テッペイとユウカ

雪平 ねこ

優しい声で私の名前を呼んで

 

哲平てっぺい。サッカー県大会、残念だったね。今年で最後の夏だったのに」

 15歳の私は、おやつのホットケーキを焼きながら、居間で愛猫のランプと遊んでいる15歳の竹内哲平たけうちてっぺいに声をかける。


「うん。まぁ、相手が悪かったんだよ。ウチの中学じゃ、勝てないさ。優花ゆうかは、サッカーの試合、今回も応援きてくれたんだろ?」

 哲平てっぺいは、ランプの背中を撫でながら、私に尋ねる。


 愛猫のランプは、哲平てっぺいなついている。

ランプは、今年17歳になるになる、愛嬌あいきょうのある、おばあちゃん猫だ。ランプは、私が生まれる前から我が家にいる。普段は、よく眠って、のんびりだ。家族から惜しみなく可愛がられて、日々過ごしている。


哲平てっぺいの試合なら、毎回見に行ってるよ。私達、小さい頃からの幼なじみだもの」

 私は、言いながら、焼き上がったホットケーキを皿に載せながら、冷蔵庫からメイプルシロップとバターを取り出して、ホットケーキに添えた。

 ホットケーキの甘い香りは、いつも幸せな気分になる。私は、この甘い香りが好きだ。


「いつも、ありがとう。優花ゆうか

 哲平てっぺいは、真面目な顔をで言うと、

「どういたしまして」

 私は、思わず、笑いが込み上げる。

「ホットケーキ、食べよう。暖かいうちに」

 私は、ナイフで切り分けて、哲平てっぺい用の小皿と自分用の小皿に載せる。


「うめぇ。やっぱり優花ゆうかの料理は、うめぇよ。マジで最高だ」

 哲平てっぺいが嬉しそうに笑うから、

「ありがとう」

 私も嬉しくなる。こんな風に哲平てっぺいに喜んでもらうと、すごく照れ臭い気持ちになる。


「おれ、高校行ってもサッカーやるよ。だから、・・・」

 哲平てっぺいは言うと、少し黙る。


哲平てっぺいは、自分の髪を、ぶっきらぼうに、掻き揚げながら、真面目な表情で続ける。


優花ゆうか、ずっと応援してくれないか?」

 哲平てっぺいは少し恥ずかしいそう笑って、耳を赤くして言う。

 私は、そんな哲平てっぺいの表情が可愛く思える。


「うん。応援するよ。哲平てっぺい

 私は、笑いながら、頷いた。

哲平てっぺいは、自分の将来、どうするの?サッカー選手になりたいの?」

 私は、言いながら、ホットケーキを一口入れる。口の中に甘さが広がる。


 哲平てっぺいはサッカーが上手い。だから、将来、プロとか夢じゃないかもしれない、と思う。


「いや、おれには夢がある。2


 哲平てっぺいの真剣な表情に、私は瞠目する。


「おれは、教師なりたい。ウチのじぃちゃんみたいな」

哲平てっぺいのおじいちゃん、高校の先生だったものね」

 哲平てっぺいの亡くなった祖父は、地元の高校で、長い間、教鞭きょうべんをとっていた。哲平てっぺいは、そんな祖父を尊敬している。

「そういうだよ。おれの自慢のじぃちゃんだ。だから、おれは教師になりたい」

 哲平てっぺいは懐かしいそうに笑う。



「あと、もうの夢は、」

 哲平てっぺいは顔を真っ赤にすると、


「おれは、優花ゆうかと結婚したい」

 哲平てっぺいの言葉に、私は驚いて呆然となる。


「おれたち、もしも別々の高校に行っても、優花ゆうか、彼氏なんて作るなよ!」

 頬を朱に染めた哲平てっぺいは、私を見つめると、大きな声で、はっきりとした口調で言う。


「ない、ない、ない。私は哲平てっぺいと違ってモテないよ」

 私は、否定する。もう穴があったら入りたいほど、哲平てっぺいの言葉が恥ずかしい。学校中の女子モテるイケメンの哲平てっぺいを私が心配することあっても、その逆はないと思う…


優花ゆうか。お前は、自分の可愛さが分かってねぇんだよ。ウチのクラスで、けっこう人気あるのに・・いいから、約束しろよ。彼氏は、作らないって」

 そう言うと、哲平てっぺいは、おもいっきり、ふてくされたような表情になった。

 私は、哲平てっぺいの表情が可笑おかしくて、吹き出して笑った。



私が哲平てっぺいを初めて好きだと思ったのは、小学2年生の運動会だった。

 運動会の大玉転がしで、運動神経が抜群の哲平てっぺいは、運動神経の悪い私に、「僕が転がしてあげるから、優花ゆうかちゃんは、一緒を走るだけでいいよ」

 明るい優しい笑顔で励ますように言ってくれた。

 哲平てっぺいの笑顔が、あまりにも輝いていて、その瞬間に、私は哲平てっぺいに恋をしたのだ。私の大切な初恋だった。

 その運動会の時、結局、私は哲平てっぺいの隣を走っていたらしい。

 あのあと、母親が苦笑混じりに言っていたことを、私も、今も、はっきり思い出す。


 哲平てっぺいは、勉強も出来た。頭が良かった。

優花ゆうかちゃん、勉強を教えてあげるよ。わからないところは、ぼくに何でも聞いて」

 哲平てっぺいは太陽みたいな明るい笑顔で言った。

 哲平てっぺいは、目が二重で、目がパッチリして、女の子みたいな顔をしていた。

 クラスいや、学年でも1位、2位、3位を争う人気のあるモテる男の子だった。


 私と哲平てっぺいは、家が近くて、親同士が仲良くて、小学校と中学校の通学の登下校は、毎日いつも一緒だった。

学校にいるときも、哲平てっぺいと休み時間は話をして、一緒に本を読んだり、一緒にいることが多かった。


哲平てっぺいと一緒にいると、私は、それだけで毎日が楽しくて嬉しかった。

私は、哲平てっぺいと一緒にいると、不思議に居心地良かった。

私と哲平てっぺいと気が合って、話も合う。

お互いに、とてもらくな存在で、いつも笑顔が絶えない。


 哲平てっぺいの優しい笑顔が好きだった。


 哲平てっぺいには、3歳年下の妹・亜里菜ありなちゃんがいた。哲平てっぺいは可愛がっていた妹で、私も亜里菜ありなちゃんが自分の妹のように大好きだった。妹のいない私は、亜里菜ありなちゃんのお人形のような可愛さで、私は夢中になった。


「ゆうお姉ちゃん」と亜里菜ありなちゃんは、私のことを、優しい笑顔で、呼んでくれた。亜里菜ありなちゃんの、笑顔は、哲平てっぺいに、よく似ていた。


 私の4歳年下の弟の大輔だいすけは、亜里菜ありなちゃんが好きで、初恋だった。

 亜里菜ありなちゃんも、私の弟のことを好きなようで、「大ちゃん」と呼んで、学年1つ下の弟の大輔だいすけの優しく世話をしてくれる。

 私と哲平てっぺいと、亜里菜ありなちゃんと、大輔だいすけは、いつも、どこに行くのも一緒だった。


 まるで、本当に4人はのように…いつも、ずっと一緒だった…



 昨日、私の恋はを告げた。



「ゆうお姉ちゃん、大丈夫?」

 高校一年生なった亜里菜ありなちゃんが、私を、とても心配そうに声をかける。

 喪服姿の私は、竹内家の通夜の葬儀会場に椅子に腰かけて、項垂うなだれていた。


 葬儀の祭壇の上に飾ってある写真を見るたび、私の目から涙が頬を伝い、こぼれ落ちる。次から、次へ…あふれて…


「お兄ちゃんから聞きました。ゆうお姉ちゃんと将来結婚の予定だったと…」

 高校の制服姿の亜里菜ありなちゃんが震える声で言うと、こらえきれず泣きだす。

 そんな亜里菜ありなちゃんの華奢きゃしゃな細い肩を、横から、中学三年生の弟・大輔だいすけが、優しく包み込むように抱き寄せる。

「おれも聞いた。テツにぃから…大学卒業したら、姉貴と結婚するって」

 中学の制服姿の大輔だいすけは振り絞るように、震えた声で言う。大輔だいすけも泣いている。そんな大輔だいすけの胸に、亜里菜ありなちゃんは、「だいちゃん…、お兄ちゃんが…」と言って、しかめた顔で、泣き崩れた。

 遠くには、哲平てっぺいの両親が泣き崩れている。あとクラスメイトや友人や先生の姿があった。皆、泣いている。


 ー哲平てっぺいずるいよ…


「どうして、私を遺して死んでしまったの?」、 私は、静かに問いかける。


 哲平てっぺいの答えが、帰ってこない。


 祭壇の写真は、太陽みたいな哲平てっぺいの笑顔。

 それは、私の大好きな哲平てっぺいの笑顔だ。私が世界一愛する人の哲平てっぺいの優しい笑顔…


 私は、知らず知らずに視界が涙で滲んだ。


「ずっと、一緒だと、約束したでしょう」、私は哲平てっぺいの写真に呟くように言う。

 写真の哲平てっぺいは、笑う。とても優しそうに。


 もっと側にいて欲しかった。

 もっと沢山手を繋ぎたかった。

 沢山キスをして触れ合いたかった。


 ひつぎの中で眠る哲平てっぺいは…

 哲平てっぺいは、ずっと優しい笑顔のまま、眠ったように…でも、いくら名前を呼んでも、「優花ゆうか」と、哲平てっぺいの朗らかで優しい声で呼んでくれない。

昨日、私の愛する人との恋は、こんなで終わってしまった。


 私は、遠くで、何故なぜか、哲平てっぺいが、私と同じように泣いているような気がした。

 何故なぜだろう、私は不思議な気持ちになった。


 高い…青い空の上で…


 哲平てっぺいは大切な約束を果たさないまま、天国に逝ってしまった…


 私の耳には、あの日の哲平てっぺいの朗らかな優しい声が聞こえてくる。


優花ゆうか。俺たちは、大学卒業したら、結婚して、子供を持って、になろう。絶対に、約束だよ。」、……


約束の言葉を交わす哲平てっぺいの、優しい微笑が思い浮かんで、私の胸の奥を強く締め付けた。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

テッペイとユウカ 雪平 ねこ @momo109

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ