Episode.4-28
そこは一面火の海だった。大きな火柱が立ち上り、火柱が周囲に火の雨を降らしている。悲鳴を上げ逃げ惑う人々と入れ替わるように、俺たちはその発生源へと足を踏み入れた。
「なんでだ!? どうしてこんなことをするんだ!! バルマのおっさん!!」
バンギットの叫び声が響き渡る。そこは罪人の業道の入口だった。俺たちの前に三つの人影がある。二つの影が互いに対峙し合い、一つの影はその場に腰を突き大声で懇願している。そんなバンギットの叫び虚しく、レオンと対峙している人影は業火を放ち続けた。
レオンはその業火を両手で受け止めている。俺たちが戻ってきたことに気付いたレオンはすかさず、「手伝ってくれ」と叫んだ。俺は剣を抜きレオンの元へと駆ける。しかし、俺の行く手を遮るようにイーマが立ち塞がった。イーマは俺に背を向け、業火を発している人物へと向き直る。そしてイーマが歩を進めると、その人物は術を放つのを止めた。
「親父……なのか……? しかし……いや、なんで……」
イーマが目の前の人物を見てそう口にする。しかし、死んだと思っていた父親と再会できた反応とは、正反対の反応だった。なぜなら、目の前に立つ人物が、「生きていた」と表現するのには無理があったからだ。そこにいたのは、先程バンギットが口にしていたように、顔の半分は腐敗しており、全身の皮膚組織は機能しているようには見えず、足や腹部などその所々から骨が剥き出しになっている、異常としか言いようのない年老いた男だった。
イーマがバルマを呼ぶのに合わせ、バルマがイーマへと顔を向ける。そして、僅かに「イ……マ……?」と口にしたかと思うと、イーマに向けて掌を向け、凄まじい業火を放った。
イーマは恐怖の余り、体が震えその場から動けなくなってしまっていた。助けに入ろうとしたが、俺のいる場所からでは間に合いそうにない。「間に合わない」、そう思った瞬間だった。業火との間にバンギットが飛び込み、身を挺してイーマを庇った。
「バンギット!!」
イーマが叫ぶ。バンギットは背中で業火を受け止め絶叫を上げる。そしてその場で倒れ意識を失ってしまった。そんなバンギットの元にレオンが駆け寄る。バンギットを何度も呼び掛けるがバンギットからの反応はない。俺はすぐさまエルザへと向き直り、「三人を頼む」と告げた。俺の言葉にエルザが頷いて返す。俺は強く剣を握り締め、半腐乱状態のイーマの父、バルマへと走った。
剣を両の手で構え一気に切り掛かる。牽制の意味も込め首元で剣を止めるが、それが何の脅しにもなっていないことは明白だった。俺の放った剣に、バルマは何の反応も見せなかったのだ。それどころか、俺の方が、バルマの腐敗した身体の中に見える『悪意』に視線を釘づけにされていた。
「なんだ、これは。目に見える黒い感覚は凶暴化した動物と同じなのに、その力の規模は桁違いに大きい……」
目の前の出来事に驚き自分を見失ってしまう。しかしその瞬間、エルザに大声で呼ばれ我に返った。いつの間にか目の前に人の掌があり、その手の中に黒い光が宿っていた。急いで後方へと跳ぶ。黒い光は大きな赤黒い業火へと姿を変え、俺へと迫った。
迫る業火に向け一閃を放つ。業火は真っ二つに割れ、俺の後ろで地面に落ちると大きな火柱を上げた。剣を構え直しバルマへと向き直る。俺は心を落ち着かせ、黄金の一閃を放った。黄金の光はバルマには届いたものの、黒い光に遮られ、弾き返されてしまう。その光景を見て、俺はこの場を収める方法が一つしか思いつかなかった。
◇同時刻〔エルザ視点〕◇
火の勢いが増していく。このまま時間が経てばランバークは火の海に呑まれ、一夜を待たずに灰塵に帰すであろう。私たちはこの術の中にいれば問題ないが、村人はそうはいかない。それにしても、目の前のあれは一体何なのかしら。未だかつてあれが原因で魔物と化した動物はいても、人がそうなった例は聞いたことがない。今はそんなことを考えている場合ではないけど。
「坊や、迷っている場合ではないわよ」
◇
レオンはバンギットを呼び続け、二人の傍にいるイーマはもはや茫然自失、戦える状態にない。そしてエルザは気泡の術を行使し三人を業火から守っている。
誰かが手を貸せる状況ではないことは分かっていた。そして、時間を掛ければ火の手が回りランバークが火の海に包まれることも。
目の前にいるのは生きている人ではない。あれを切っても、俺は俺の信念に背くことはないだろう。だが、本当にそうなのだろうか? あれは確かに、先程声を発した。イーマのことを呼んだ。じゃああれは、あれは……本当は、生きた人なのではないのか……?
心に迷いが生じる。
先程の反応を見る限り、首を刎ねるのは難しいことではない。火の手が立ち上り、徐々に村の方へと迫ってきている。この場を収めるなら迷っている場合ではない。
「もはや一刻の猶予もない……」
剣を強く握る。だがそこで、俺の身体が大きく脈を打った。咄嗟に自身の右手を見る。
◆
「儂の力が助けになることもあると思ってな」
◆
ただの老人ではないことは出会った瞬間から分かっていた。その後の私闘の後に聞かされた話からも。そして老人は最後にこう言った。
「儂には力を正しく使うことができなかった。しかしそなたにはきっとできる。修羅の道となることを承知の上で頼みたい。若者へ託したい、儂の願いを」
そう言って老人は俺に手を差し出した。
俺は右手を強く握った。剣を納め正面を見据える。火の手が上がりエルザたちが見えなくなる。俺は老人から言われた言葉を思い出し、歩みを進めた。
バルマは、真っ向から近付いても俺を敵として認識していなかった。それどころか、相変わらずどこを見ているかも分からない瞳を動かし、時折声にならないような声を上げ、業火を巻き散らしている。だがその瞳からは、見逃すことのできないバルマの心の声が溢れていた。
手を伸ばしバルマの胸に触れる。バルマの中にある黒い光が俺を拒むように輝き、その光に命令されるようにバルマの掌が俺の顔へと向けられる。だが、俺は臆することなくバルマの顔を見据え、正面から言い放った。
「どうしてあなたは泣いているんだ」
俺の声に動揺するようにバルマの手の中の光が激しく揺れ動く。
「もしあなたが声を発さなければ、涙を流さなければ、俺はあなたを切っていたかもしれない。あなたはきっともう、死んでいるから……。だけど、死してなお、あなたは悲しんでいる。あなたの悲しみの理由を、俺は、知りたい!!」
そう口にし右手に力を込める。俺の身体の内にある黄金の光が、右手を通しバルマの心と繋がる。俺はその瞬間、どこか知らない景色へと飛ばされていった。
◇
「暗い……。真っ暗だ……。何も見えない……」
そう呟くも音が響いてこない。しかしその理由はすぐに分かった。これは、死んだ後のバルマが経験した出来事。何も見えていないのだから景色なんて見えるはずがない。何も聞こえないのだから音なんて響くはずがない。それでもなお、思い残した想いがあるのだろう。それだけはすぐに分かった。
だが、そんな暗闇の世界に人の声が聞こえてくる。その声は、土を掘り起こすような音と共に大きく聞こえだし、やがてハッキリと聞き取れるようになった。
「どっちがより優秀な術士だ?」
その声は値踏みするように間を置き、その場にいるであろうもう一人と話をしている。そして、話がまとまったのか、その声の主は口を開きこちらへと手を伸ばした。
「ちょうどいい。ここには生きた者が寄り付くことのない、罪人の業道と呼ばれている坑道がある。そこに生き返らせたこの二人を閉じ込め、勝ち残った方を連れ帰るとしよう。ドラバーンの者は闘士に限らず術士であっても我が強いとは聞くが、多少融通を利かせてやれば文句はあるまい。あくまで、命の手綱を握っているのはこちら側なのだからな」
その言葉と共に黒い光が迫ってくる。それがバルマの身体に届くと同時に、俺は現実へと引き戻された。
◇
LA 慧 @minntonodoame
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