薬指が喋りだした

零真似

バカには孤独を嗜む権利がないよ

ありきたりなセックスにほくそ笑んで慰めみたいな愛の言葉に満たされたフリをしながらなんだかんだ結婚までいくんだろうなーと思ってた年上の男が高速道路を60キロで走りきったことにぶちギレて思いきりのビンタで別れた日の夜、わたしの薬指の第二関節が急にパックリ開いて喋りだした。


「これで何度目さ? いい加減他人の愚かさを受け入れなよね」


わたしはあまりのことに発狂して家中の鏡を叩き割り、手首と額からパプリカみたいな血を流しながら薬指に言った。


「十分わたしは他人を受け入れてる。『ありがとう』の言葉に『どういたしまして』で返されてたってぶん殴ったりしなくなった」

「それはね、普通なんだ。『ありがとう』の言葉に続くのは『どういたしまして』であるべきだし、『ごめんなさい』と言われたら『こちらこそ』で会話は終わるべきなんだよ」

「死ね!!!!!!」

「ほら。そういうところだよ。君ちっとも僕の意見をきこうとしないじゃないか」


薬指はその爪に聡明さを光らせながらため息をこぼす。


「そんなことじゃ、キミはずっとだれからも愛されないよ。いいのかい、それで?」

「ふざけるなよわたしの薬指!! 薬指のくせしやがって!! たしかにあいつは今までの男の中じゃサイコーだった。でも、それにしたって最悪だっただろ!?」

「どこが?」

「わたしが空飛ぶブルドーザーの話とか喋るもぐらの話をしてるとき、あいつは決まってニチャニチャ笑うばかりでなにも頭に入れてない。耳にも入れてない。右から左だ。だからわたしがきいてやろうとしたらあいつの口が語るのは半径30センチのことばかりだ。身長は180センチもあるくせに! 見通してる世界が狭すぎるだろ!」

「でも、今までの男は半径20センチが精々だったじゃないか」

「高速道路を時速60キロで走るんだぞ。そんなやつはあおり運転とかされたとき全速力で突撃かます勇気もないにちがいない」

「だからね。それがふつうで、適切なんだ。まちがってるのはキミのほうなんだよ」

「くそッ! 薬指のくせに! 薬指のくせに!!」

「そうやって自分を罵らないで。僕はキミなんだから」


わたしは冷蔵庫に向かって突き出そうとしていた拳を止める。

そして高鳴る胸の鼓動を感じながら薬指に言った。


「…………もういっかい、言って」

「ああ。何度でも言ってあげるよ」


薬指は甘い吐息をこぼし、わたしの耳元で官能的なリップノイズを鳴らしながら囁いた。


「僕はキミなんだから。そんなに自分を傷つけないで。きっと次はサイコーな男と出会えるから。それまで僕で妥協しときなよ」

「…………うん」

「焦らなくても、キミは永遠にキレイだよ」

「…………うん」

「好きだよ」

「わたしも」


わたしはわたしの薬指にキスをした。

流れ出した血と、伝い落ちた涙の味がして。わたしは彼こそがわたしにとってサイコーの理解者なのかもしれないと思った。


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薬指が喋りだした 零真似 @romanizero

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