げた方向に向かって歩き出す。

 手の中にはいつの間にかチェーンソーがあった。

 ツキコさんが後ろについてくる。

「わたしは早苗桃。モモって呼んでもらえると嬉しいかな」

「はい。モモちゃん。ツキコのことはツキコでいいですよ」

「わかったよ。ツキコ。じゃあ、あいつを殺しにいこ。相手を仕留めて逃げ切ったって思って、絶対油断してるから。今なら不意をついて殺せるよ」

「モモちゃん、けっこう素質あるかもですね」

 そして、わたしは嫌いな神様を殺し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

巫女とゴスロリ伝奇譚 彼女は何故凶器を持ってるの? 八薙玉造 @yanagitamazo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ