釣り名人のケンジお爺さん

エフ

1話

ケンジお爺さんは魚釣りの名人です。

今日もバケツの中にはお魚が一杯。



「お爺さん凄いなぁ!なんでそんなにお魚が釣れるの?」


「凄いなぁ。この魚、食ったら旨い?」


釣り名人の噂を聞きつけた子供達が二人、ケンジお爺さんに話しかけてきました。


「この赤い魚がね、煮付けで食べるととっても美味しいよ。」


ケンジお爺さんはそう言って、二人の子供に赤い魚をあげました。


「わーい、ありがとう!」


「帰ってすぐに食べよう!」


「お爺さん、またねー!」


「またねー!」


子供達は大喜びで帰っていきました。



***



その翌日、いつもの場所で、一人で釣りをしていたケンジお爺さんのところに、

また子供達が来ました。


「お爺さん、昨日の赤いお魚、とっても美味しかったよ!」


「うん!凄い旨かった!」


「そうかい、そうかい。」


ケンジお爺さんは、喜んでいる子供達を見て、喜びました。


「お爺さん、僕も魚の釣り方を知りたいんだ!もし良かったら教えてよ!」


男の子の一人がそう言いました。


「魚の釣り方を?いいよ。じゃあ、明日釣り具を持っておいで。」


ケンジお爺さんは、嬉しそうにそう言いました。


「僕は食べる方が好きだから、釣り方はいいや!爺さん、またあの赤い魚をおくれよ!」


もう一人の男の子はそう言いました。


「いいよ。ほら、これはさっき釣れたばかりの赤い魚だ。二人にあげよう。」


「ありがとう!お爺さん!」


「ありがとう!」


男の子達は、喜んで帰っていきました。



***



翌日、いつもの場所で、一人で釣りをしているケンジお爺さんのところに、

男の子は釣り具を持って来ました。

もう一人の男の子は、手ぶらで来ました。


「お爺さん、釣り具を持ってきたよ。釣り方を教えてもらえる?」


「勿論さ。じゃあまずは餌のつけ方からだ。」


「爺さん、やっぱりあの赤い魚は旨かったよ!またくれよ!」


「勿論さ。じゃあこれを持っておいき。」


男の子達のお願いに、ケンジお爺さんは喜んで応えました。



***



それから一ヵ月後。



ケンジお爺さんは、今日もいつもの場所で釣りをしています。

しかし、今日は一人ではありません。

いえ、今日も、一人ではありません。

あれから毎日、男の子と一緒に釣りをしていたのです。


そこに、もう一人の男の子が来ました。


「爺さん、また赤い魚をくれよ。」


ケンジお爺さんは珍しく、困った顔で言いました。


「ごめんよ。今日はまだ赤い魚が釣れていないんだ。代わりと言ってはなんだけど、この青い魚をあげよう。焼き物にすると美味しいよ。」


「嫌だよ!僕は赤い魚がいいんだ!しかも大きくて、太ってるのがいいんだ!」


男の子はそう言って怒ってしまいました。

それを見て、もう一人の男の子が言いました。


「なぁ、そんなに赤い魚が気に入ったのなら、君も魚の釣り方を覚えればいいじゃないか。ケンジお爺さんは釣り名人だけど、いつでも君が望む魚を用意出来るとは限らないんだよ?」


しかし、怒った男の子は話を聞いてくれません。

それどころか、ケンジお爺さんを責め始めました。


「いいから、早く赤い魚を釣ってくれよ!僕のために!今までは、いつだって僕に赤い魚をくれたじゃないか!それなのに今日はくれないなんて、爺さんは無責任だよ!それなら、最初から僕に赤い魚なんて渡さなければ良かったじゃないか!美味しいなんて教えなければ良かったじゃないか!1度始めたことは、最後まで責任を持ってやってくれよ!」


ケンジお爺さんは、それを聞いてますます困ってしまいました。

それを見て、釣りを教わっている男の子は、声を強めてさっきと同じことを言いました。


「だから!本気で赤い魚を欲しいと思うなら、自分で釣り方を覚えればいいじゃないか!そうだろう!?」


「それとこれとは話が別だろ?僕は赤い魚が欲しい。でも釣り方を覚えるってほどでもないんだ。爺さんが僕に赤い魚をくれれば、僕はそれで十分なんだ。それに僕は釣り具を持っていない。もし僕に釣りを教えたいなら、まず釣り具をよこすべきだ。そうやって、僕が釣りを覚えるために必要な物を、全てそちらが用意するべきなんだ。そうすれば僕だって釣り方を覚えるかもしれないし、爺さんに赤い魚を要求することも無くなるかもしれない。そんなに赤い魚を要求されたくないなら、爺さんがどうにかすればいいだろう?」


堂々とそう主張する男の子に、釣りを教わっている男の子は呆れてしまいました。

ケンジお爺さんも、どうしたらいいか分からないという顔をしています。


「とにかく、今度また来るから、その時は赤い魚を用意してくれよ。じゃあな!」


そう言って、男の子は帰っていきました。



***



その一ヵ月後。



今日はよく晴れています。

雲ひとつ無い空に、穏やかで透き通った海。

絶好の釣り日和です。


でも、今日はいつもの場所にケンジお爺さんがいません。

ケンジお爺さんから釣りを教わった男が、一人で釣りをしています。

そこに、またあの男の子が来ました。


「なんてことだい!今日は爺さんがいないじゃないか!」


男の子はもう怒っています。

それを聞いて、ケンジお爺さんから釣りを教わった男がこう言いました。


「ケンジお爺さんはね、数日前からここに来てないよ。君に悪いことをしてしまったと言って、釣りを止めてしまったんだ。」


「そんな馬鹿な!そんなの勝手だよ!急に釣りを止めてしまうなんてさ!僕のために続ける義務があるはずじゃないか!じゃあどうするんだい!今日僕は赤い魚が欲しくて来たのに!」


男の子はますます怒っています。


「ケンジお爺さんに義務なんて無いよ。それは君のわがままだ。」


釣りを教わった男は、短くそう言いました。


「あれ・・・?お前、そのバケツの中に入っているのは赤い魚じゃないか!」


男の子は、バケツに入った赤い魚を見て、少し機嫌を直しました。

そして当然のように要求します。


「その赤い魚を僕にくれよ!なぁ、いいだろ?いや、そうすべきだ。だってお前は爺さんから釣りを教わったんだから。僕を置いて一人だけ。」


「君は一生そうやって、誰かに何かを与えて貰うのが当たり前かのような顔で生きていくのかい?」


釣りを教わった男は、少し低い声でそう言いました。


「僕と君は、同じ時、同じ場所でケンジお爺さんに出会った。そして、僕達は最初、ケンジお爺さんに魚を貰うだけの子供だった。他人から与えられるだけのね。でも、今僕はこうして自分で魚を釣れるようになった。それなのに、君は相変わらず他人に魚をねだってばかりいる。」


それを聞いて、男の子は顔色を変えました。

明らかに、不機嫌といった様子です。


「なんだい、お前は僕のことを、貰ってばかりの乞食のようだと思っているのか?」


「違うよ。君は乞食じゃない。なぜなら、乞食は人から与えられないことに怒ったりしないからね。与えられないのは当たり前なのだと分かっているから。しかし君は、与えられるのが当たり前だと思っている。だから、自分の望みが叶わないと怒るし、与えようとする人間が自分の要求に応えられないと不満を言うんじゃないか。何度でも言おう。君と乞食は同じじゃない。魚ですら、餌を与えられないことに怒ったりはしないぞ。」


「お説教はたくさんだ! 魚の釣り方なんて興味無いよ!必要も無いし! あーあ!つまんないなぁ!僕はそんなことよりも、楽で、楽しいことをやりたいんだ!いいよ!ここがダメなら、また他の場所で面白いことを探すさ!」


男の子はそう言って、どこかに行ってしまいました。


「さて、僕もそろそろ帰って、ケンジお爺さんのお見舞いに行くかな。」



ケンジお爺さんは釣りを止めたのではなく、軽い風邪をひいてしまっただけなのでした。

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