大陸包子
青瓢箪
大陸包子
満州のマサヨちゃんのお家には、支那人のお姉さん、朝鮮人の男の人がいます。
朝鮮人の男の人はお庭や家の手入れなどをしてくれ、支那人のお姉さんは料理やお掃除をしてくれます。
マサヨちゃんは支那人のお姉さんが作ってくれるご飯が大好きです。
お姉さんは包子がとっても上手なのです。
マサヨちゃんのお父さん、お母さん、二人のお兄さん、下の妹もみんな支那人のお姉さんが作る包子が大好きです。
満月の日には包子パアテイをします。
お姉さんがどっさり作ってくれたお肉のタネを、マサヨちゃんと妹がお手伝いして小麦粉を練った白い生地で包みます。
沢山出来上がった包子をお姉さんが大きな鍋に放り込んでどんどん茹でていきます。
熱々に茹で上がった包子はお姉さんがどんどん掬って大きなお皿に入れていきます。
お皿いっぱいになった包子をマサヨちゃんは気をつけて運び、お酒を飲んでいるお父さんの前に置きます。
みんな次々に包子を口に放り込みます。
つるつるモチモチした白い生地を噛めば、ジュワ、と肉汁がたっぷり口の中にあふれ出ます。
マサヨちゃんと妹は猫舌なので、少し冷めてから食べるのですが、お兄さん二人はそんなことは構わずにどんどん食べてしまうので、マサヨちゃんは気になって仕方がありません。
残った包子の生地で支那人のお姉さんが小さなマサヨちゃんと妹のために動物を作ってくれました。
これは犬、こっちは猫、これは何でしょう、羊でしょうか。龍に蝙蝠、蛇もいます。
食紅で目を描きたくなります。
部屋の窓から見える満月を背に、皿に沢山入った包子はみるみるうちに減っていきます。
家族で美味しいものをお腹いっぱい食べて、とても幸せな時間だとマサヨちゃんは思いました。
* * *
「満州に居た時のことを思い出すと、いつも包子が頭に浮かぶのよ。美味しかったわねえ。お手伝いさんのお姉さんは料理が上手だったのねえ」
「包子には何をつけて食べたんですか」
「さあて、醤油かしら。何もつけなかったんじゃなかったかしらねえ。本当に美味しかったのよ」
足浴に入りながら雅代さんは微笑んだ。
「記憶ではっきりと甦るのは、食べた物の味や匂いね。旅行に行ってもね、景色や泊まったお部屋のことよりも覚えてるのは召し上がった料理のことだけ」
「あたしもですよ。記憶は匂いや味覚と密接に関係しているといいますね」
雅代さんは機能訓練デイサービスに週に二度通う要支援2の83歳女性だ。上品な方で、着ている服はいつも高価でセンス良く、私たちスタッフはお洒落番長と呼んでいる。昔からいい育ちをしてきたおばあさんだと思う。
「家には支那人や朝鮮人のお手伝いさんが何人か居て、とてもいい暮らしをしていたと思うわ。幸せだったわねえ。満州から引き揚げるときの記憶より、包子の記憶の方がしっかり覚えてるのよ」
雅代さんは遠い昔を思い出すように目を細めた。
「あんなところからよく日本に帰ってこれたといまでも思うわ。私たちは一つのところに押し込められてね。ソ連兵が女の人を何人も連れて行ったのを見たわ。このまま私たちはどうなるのかしらと思っていたときに、お手伝いだった支那人のお姉さんが来てくれたのよ。私たち家族を心配して、食料を持って来てくれてねえ。有り難かったわねえ」
雅代さんは子供の時に満州から引き揚げるお話で本が書けそうよ、と話した。
* * *
シフトを終えてデイサービスを出ると、夕暮れの空に白く丸い月がかかっていた。
今日は仲秋の名月だ。
包子とは概ね肉まんのことを指すと思うのだけれども、雅代さんが満州で食べたのは水餃子ではないだろうか。
ロシアにはペルメニ、モンゴルにも羊肉を入れたボーズという水餃子のようなものがある。
雅代さんの話を聞いて私の頭に思い浮かんだのは小龍包だ。
今日の夕食は私の頭の中で既に決まっていた。
冷凍小籠包を目指してスーパーに入る。
白菜を敷いて蒸し器で蒸そう。
私も主人も鎮江香醋が好きである。
レンゲに熱々の小籠包を乗せて香醋を垂らし、少しずつ食べて肉汁をすするのを想像して私は猛烈に食欲が湧いた。
雅代さんが満州で味わった包子の肉汁と小籠包の肉汁は同等のものだと思う。
手は陳列棚から紹興酒の小瓶と干し梅を取り、カゴに入れていた。
温めた紹興酒に一瞬だけ干し梅を入れ、取り出して飲む飲み方が私は好きなのだ。
スーパーを出ると空に輝きを増した大きな月が目に入る。少し冷えた空気が頰を撫で、私は秋を感じる。
遥かなる大陸で見る月はどのようなものだったのだろう。
今宵は満月。
満州の雅代さん家族のように、私も主人と大陸包子を味わおうじゃないか。
足取りも軽く、私は早くも口の中に広がる肉汁を想像し唾を飲み込んだ。
大陸包子 青瓢箪 @aobyotan
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