エピローグ


 東校の校門前に佇み、ライトアップされたステージと熱狂の坩堝と化した客席を遠くから見る女性の影があった。女性が暫くそこに立っていると、後方の道路に白いハイエースが止まった。横目でそれを見ていると、そこからスーツを着た一人の老人が降りてきた。

「なんだ。折角間に合うように連れてきたっていうのに、近くで見ないんか。翔子」

「なにしにきたのよ、お爺ちゃん」

「おいおい、折角警察からかばってやったっていうのにそれはないんじゃないの? 車も勝手に持ち出すし。あれほど勝手に乗っちゃ駄目って言ってたのに」

「あんなとこに盗難車なんか置いとくお爺ちゃんもいけないでしょ」

「えー、わしのせい? あれは組のもんが勝手に……ま、いいけど。いつも示談金出してあげてるのが誰なのかちゃんと肝に命じとけよ」

「分かってる分かってるって。お爺ちゃん大好き!」

「現金なやつめ……でも孫だから可愛いなぁ」

 しばらく談笑していると老人の方が遠くのステージの方を見た。

「あれがお前がえらく肩入れしてたバンドの連中か。確かすたーまいん、とか、言ってたな」

「ええ。……いいでしょ?」

 老人は暫く音に耳を澄ました。

「……うむ。確か、に……なんでドラムが単音だけなんだ?」

「そういう細かいところじゃなくて。……あいつら、多分世界で一番、今っていうこの瞬間を楽しんでるわ」

 翔子がそう言うと老人はしばらくステージの音に耳を澄ました。

「なるほどな……まるで昔のお前みたいだな」

「そういうお爺ちゃんもね」

 二人は顔を見合わた途端、はじけるように笑い合った。ひとしきり笑うと老人は目元を軽く拭いながら言った。

「わしらが伝えたかったことが次の、その次の世代のボンクラ野郎達にまでちゃんと伝わっててよかった」

「あいつらもきっと、誰かに伝えるのね」

「そう。そうやって転がっていくこと。これ即ちロックンロールってわけよ。あーわしも久しぶりにギター弾きたくなってきた! わしも負けておれんわ! んじゃ、翔子。わし、帰るから」

 老人はそう言うと乗ってきた車の後部座席のドアを開けた。車に乗りかけてちらと翔子を振り返った。

「翔子。お前もお前のロックンロールを最後まで貫き通すんだぞ」

 じゃ、と言って老人は車に乗り込むとすぐに走り去った。翔子はその最後言葉に少しだけ面食らったがすぐにその真意を悟って笑い出した。


 かなわないな、おじいちゃんには。


 心の中でそう呟くと、翔子は光と音の中へと駆けだしていった。

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それは花火のように 田中ハナウタ @tanakanantoka

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