第十四話 ブラックタワー入口にて
ジャック達の行動は実に手慣れたようなものだった。
俺が設定した“身体能力強化”が効果的だったのもあるのだろうが、背中どころか通路の端にだって目があるんじゃないかと思わせるほど、正確に銃弾や手榴弾を投げ込み有象無象のプレイヤー達を一蹴してみせる。
それからすぐに目配せだけで、ディーとだんごの二人はそれぞれ別の方向に走り出し、囮として派手な乱闘を開始する。口元が動いていなかったところを見て、事前に計画された動きだったらしい。
彼らを信用するべきかはまだはっきりとわからないが、それでもまずはクロに接触するのを優先しないと。
*
人の少なくなった路地を抜け、大きく開けた道に出て、また路地に出てを繰り返す。そして、ようやくクロがいるらしい高層ビルの正面に辿り着いた。
海が見える位置に建てられたこの辺りで最も大きな建物。窓の一枚一枚が青い空を反射する。物理法則など無視しているらしく、途中まで細くなり、途中から太くなる。そんなまるでトロフィーのような形状の建物だ。
「ここか?」
「ああ。そうや」
ここにいるのは、俺とジャックだけ。通行人はNPCも含めていない。遠くにいる可能性もあるが、見せない処理が入っているのか、全く見えない。
「――どうして誰もいないんだ?」
「それはワイも知らんな」
警備員の一人もいない。クロは将棋で言う玉だと思っていた。つまり、獲られた時点で負けが確定する。なのに、誰もいないのは妙だ。
「だけど、たぶん、罠仕掛けてるやろな。クロはんのことやし」
そりゃそうだろうな。
陣地で出来ることメニューの中から、罠に関連する項目を探す。設置や無効化など、様々な項目がある。とにかく、自分が持っている陣地の中では罠に引っかからないことが分かった。
「よし。ハッカー。俺は先に行ってる。一応、見つけたら保護する」
いくらトラップがこの先にあろうと、この建物は今俺の物だ。だから――。
建物のエントランスに入って五歩ほど、歩いたときだった。ガチャリと天井から音がする。そこには今までなかったはずの銀色の――。
続く衝撃音。
何が起こったのかは見ていた。天井から檻が降ってきたのだ。
「なんだこれは? ……罠は俺に反応しないように設定したはずだ」
俺の後から、ジャックがゆっくりと入ってくる。視線が常に周りに向けている。どうやら、このトラップはジャックにも有効のようだ。つまり。
「もしかして、クロか? このトラップを仕掛けたのは」
「正解や」
メニューの陣地の項目を再び開く。そして、想像していた通りの一文を見つけた。
「『この陣地は他プレイヤーのものです』……という表示がある。つまり、クロは初めから、この王獲りゲームで全ての陣地を掛けてなかった……」
「せや。いきなり、アカウント削除事件の犯人に出くわすもんやから、作戦通りとはいえ、ここに連れてくるのは内心バクバクやったで」
「つまりお前らの作戦は、ワザと陣地という防衛機構をなくし、隙を晒して罠に引っかける。ってところか」
犯人が陣地を得ずにクロの元に行く、という可能性のもとに建てた作戦。この作戦の真意を知るために、この陣地を受け渡された初心者を倒したとしてももらえる陣地は雀の涙。仮に交渉で手に入れたとしても、そのころには狩られた初心者の持っている陣地など、欠けていて結局真意は分からない。そういうことだろう。
おそらくここと同じように、俺の陣地ではない建物がこの世界に複数用意されているはずだ。地図の中に色が変わっていない場所があることには気づいていたが、初めからそういうものであると勘違いしていたらしい。
――それに……いや……これは……この作戦にはある前提が必要になる。
「……犯人は『このゲームをやっていたプレイヤー』ということか?」
「自称探偵ということあって、よう気づくなぁ」
ジャックはそう口にする。ハメられたあとで、そんなことを言われても嬉しくはないが。
「それなら、これにも気づいてるやろ。犯人は――」
『犯人は複数人いる』
声が被る。ジャックの声に被った声は、男の声だった。
視線を聞こえてきた場所に向けると、そこにいたのは白いローブを纏った髭面の男だった。
「なんや、やっぱり分ったとったんか。流石やな」
「俺じゃない! ここにもう一人いる!」
白いローブの男は俺の入った檻の隣を通り過ぎる。さらにその後ろには、あの輪郭が見える。
透明な蝶の輪郭が。
「どこや!? どこにおんねん!?」
「俺の前だ!」
足音は聞こえる。声も聞こえる。だが、この姿は……まるで透明人間だ。透明な蝶と同じなら、おそらく俺以外には見えない。
『面白いな、君。私の姿が見えているのか』
「誰や! 姿を現せ!」
ジャックは肩に掛けていた自動小銃を構えて、周囲に向かって銃を乱発する。
エントランスに飾られていた観葉植物達が鉢植えごと吹っ飛び、魚の入っている水槽がいくつも割れ、エントランスの床に薬きょうが散らばる。
だが、“一発も当たっていない”。まるで、幽霊にでもなっているかの如く、この男の体をすり抜ける。
「クロはん! 犯人や! 話してた通りよう分からんもん使ってるみたいやで!」
ジャックは銃声が響く中、声を大きくして連絡する。
「ハッカー! 犯人が現れやがった! 近くにいるか!?」
『うん。聞こえてた。今からそっちに行く!』
薬莢が甲高い音を上げて以降静かになる。どうやら、今の弾倉に入っている分を撃ち切ったらしい。だが、想定外の事象に出くわしたはずのジャックの表情はまだ完全に死んではいなかった。
チーンとエントランスの奥から音が聞えてきた。そして、金色の装飾が施されたエレベーターの扉が開く。そこから人が現れる。
自分よりも偉い人間などいないと確信しているような一歩を見せつけ、彼は口にする。
「どこにいるのか分からないが、僕がクロだ」
宣戦布告をしてみせたあの男が、鉄の檻の先にいた。
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