二人目
涼介が駆け寄るのを見て、女子二人以外は涼介の後を追った。
「救急車だ。救急車を呼ぶんだ。」
野村が叫んだが、
「救急車は必要ない。警察だけで十分だ。」
涼介の一言に皆黙り込んでしまった。福田の顔を見てある程度予想できていた事実ではあったが、信じられないという思いが強かった。
「あれ、なんで圏外になってるんだ。」
木村がさっきからスマホを触っていたから何をしているのかとおもっていたが、警察を呼ぼうとしていたのか。さっき見たとき圏外になっていたが、あれは木村の演出ではなかったのか。
「昨日までは使えたじゃないか。どうなってる。」
急いで確認をした野村が問うたが、誰も答えない。
「とりあえず、広間に戻ろう。ここで話していても拉致があかない。」
野村の判断に反対するものはおらず、ひとまず、広間に帰ることになった。
「あれは殺されたのか。」
広間に帰ってすぐ口を開いたのは涼介だった。何を不謹慎なことを言うんだ、と言おうとしたが殺人かもという思っている自分もいて口には出来なかった。
「あまり、パニックになるようなことは言わないで欲しい。確かに殺されたのかもしれないけれど、その疑問を口に出すのはやめてくれ。」
僕の言葉を代弁するように野村が言った。
「違う。」
「何?」
「疑問じゃない、事実の確認だ。」
顔には出さなかったが、この言葉には誰もが驚いたと思う。
「どういうことだ。根拠もないのに殺人だと言わないでくれ。」
「根拠はある。福田の顔を見ただろう。首を傾げてよだれを垂らしてた。どこかから出血している訳でもなかった。まず死因として考えられるのは毒だ。横にコーラの入ったコップが転がっていた。死ぬ寸前まで飲んでいたんだろう。毒を入れるとしたら第一候補がコップの中だ。案の上あったよ。」
と言って手の中からカプセルを取り出した。しかし、何か変だ。
「そのカプセルに付いている透明なものは何だ。」
そうだ。カプセルに何か透明なものが付いてる。それは涼介の手を濡らしている。あれは……
「氷か。」
カプセルの左半分を包み込むように氷が付いている。
「そう、このカプセルは氷の中にあったのだろう。白いから氷の中にあればほとんど目立たない。そして、コーラの中でカプセルごと溶けていき福田がそれを飲んだ。」
「ということは、誰かがカプセルを水と一緒に凍らして福田の飲み物に入れたということか?」
ようやく、事態が飲み込めてきた木村が言った。
「いや、福田本人が入れた可能性もある。最も、自殺用にこんな手間のかかることをするとは考えにくいし、もし発見するのがもう少し遅かったらこのカプセルは見つからなかったかもしれない。」
「ちょっと待って。全然理解出来ないんだけど。愛弓助けて。」
「私も理解出来ないのですが、要するに福田さんは誰かを殺すためにカプセルを作ってそれを間違えて飲んじゃったということですか。」
いきなり始まった殺人事件の説明に、ついていけてない森と宮本が説明を求めた。
「そういう訳じゃない。誰かが福田を殺すためにカプセル入りの氷を他の氷と混ぜておいたんだよ。福田は勉強するときいつも氷を入れてキンキンに冷えたコーラを飲むから、上の方に置いておけば飲んだだろう。もしなんらかの理由で毒を飲まなくても、バレるわけじゃないからな。このキャンプ中にチャンスを窺えばいい。まあ、この氷を作った人は運が悪かったらしい。」
「どういうことだ。」
つい、僕は口を挟んでしまった。
「考えてみろよ。福田が死んでるってことは毒入りのカプセルが溶けたってことだろ。なのに、俺が持ってるカプセルはまだ溶けてない。なんでこんなに差があると思う?」
涼介は一呼吸置いて喋り出した。
「福田は一度氷を入れてカプセルの毒が溶け出すと、また氷を入れて、それから飲んだんだ。」
なぜそんなことを、と思ったがすぐに理解出来た。カプセルの毒が溶け出すということは氷が溶けているということ。キンキンに冷えたコーラが好きなら当たり前のように新しい氷を入れる。その時にカプセル入りの氷が入ったわけだ。皆、納得した表情をしていた。これには宮本も納得したようだ。涼介の手のカプセル入りの氷はかなり溶けていた。
「根拠は示したぜ、生徒会長さん。」
「根拠がないと決めつけてかかったのは悪かった。しかし、この段階で殺人事件だと証明しても皆疑心暗鬼になるだけだ。」
「それは悪かったけど、こっちにも事情があるんだ。あまり時間を置いてこんなことを言っても、氷が溶けてカプセルだけだと本当に氷の中にカプセルがあったかどうか
分からないだろ。それに、俺がその間に作ったのかもしれないじゃないか。だから、"証明"は早い方が良かったんだよ。」
「おい、西。氷溶けてるけど大丈夫なのか。」
遠藤が気づいて、忠告すると
「やべッ。袋、誰か袋持ってないか。」
「これでいいかな。朝ごはん作るときに使った野菜が入ってた袋なんだけど。」
木村はやはり用意がいい。
「ありがとう。あぶねーもう少しで福田の後を追うところだったぜ。」
「………。」
酷すぎるブラックジョークだ。
「殺人事件だと証明されたならなおさら警察に連絡しないと。この山を下れば三十分ぐらいで町に出られるから誰か体力に自信のある人行ってくれないかな。」
「それはやめた方がいいぜ、木村。殺人犯がこの宿の外に潜んでる可能性がある。」
「でも、氷の中に毒入りカプセルを入れるなんて福田の事を知ってなきゃしないだろ。」
「無差別犯ならどうだ。犯人が福田を狙ったとは限らない。その可能性は高いが、たまたま福田が毒を飲んでしまっただけかもしれない。」
「そんなことを言い始めたらキリがないぞ。」
「キリがないってほどでもない。犯人はこの中にいるかあるいは外に潜んでいるかだ。」
「ということは、私たち閉じ込められたということかしら。」
間があって森が言った。
「そうだね。雪山と違って出て行くことはできるけど、リスクがある。幸い、あと三日すれば僕らを迎えにきてくれるから三日の辛抱だね。」
野村はこんな時でもリーダーとしての役目を果たしてくれている。
「三日か……。」
三日は短いようで長い。夏休みのキャンプの続きをしようと言い出す者はいなかった。
その後野村の提案により個人個人で休むことになった。特にすることがないので部屋で寝転がっていると、
「おーい、部屋にいるのか。」
涼介が来た。仕方無く、部屋に入れてやると堂々と僕のベッドを占領した。
「事件のことなんだけどな……」
ジケン?事件と聞こえたような。あれ、なんかデジャウ。
「実験に付き合ってくれないか。」
これは流石にジッケンとは思わなかった。
「実験?なんの実験だよ。」
「氷を作る実験さ。福田を発見した時、カプセル入りの氷が溶けかけだっただろ。ということは飲んだのは見つけた時間にかなり近いだろう。何時間で氷ができるのか分かればどこで氷ができたのか分かる。」
「そんなことで何がわかるんだ。」
「予想が当たってれば、俺とお前と木村は容疑者から外れる。あと、部外者が犯人という線も消える。」
予想もしなかった言葉に、座っていた椅子から転がり落ちそうになった。
「容疑者が五人に絞れるということか?」
「そうともいえるな。」
軽く言うが、そんなに簡単なことではないと思う。どこにそんな手がかりがあったというんだ。それに今回の涼介はいつになく真剣だ。殺人があったのだから当たり前といえば当たり前だが、そんな時でも皆を元気づけようとするのが涼介という人間だ。
とにかく、実験というのは単純で、この宿の冷蔵庫で氷が作れる時間を調べるということだった。僕と涼介は二手に分かれて片っ端から冷凍庫に水を入れていき、凍るまでの時間を調べた。最も僕らの冷凍庫は電気が通っていなくて使えないので、東棟の冷凍庫を使わせてもらうことにした。
結果は単純で、部屋の冷凍庫では二時間、広間の冷凍庫などは少し差があるがほとんど二時間半だった。しかし、こんなことで、本当に僕は容疑者の中から抜けられるんだろうか。
「涼介、何か分かったのなら教えてくれよ。」
全く考える気のない僕が聞くと、何か考える仕草をしてから口を開いた。
「昨日の夕食の後、お前以外は全員十二時に寝た。いや部屋に入ったという方が正しいな。それから、福田を見つけたのが五時半。つまり大体五時間の間に氷を作って冷凍庫に潜ませたんだ。」
「ちょっと待ってくれ。寝る前にもう氷を作り始めていたということはないのか。」
「それはない。木村が冷凍庫の電源をつけたのは十一時頃だと言っていた。そして、十一時から十二時まで、広間を離れたものはいない。十一時からはカラオケをしてたから誰も場を離れなかったのはよく覚えてる。それから、二時頃にあったアレを含めると……。」
「アレってなんだよ。二時に何かあったのか?」
「ほんとにぐっすり寝てたんだな。どんだけ疲れたんだよ。不具合って言っただろう。それのことだ。二時頃にガンッて音が鳴ったんだ。後から気づいたんだが、あれによる衝撃で西棟と広間の電気が遮断されたらしいんだ。広間の電気は三十分ぐらいで復旧したらしいがな。もし、俺たちが犯人で自分たちの部屋で氷を作っていたなら二時から二時半の時点で氷が溶けてしまう。二時半から広間でまた氷を作ったとしても氷が出来るのは五時だ。もし、五時ちょうどに広間の冷凍庫にカプセル入りの氷を入れたする。しかし、福田が飲んだのは氷の溶け具合から五時すぎだ。つまり、どれだけ運がよかったとしても俺たちが犯人なら時間が足りない。今回の毒殺が出来るのは東棟の人間だけだ。東棟の部屋の各部屋は鍵をかけていただろうから、部外者の可能性もなくなる。」
頭を何かで殴られたようなというのはこんな感じなのだ。西棟の電気が途切れたということだけで、容疑者の範囲をこれほど縮めたのだ。ひらめきと頭の回転の速さがなせる業だ。しかし、福田を殺した犯人は同じ宿の下にいる五人の中にいることが証明されてしまった。
「とにかくこのことは他言無用だ。もし、五人の中に犯人がいるとわかったら、皆疑心暗鬼になるだろう。それは避けたいからな。」
これについては同意見だ。しかし、五人の中に犯人がいるとわかっても平然を装えるだろうか。今、話しているのが犯人かもしれないと思うと、どうしても疑惑の目を向けてしまいかねない。
コンコン
「「!!!」」
「もうそろそろお昼ご飯だけど……。」
木村の声が聞こえて安心したが、木村も容疑者の一人なのだと思うと緊張を隠せなかった。
「わかった、すぐ行くよ。」
いつも通り声を出したつもりだが、上擦っていたかもしれない。
お昼ご飯はレトルトカレーだったが、誰も文句を言うものはいなかった。ただ淡々と食事という作業をこなすだけだった。
「さて、どうしたものか。」
お昼ご飯を食べた後、涼介が僕の部屋で最初に発した言葉だ。
「まさか、犯人探しでもするつもりなのか。」
「当たり前だろ。もし犯人が一人殺して満足しているならいいが、まだ、殺人を続けるかもしれない。」
「そんな狂気にまみれた奴がいるって言いたいのか。」
「そういう可能性が残っている以上犯人を突き止めたい。それに犯人を見つけておいて損はないだろ。」
同級生が連続殺人犯なんて信じたくないが、人を一人殺しているには変わりない。
「具体的にどうするつもりなんだ。犯人探しには警察の科学捜査が必要不可欠だろう。」
「今回の殺人犯は学生なんだ。殺人のプロじゃない。どこかでボロを出してるかもしれない。」
というわけで福田の部屋と殺人現場の広間を三時間にわたり捜索したが、何も出なかった。もっとも警察であれば、指紋の一つや二つは見つけれただろうが。
「さっき容疑者が絞れたのは偶然だったかもな。」
さっきの意気込みはどこへ言ったのやら。 今夜はバーベキューの予定だったが、当たり前のように肉や野菜を焼くだけとなった。
事が起こったのは夕食を食べてすぐだった。物置が燃えていることに気づいてすぐに皆を呼びに行ったが、炎に覆われた物置には消火器を使っても焼け石に水だった。それでも、十五分ぐらいすると火はひとりでに収まり、二十分後には焼け落ちた物置だけが残っていた。
「何だったんだよ。物置に火を使うものなんてなかっただろ。」
消火活動を終えて最初に口を開いたのは涼介だった。
「そのはずだよ。ガソリンとかはあったけどドラム缶の中に入れてあったはずだよ。」
「そういえば、食糧はまだあるんだろ。」
「あそこには予備しか置いてなかったから、無くても支障はないよ。」
涼介はそうかと力尽きたように言ってソファに倒れ込んでしまった。木村はトイレに行くといって、入れ替わるように中村が入ってきた。
「なあ、野村がどこにいるか知らないか。ゴミ捨てを頼んでいたんだが、間違ってゴミじゃないものを入れてしまったから回収しようとおもったんだが、どこにもいなくて。」
「あ?中村か。ゴミ捨て場に行ってみればいいじゃないか。」
「でも、懐中電灯が無くなっているんだよ。だから、行きにくくて。」
「玄関のとこにあるだろ。もう一回見て来いよ。」
疲れている涼介はかなり投げやりになっている。
「何かあったのか。」
木村がトイレから帰って来ていた。
「野村がゴミ捨て場に行って帰って来ないんだとよ。」
「何だって!」
木村の顔がみるみるうちに歪んでいく。
「どうしたんだよ。」
「どうしたじゃないだろ。ゴミ捨て場は物置の中なんだぞ。」
これには涼介も飛び上がった。そして、反射的に駆け出していた。
「懐中電灯はどこだ。」
玄関に差し掛かったあたりで涼介が叫んだ。
「だから無くなっているって言っただろ。」
近くに装飾用のろうそくがちょうど四つあった。しかし、もう一つ大きなろうそくがあったはずだが……。そんなことを考えていると燃え尽きた物置が見えてきた。
「おい、そっち持て。一、二、三……。」
燃え尽きていた屋根は簡単に崩れた。
「うッ……。」
原型は留めていなかったが、人間が燃えたということはわかった。顔の上にたらいのようなものが載っていたが、取る勇気のあるものはいなかった
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