解決編

「一旦、帰ってみんなを集めよう。」

 涼介の声が震えていた。

 十分後、二階の広間に福田と野村を除いた全員が集まっていた。

「野村がその……燃えたのは本当なの?」

 最初に口を開いたのは森だった。

「ああ、燃え尽きていて本人かどうかの確認はできなかったが、多分そうだ。」

「西、これは殺人なのか。」

 木村の質問に涼介は言葉を濁した。

「いや、多分おそらく事故だろ……。」

 これでは殺人と言っているようなものだ。

「犯人は部外者なんでしょ。なら、外に出なきゃ大丈夫のはずよ。」

「でも、本当に部外者なのかな。燃やすならこの建物ごと燃やせばよかったのに。」

「まさか、この中に犯人がいるって言いたいの?」

「違うよ、ただ……。」

 その後は言うまでもなく皆承知していた。森もわかっていたはずだ。論理なんてなくても皆理解していた。犯人はこの中にいると。これ以上状況を悪くなるのを見かねたのか野村がもう寝るよう提案した。同級生が二人の死んでいて、誰も反対しなかった。いや、できなかった。

 それから、涼介はまた僕の部屋に来た。「やっぱりあれは殺人なのか。」

 今回最初に口を開いたのは僕だった。涼介が話し始めるのを待っていられなかった。

「ああ、殺人だ。でもその前に懐中電灯を見つけたい。」

「無くなってたやつか?」

「そうだ。俺の予想だとあれは犯人が隠したんだ。夜のうちに処理されちまったら隠されていたということの証拠が隠蔽されてしまう。」

「よく分からないけど手伝うよ。犯人かも

 しれない人に手伝って欲しくないんだろ。どこを探すんだ?」

「すまない。宿内に隠すと誰かが見つけてしまう可能性がある。とすると屋外。」

 十分後、涼介と僕は宿の裏で立ち尽くしていた。

「随分と熱心な犯人だな。」

 懐中電灯を埋めたであろう場所はすぐに見つけることが出来た。しかし、宿の裏をすべて掘り返されていた。

「しかし、これで懐中電灯が埋められているという確証がもてたな。」

「まさか、半信半疑で探させたのか。」

「悪いな。もしかすると犯人の部屋に隠されているかもしれないとは思ってたんだ。」

「でも、後で探して懐中電灯が出てきたら一発でアウトじゃないか。」

「用が済めば返しておけばいいんだよ。まあ後で説明してやるから。」

 なるほど懐中電灯は一時的に隠したいだけで……そもそも懐中電灯なんか隠して何の意味があるんだ?

「はあ、やっと見つけた。」

 涼介の手には泥だらけの懐中電灯がある。

「確か六時五十分から始めて今が七時半だからざっと四十分もかかったのか。時間をかけすぎたな。まだやる事があるのに。」

 まだあるのか、と思う僕を連れて涼介は木村の元へ向かった。

 涼介が言うにはあちこちにある防犯カメラの映像が見たいということだった。しかし、宿内のカメラは全て止めているらしいので宿の外にある七台のカメラを見ること二時間。木村も部屋に戻ってしまった。まだ九時過ぎとはいえ、さすがに皆疲れているのだろう。目の疲れと引き換えに得たのはごく僅かな情報だけだった。焼死していたのは確かに野村だということ、木村と中村以外の全てが容疑者だということだけだ。木村と中村は物置に入ってなかった。というか誰も野村が入った後に物置に入ってなかった。簡単な時限装置でも作ったのだろうか。

 ここで二宮は疑問に思った。誰も懐中電灯を埋められないのだ。宿の外に出た人は全員建物の裏へ行くことなく宿に戻っている。正確には中村が宿に帰って行くのは映っている。例の盗撮事件の時だ。もちろんこの時にはまだ懐中電灯はあった。ということはどういうことだ?窓から飛び降りたのか。草が生えているとはいえかなり音がするはずだ。中村が落ちたときに聞いたから間違いない。仮に誰にも気付かれずに飛び降りたとしてもどうやって自分の部屋に戻ったんだ。宿の壁は作りたてで足場はない。機械なんかを使ったのかと思ったが、ミステリーの世界じゃあるまいし。

「もうそろそろ寝ようぜ。今にもまぶたが落ちてきそうだ。」

「何かわかったのか?」

「実を言うと何も分かってないんだよな。集めれるだけ情報を集めたけど、どれを使ってどれを使わないか分からないからな。まあ、ゆっくり寝ながら考えるよ。」

 そう言って涼介は自分の部屋に消えていった。僕が殺人かどうか聞いた時、自信ありげに殺人だなんて言っておきながら何も分かっていなかったなんて……、そう思いながら僕もベットに消えていった。しかし、本心ではこの努力が無駄になるはずがないと確信していた。

 翌朝、珍しくドアを叩かれることもなく自力で起きることができた。ぬるいコーヒーを飲みながら昨日のことを考えた。確か、懐中電灯を見ながら防犯カメラを見つ

 けて……

 ガチャガチャ、ドンドンドン。

 乱暴に叩く音が聞こえた。どうせ涼介だろうと思って開けると

「なんで鍵開けてないんだよ。」

 案の定涼介だった。朝早くからどうしたんだ、と聞こうと思ったがそのまま待っていれば自動的に喋るだろう。

「殺されるかと思ったぜ。」

 この言葉には反応せざるを得なかった。さすがに飲んでいたコーヒーを吹き出しはしなかったが、コーヒーを飲んでいたら涼介の顔から香ばしい香りが漂っていただろう。

「どういうことだ。狙われたのか、犯人は誰だったんだ。」

「ん?ああ、別に誰かに狙われたわけじゃないが、ミステリーの世界じゃ真実を知った者は殺されてしまうだろう。」

「なんだ冗談か……って犯人が分かったってことか。」

 僕の目を見張った質問に涼介の答えはシンプルだった。

「当たり前だろ。」

 涼介と過ごした十年間で一番のドヤ顔だった。

 十分後、涼介の顔が歪んでいるのを見ることになった。涼介がドヤ顔をした直後ガラスの割れる音がして僕たちは三階の広間に向かった。すでに森と木村が来ていた。二人が見つめる先には倒れ込んだ宮本と包丁を持った遠藤がいた。

「まさか、犯人は遠藤?」

「違う違う、向こうから襲ってきたんだよ。」

 遠藤が慌てて弁解したことによると、広間にくつろいでいるところに宮本が来て遠藤を殺そうとしたらしい。そしてそれを返り討ちにしたとのことだった。宮本が包丁を遠藤に向けているのを木村と森が目撃しているのを見ているので間違いないだろう。それから宮本を拘束すること二時間、やっと迎えが来た。木村が事情を話して三十分後には警察が来た。僕も取り調べを受けることになったが、一日目は早くから寝ていたこともあり深くは追求されなかった。もちろん、涼介の推理については触れなかった。

「本当に宮本が犯人なのかな。」

 ベッドに座った涼介が言った。場所は僕の部屋だ。ちなみに宿ではなく、家の自室だ。

 キャンプ中に二人も死んでいると知った両親は猛スピードで迎えに来た。こんなことがあると愛されてるなと実感する。そんなことはさておき、警察から解放されて家に帰るとすぐ涼介が訪ねてきた。服もキャンプの時のままだ。

「涼介が思ってた犯人は宮本じゃなかったのか。」

「今回の連続殺人には遠藤は含まれてないような気がするんだよな。」

 改めて連続殺人と聞くとおぞましい単語だ。

「涼介の推理では誰が犯人なんだ?」

「まず、野村の事件から話そう。物置に行くとき、ろうそくがなくなっていたのに気づいたか。」

「一回り大きいろうそくのことだろ。」

「ああ、野村は無くなっていた懐中電灯の代わりにあのろうそくを使ったんだ。しかし、ろうそくだけでは周りを照らすのに十分じゃない。そんな時お前だったらどうする?」

「普通だったら照明があるかどうか確認するけど物置に照明なんかなかった。諦めてろうそくだけで……まさか物置に火をつけて照明代わりに?」

「んなわけないだろう。というか、最初に言ってたやつが正解だ。照明をつけたんだよ。」

「でも、物置に照明なんてなかっただろ。」

「正確には照明じゃない。紐付き照明ってわかるか。あれの紐だけを見て照明だと勘違いしたんだ。本当はたらいから紐を吊るしてただけなのにな。」

 ここまで聞いたらピンとくるものがあった。

「たらい……なるほどたらいの中にガソリンが入れてあったんだな。たらいをギリギリのところに置いて紐を引っ張れば……」

「そう、そして野村は頭からガソリンを浴びた。いや、野村の持っていたろうそくといったほうがいいかな。これで分かっただろう、なぜ犯人が懐中電灯を隠したのか。懐中電灯にガソリンかけたってちょっとベトベトするだけだからな。懐中電灯が見つからなかったら玄関にあるろうそくを使うのは犯人にも容易に推測できたはずだ。これで犯人の条件が絞れた。犯人は懐中電灯を隠すことが出来た人物だ。」

「待て待て、そもそもそんなことができる人物なんているのか。防犯カメラを見た限りだと懐中電灯を隠せる人がいるとは……。」

「防犯カメラに映ってなくて当たり前だよ。防犯カメラの死角から出て死角から帰ったんだから。」

「まさか窓から出たのか?僕もそれを考えたけど帰ることが出来ないじゃないか。」

「当たりだよ。でも、普通に飛び降りたら怪我する危険性と音で気づかれる可能性がある。しかし、水道管があれば違う。それに掴まって降りたらいいだけだ。ちなみに帰るときも同じだ。それに掴まって登ればいい。考えてみたら案外単純なことだよ。朝、建物の周りを二周ぐらいしたら気づいたよ。」

 朝、僕の部屋に来た時寝巻きじゃなかったのはそういうわけか。

「じゃあ、中村が犯人?でも、中村は物置には行ってなかった。共犯者が?」

「よく考えろ。中村の下の部屋は誰だ?」

 よく思い出せなかったが、中村が下に降りて盗撮しようとしたのを思い出したら芋づる式に思い出した。

「森か。信じられないな。」

「じゃあ、誰だったら信じられたんだ。覚悟はしておくべきだ。」

 いつになく真剣な表情を見せる涼介に僕は黙り込んでしまった。

「これで終わりじゃないぞ。これはまだ推理に過ぎない。犯人の自供がなければただの妄想になってしまう。」

「犯人を問い詰める気か。警察に突き出したらいいじゃないか。」

「警察に突き出せたらいいんだが、警察がこんな推理を聞いてくれると思うか。」

「論理的に作られてるし、どこにもボロがないじゃないか。」

「それでも、警察はどこかに欠如があると思ってるんだよ。自分達は見つけられないのにな。というわけでこれがお前の任務だ。」

 そういって涼介は四角い箱を渡した。それはずっしりと僕の手にあった。

 ギシッ

 少しの音でも過敏に反応してしまう。寝ているとはいえじっとしているのは案外大変だ。もう一時間以上この状態の気がする。しかし、まだ五分しか経っていない。箱の中に隠れている僕と違って涼介は重厚な椅子に座っている。倉庫の中だから暗い上に音が響くから余計に恐怖心を駆り立てる。

「これがお前の任務だ。」

 そういって涼介が渡したのは盗聴器だった。といっても後から説明されたから分かったで、決して見覚えのあるものではない。簡単に言えば今から森に自供させにいくからそれを盗聴しろ、とのことだった。

 盗聴器の出どころには触れなかったが、大方盗撮の次のプランだったのだろう。

 そんなわけで盗聴器をを持って箱の中に隠れている。涼介曰く二重底になっているらしくもし開けられても大丈夫らしい。目の位置に穴を空けて外が見えるようにした。目的は盗聴なのだから、僕が見える必要はないのだが。

 コツコツコツコツ

 倉庫に足音が響くのと同時に僕達は緊張感を募らせた。

「こんなところに呼び出して何の用かしら。」

「何の用かわかってなかったら来てないだろ。」

 どちらも無表情で淡々と話した。僕に話したのを同じように森に話した。森の理解が早かったのは単純に頭がいいからかそれとも張本人だからか。

「ふーん、あなたがいいたい事は分かったわ。用するに私に自供して欲しいの?」

「いや、自供はいらない。なぜ殺したかその動機が知りたいだけだ。」

「それを話したら自供になるじゃない。」

 そういって森はいきなり涼介のポケットに手を突っ込んだ。

「!」

「盗聴器なんて持ってないわよね。」

 !!!つい声を出してしまうかと思った。涼介に言ったつもりらしいが、盗聴器を持っている身にしては怖い以外の何者でもない。

「まさか、盗聴器なんて……」

「これは何かしら。」

 森が涼介のポケットから取り出したのは僕の手にあるものと一緒だった。なぜ涼介のポケットに盗聴器が入っていたのか、考えるまでもない。囮だ。僕が持っている本命を隠すためだろう。森はしばらく涼介のポケットを探った後盗聴器を床に叩きつけた。

「残念だっだわね。まあ、予想はしていたけど。こんなに古い倉庫じゃカメラもないし、どうしようと私の自由よね。」

 まさか、涼介を襲うつもりなのか。ならばこんなことをしている暇はない。

「まあ、座れよ。殺人を犯さないといけない何かがあったのか。」

「私に彼氏がいたのを知ってるかしら。」

「ん?ああ、自殺した生徒副会長のことか。確か名前は山西誠也とか。」

「なぜ、副会長になったか知ってるかしら。」

「うちの学校じゃ、投票数が多い順に生徒会長、副会長になるんだから会長より票が少なかったんだろ。」

「そんなわけないじゃない。野村が票を操作したのよ。野村は生徒会長になれば夜遅くまで学校に残ることになる。それをいいことにテストをコピーして福田に流していたのよ。福田はテストのコピーをもらう代わりに選挙管理委員会長の遠藤に票を操作させたのよ。」

「野村と福田と遠藤が共犯ってことか。でも、証拠があるのか?もしそれがデマだったら……。」

「遠藤が吐いたわ。誠也がまだ生きているときにね。最初は三人を突き出してやろうかと思っていたけど、誠也が自殺した。その後、気になって遠藤を問い詰めたわ。そしたら言ったわ、野村と福田と一緒に自殺させたと。」

 まさか副会長が殺されていたなんて、一時期そんな噂があったが本当だったのか。

「すまない。」

「なぜあなたが謝るのかしら。」

「二宮、出てこい。」

 これは作戦の内に入ってなかったが、何か策があるのだろうか。僕は天井(底?)を押し上げて外に出た。

「やっぱりね。」

 森は歯ぎしりをしてにらめつけてきた。

「本当はこっそり警察に渡すつもりだったんだが、今なら選択肢をやるよ。自首しろ。ちなみに自首しなくてもこれを警察に渡す。それにまだ未成年だろ、罪も軽くなるぞ。」

「ええ、そうね。でも、まだ選択肢はあるわ。この事を知っているのはあなたたちだけなんでしょ。」

 そういってナイフを僕に突きつけてきた。

 涼介に逃げろと言いたいが、ちょっとでも喉を動かすとナイフが当たりそうだ。

「逃げないでよ。あなたのせいでこの子が死ぬわよ。」

 涼介は驚く事もなく、口を開けた。

「残念だ。」

 その次の瞬間拳銃を持った二人組が倉庫に入ってきた。刑事だろうか。

「警察だ、ナイフを下ろしなさい。その子を殺しても君は捕まる。よく考えろ。」

 刑事の言葉に(というか拳銃に)観念した森はナイフを床に落とした。森が捕まり、一件落着といきたいところだが、

「よく、警察が来てくれたな。説得したのか。」

 疑問が残る。

「説得かな。俺が犯人だと思わせることで、尾行してもらったんだ。もし二宮の盗聴器が見つかったときのことを考えて人間盗聴器を用意してたんだ。話す手間もなくなるしな。」

 さすが涼介、あらゆる事態を想定していたのか。その後警察に連れて行かれて危ない真似はしないように注意を受けたが、事件解決の貢献をしたとして親への連絡は避けられた。その後、親に迎えに来てもらうわけにもいかないので歩いて帰った。

「そういえば、宮本が遠藤を襲ったのは何か理由があったのか。」

「宮本って野村と付き合っていただろう。」

「そうなのか。」

 初耳だ。

「まじかよ。超有名だぞ。」

 そうなのか。しかし、誰も教えてくれる人がいないから知らない。

「で、予想なんだけど野村が選挙で悪事に働いて遠藤がそれをバラそうとした。そして、宮本が遠藤を襲った。てことは野村が選挙の票を操作したのを宮本も知っていたんじゃないか。だから、それをバラそうとした遠藤を襲ったんじゃないか。もしかしたら宮本も野村の共犯かもしれないな。」

 涼介の予想が当たっているかどうかは別にして、文芸部は閉鎖されるだろう。

 こんなことがあっても数日すれば普通の生活に戻った。ただミステリー小説は避けるようになったし、死に関する言葉に過敏に反応するようになった。

「二宮、そろそろ高校生活も終わるし、どっか旅行でも行こうぜ。」

 受験の疲れを癒したい僕は渋々といった顔をして言う。

「しようがないなあ。確か……。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ロジカル探偵 森亜茶 寺夢 @kouta4578

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ